登校初日

 結論。

 俺はかなり出遅れていた。

 翌日、指定された教室に向かうと。

 そこには既に、楽しそうに会話をするクラスメイト達が各々で固まっていた。


(こいつら、いつ仲良くなるチャンスなんかあった!?)


 気まずいまま椅子に座ると、周囲の会話を盗み聞く。


「また私の部屋見てくれない? カーテンの柄が気になっちゃって……」

「おお、お前もあの騎士譚読んでんの!? 今、めちゃくちゃ面白いよな……」

「あんたんとこの家、俺の遠縁だろ? 仲良くやろうぜ……」


 ちょ……ちょっと。

 こいつら、会話力高くね。

 自分から話そうとしない奴も、話しかけられたら適当に言葉は返せていた。


 そこでやっと気付く。

 俺は前世から、アーネット様以外と、深い仲になって喋ったことがない。


(こ……これが、コミュニケーション能力)


 冷静に考えてみると、ただ主君に尽くす人生を送っていた自分に、それが身についているわけがなかった。

 慌てた俺は頼みの綱のアーネット様を探すが、彼女は別のクラスになったことを思い出して絶望する。

 そんな机に突っ伏す俺に近寄る男がいた。


「よ、あんた、ファーラウェイ家の関係者ってマジ?」


 茶色の髪をかき上げて話しかけてきた彼に、初対面の相手に返すべき言葉とは……としばらく考えてから、俺はなんとか言葉を返す。


「そうですが。何か?」


 ぶっきらぼうすぎる。絶対に間違えた。

 頭を抱える俺に変な顔をしながらも、彼は話を続ける。


「や、そんな冷たくしないでくれよ。自己紹介がまだだったな、俺はハイレン・ロスタール。ロスタール家の嫡子だ」

「……アールグレイです。よろしくお願いします」


 ロスタールといえば五大貴族のうちの一人。この男も権力者のようだった。しかしこれから同じ学級に所属する相手、特に話せる相手がいない今の俺には大事な人材だ。


「それで、君。ファーラウェイ家の人間だって本当かい?」

「まあ、はい」


 俺の言葉に、周囲がざわつく。


「あいつ、マジでファーラウェイの関係者なのか」

「本家でも分家でも、あんなの見たことないけど」


 周りを気にせずに、茶髪の彼は話を続けた。


「てことは、アーネット・サン・ファーラウェイの専属護衛……だったりするのかな?」

「……それを聞いて、どうするんですか」


 その解答に、彼は俺の耳元に口を近づけて言った。


「俺、彼女に昔会ったことがあってさぁ……。悪いんだけど、俺のこと紹介してくんね?」


 俺は冷めた目でハイレンを見る。要するに、こいつはアーネット様の立場に群がりたい輩というわけだ。返事が少しばかり棘のある言い方になってしまう。


「悪いけど、それはできませんね」


 きっぱりと断られた彼は、明らかに気を害した顔をした。


「何? 俺はロスタールの嫡子だぞ。別に家柄が足りないわけじゃあない」

「そもそも、俺はただの従者です。そんな権利は」

「だからそこをちょっとさあ……。仮にも主君だ、話す機会ぐらいあるだろ?」

「いや、俺にあの方をどうこうする権利がないと……」

「ぐだぐだと……お前、俺の邪魔をする気か!?」


 気付けば教室中が固唾をのんで俺たちの動向を伺っていた。傍から見れば、これは五大貴族間の小競り合いだ。重大な事実に冷や汗をかく。


「よし……お前、俺と勝負だ! この学校名物、生徒対生徒のを申し込む!」


 しかし、奴の言い放った台詞に、教室中がその言葉におお……!とどよめきを挙げた。俺は決闘という物騒な単語に、入学式で学院長が語った話を思い返す。


『……えー、この学院では、生徒同士間で争いが起こった際、それが明らかに片方に非がある物でないときには「決闘」というシステムを採用しています。これは生徒たちにとって責任感をうんぬんかんぬん』


 要するに、「喧嘩するならルールにのっとれ」ということだった。

 些細な喧嘩が貴族同士の問題に発展しうるこの学園では、そんなシステムが採用されているのだ。


「俺はこれでも土属性の中級魔法を使いこなしているのだ! お前なぞに」


 と、ハイレンが激高しながらそこまで述べた所で、「アールグレイという子がいる教室はここかぁ!」という言葉とともに、教室の扉が勢いよく開かれる。

 これ以上問題は勘弁してくれ……と俺はそちらを見やった。

 だいだい色の髪を軽くまとめた、活発そうな女生徒がずんずんとこちらに向かってくる。


「アールグレイ君! どれがアールグレイという少年だ!?」

「ええと……俺です。一体何のご用で」

「君か! おお、本当にただの少年なのだな!」


 彼女は溌溂はつらつと喋ると、おっとと一息つく。


「これは失敬、自己紹介もまだだったな。私はスウィッツ・レスト。きみと同じ学級になった、レスト公爵家の娘だ。そんなことよりも」


 レストは軍務卿の家だ。つまりこの少女はこれでも軍の総指揮の娘というわけだ。狼狽するハイレンを差し置いて、スウィッツは俺に目を輝かせながら話し続ける。


「君、入学試験で最上級魔法を使った唯一の人間だそうだね!?」

「さ、最上級魔法!?」


 明らかに動揺したハイレンをよそに、彼女は俺にずいずいと迫る。


「君は炎の属性を持ち、そしてエクスプロージョンで試験場の土を抉ったと聞いている! 私もあの地で爆音を聞いたが、あれは君だね!?」

「え、ええ……。俺ですが、あれは」

「素晴らしい! 帝国内に最上級魔法を扱える人間はそういない、しかもそれが中等部の生徒だとは前代未聞だ!」


 俺の返事に、教室中には「最上級魔法!?」と声が飛び交う。その中にはハイレンもいた。


「こ、今年最上級魔法で入学した生徒ってお前のことなのか!? ま、まさか」

「一応、それ自体は事実だけど、でももう使う気はなくて」


 俺の言葉を聞いているのかいないのか、ハイレンは目を泳がせながら俺から距離を取った。


「お、俺ちょっと用事を思い出したから……じゃあ!」

「あ、待って――」


 もうすぐ初めての授業だというのに、ハイレンは教室を飛び出す。そしてスウィッツは続けて俺に話しかけてくる。

 わりと楽しみにしていた学校生活、とんでもないスタートを切ってしまった……と、俺は溜息をついた。

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