知らない天井だ


『グレイ。お前、馬鹿なんじゃあないのか?』


 サタンの声で我に返る。

 俺は暗闇の中に……夢の中にいた。


「バカとはなんだ」

『お前のことだよ。突然上級魔法を使いだす奴が他にいるか』


 その言葉で全てを思い出した。


「そうだった。俺はどうなったんだ?」

『まだ気づいてねえのか。お前、ぶっ倒れたんだよ』


 呆れたようにサタンは言葉を続ける。


『混乱させそうで言ってなかったが、私の見てないうちにこんな無茶するとはな……。いい機会だ、はっきりさせといてやる。お前に魔術の才能は

「そうなのか? しかし俺は上級魔法を」


 俺は自分の手を見る。確かに魔法を使った手ごたえはあった。


『いいか。お前が私と契約したことで手に入れた力はふたつ。時をこえられる超級魔法『ヘイトレッドゲートHRG』。そしてもう一つは、超級魔法HRGを使うための大量の魔力を用意するための力。『「感情」を魔力に変換する能力』だ』

「つまり……俺の魔力自体が増えたわけじゃない?」

『そうだ。だからお前が魔力を使うこととは他の人間よりも危険なんだ。理由はもう分かるな』


 俺は眺めていた自分の手を握った。


「俺の魔術は、を消費する」

『そういうことだ。最近、怒らなくなってただろ。それはお前がHRGを連発した副作用だ。短期間に感情怒りを消費しすぎたな』


 あの貴族の男に煽られて怒りを思い出せたのは僥倖だったぜ、とサタンは言葉を続けた。


『普通なら魔力の使い過ぎは疲労って形で出るが、お前の場合は意識の消失、混濁を起こす。ひどい場合にゃ後遺症ものこるぜ』

「それはまあ……とんでもない力をくれたもんだな」

『何だ? 不満か?』


 そう聞くサタンに、今を生きているアーネット様の顔を思い描いて、俺は声を返す。


「いや。最高だよ」





「――――グレイ! グレイ!」


 自分を呼ぶ声に薄くまぶたを開けると、強い光に視界が眩んだ。


「グレイ!」


 光に慣れてくると、目に入ったのは知らない天井。そしてすぐ傍に俺に呼び掛けるアーネット様の心配そうな顔があった。何か言わなければ、と思った俺は反射的に言葉を発する。


「知らない天井だ……」

「何を言っていますの!? 意識ははっきりしていますか!?」

「え……ええ。大丈夫です、問題ありません」


 俺がそう言うと、アーネット様は、はああと大きく息をついて、椅子に座り直した。


「主人にこんなに心配をかけさせるなんて、護衛失格ですわ……」

「す……すみません、アーネット様」


 アーネット様は、本当無事で良かったです、と言葉を続ける。


「グレイ、あなたこの救護室に運び込まれて三日眠り続けていましたのよ」

「三日!?」


 その言葉に衝撃が走る。どうやら、一生意識が戻らない可能性があるというのは本当のようだった。これからは魔力の使いどころも考えなければならない。


「でも、聞きましたわよ。すごい魔法を使ったそうですね」

「ああ……エクスプロージョン」


 俺はあのときを思い出す。当然初めて使った上級魔法だった。


「最上級魔法まで使えるとは、グレイは本当に魔術の天才なのかもしれませんね!」

「いえ、あれはまぐれですよ……。これから先使うことも無いと思います」

「まあ、倒れてしまうのでしたらそれがよろしいかもしれませんわね」


 アーネット様はそう言った後も、にやにやと笑みを浮かべたまま動こうとしない。


「……どうかされましたか?」


 俺がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに彼女は、俺にある書状を突き出した。

 俺はそれを読み上げる。


「『この書状を受け取った者の、魔術学校への入学を許可する』……これって!」

「ええ、倒れてはしまいましたがグレイの魔法は基準を越えていました! 私と共に学園へ入学することができるんですよ!」


 その事実に、俺も嬉しくなってよし、と一人ガッツポーズをする。

 全てはアーネット様を七年後死なせないため、だ。


 とはいえ、前世では全く触れることがなかった同年代の子供や、魔術の知識。それらに興味がないと言えば嘘になる。

 つまるところ、俺は素直に学校生活を楽しみにしていたのだ。それに気づいて苦笑した。

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