ぶっつけ本番実技試験

 実技試験は、アーネット様でさえ入場できない厳正な監督かんとくのもと行われる。

 試験官の前で魔術を披露しあうのだ。

 ここ、王立訓練所では、練習のための大規模魔術の使用が許可されていた。


「『サンダープリズン!』」「『アースエイジ!』」


 雷属性の貴族の少女が、土属性の秀才と呼ばれた生徒が、それぞれ中級魔術を撃ち放つ。

 それらは空から雷を落とし、また一方は地面を強く揺らした。


「ほう……今年はレベルが高い」


 教官や生徒たちの湧き上がる歓声の中。

 俺は絶望していた。

 ファイアダガーを撃ててようやく合格は安心、と言えそうな中で、俺はまだ初級のファイアーすらまともに出ない。


 突然枯れ切った魔力の、その理由を考えてみるが思いつかなかった。

 そもそも魔力とは、生命力である。

 どれだけ魔力を消費しても、危険な扱い方をしていない限り、一度寝て起きれば回復しているものなのだ。


 以前まであった魔力が、突然なくなったなどという話は聞いたことがない。

 もしそんな言い訳をしても一蹴されるだけだった。

 うんうんと頭を悩ませていると、次に呼ばれたらしい紫髪の少女が前に進み出る。


(あの子は確か……ココア・シュガーユー、だったか)


 彼女は教官の前に出ると、大きく深呼吸をして、魔力を放出した。


「『グランドウェーブ』」


 大きく放出された水の大波が、訓練用の人形を呑み込んで流れ去った。

 水属性の上級魔法にどよめきが走る。唖然とする俺に気付かないまま彼女は生徒の群に戻っていった。


「あれは受かったな」

「今年、試験で上級魔法使ったのはあれが三人目か」


 周りから聞こえる称賛の声に、ぴくぴくと眉が震える。


「アールグレイ! ……ファーラウェイ家の、アールグレイ!」


(まずい、俺の番が来てしまった)


 ぼんやりしている間に訪れてしまった自分の番に焦りを隠せないまま、俺は全員の前に姿を晒すことになった。


「ファーラウェイのアールグレイ……? 聞いたことあるか?」

「ファーラウェイ執事の家の名じゃないな。誰だ?」


 ざわつく中、俺は訓練所の中央に歩み出る。

 俺と共に呼び出された体格の良い男が、にやつきながら俺に話しかけてきた。


「てめえ、ファーラウェイんとこのか。何者だ?」


 ファーラウェイを面と向かって呼び捨てできる人間なんてそう多くはない。


「俺はただの護衛です。そちらは」

「オレはダウスブルグ分家の次男だ。ま、五大貴族の関係者同士だ、特別にオレの隣に立たせてやるよ」


 ダウスブルグは左側に立っていた平民であろう生徒を「邪魔だ!」と乱暴に押しのけて前に出る。

 いかにも貴族然とした男だった。


 彼と共に並ぶと、俺の方が先に魔術を使うことになった。

 ……迷っている暇はない!


「『ファイアー』!」


 俺がそう叫ぶと、俺の腕から炎が噴き出る。

 ……マッチの火のような大きさだったが。


「は、なんだそりゃあ!? てめえマジで言ってんのか!?」


 横でダウスブルグが爆笑する。やっぱりこうなったか……。

 一度落ち着いて深呼吸をする。まだ時間は残されている。


「……『ファイアダガー』!」


 今度はろくな炎らしきものも出ず、腕あたりにほんの暖かみを感じただけだった。


「おいおい、てめえオレを笑わせるためだけに出てきたのかぁ!? 傑作だなこりゃ!」


 ダウスブルグの嘲笑ちょうしょうに唇を噛むが、実際その通りだった俺は黙って列を離れかける……が。


「待てよ、ザコ。よくそんなので出てこれたなあ」


 ダウスブルグはしつこく背後から声を投げかけて来た。


「つかてめえ、その灰色の髪。ファーラウェイは全員金髪の家系だろ。直系じゃねえのか? もしや平民か!? おいおい、平民を家に上げるなんざファーラウェイも落ちこぼれたなあ!」

「ダウスブルグ様。お言葉が過ぎますよ」


 俺はやめておけ、と思うのに振り返ってその挑発に乗ってしまう。


「事実だろ? 魔術も使えない、しかも平民を雇うなんざ、そんなふざけたことが」


 と、奴はそこまで言った所で、ああ、と合点がいったように口角を歪める。


「ああ……また、あのいけすかねえアーネットとかいう女のわがままか! 分かったぞ、お前あの娘のだな!」


 目の奥がかっと熱くなった感覚がして、気付けば俺は奴の元に歩き出していた。


「てめぇ……!!」


 掴みかかりそうになった手に、違和感を覚える。

 あれだけ手ごたえの無かった魔力が、手に集まっているのを感じた。

 そこでやっと、ある「可能性」に思い至った俺は、ダウスブルグを避けて再び最前列に戻る。


「おいおい、またオレにその惨めな姿見せてくれるのか!? そりゃあいい根性だが、流石にそろそろオレの番だ。どけ」


 俺の肩に手をかけるダウスブルグを無視して、俺は目を閉じて過去を思い返す。


 アーネット様の命を奪うこの世界に激憤し、初めて時を吹き飛ばしたあの時。

 アーネット様に襲い掛かった暴漢を、怒りのままに薙ぎ払ったあの時。

『お前の武器は怒りだけだ』というサタンの言葉。

 そして……捕らえられたときの、あの人の姿を思い出して。

 目を開く。

 そうだ。俺はいつも、世界の全てに続けてきた。


「お……おい……?」


 突然溢れだしたその異様な魔力に、ダウスブルグは一歩後退するが、もう遅かった。

 俺はその感情憤怒に任せ、取り巻く無尽蔵な魔力のおもむくまま、名だけを知っている魔法を唱える。


「『エクスプロージョン』!」


 爆炎。その炎の暴力は、訓練場の中央に巨大な穴を開け、強い爆風が周囲の全ての人間を襲う。


「あれは――爆裂魔法!?」

「炎属性の最上級魔法じゃないか!?」


 荒れ狂う爆風の中、最も近くでその威力を目にしたダウスブルグは、白目をむいて倒れていた。

 やり過ぎた……と思うとともに、ふっと体から力が抜ける。

 薄れていく意識とともに、『全く……』と呟くサタンの声が聞こえた。

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