無双系なんじゃないのかよ

「こほん。グレイ、あなたは無事に筆記試験に合格しました」


 なぜかメガネをかけたアーネット様が、屋敷の居間でうろうろと歩きながら、床に正座させられている俺に話しかける。


「これは素晴らしいことです。あなたは私の自慢の護衛です」

「ありがとうございます」

「……ではなく! 次に待っているのは、魔術の実技試験なのです!」


 アーネット様がびしっ、と指を俺の方に向けてそう言い放った。


「しかし、私はグレイはその点に関しては問題ないと思っています」

「はい」

「なぜなら、あなたはすでに炎属性の中級魔法ファイアダガーを扱えている!」


 しかし! とアーネット様は続けた。


「なぜかあなたはその訓練をしようとしない! いいですか、どんな鋭利なナイフも研がなければ錆びてしまうのですよ!」


 俺は、ははは……とうつろに笑った。

 言っていることはもっともだった。むしろ、俺は今魔術を練る練習をしていなければならないのだ。

 だというのに、俺がそれをしていない理由。


 実技試験は余裕だろうと思っていた俺が、一応簡易的な魔力量テストをしてみた結果。

 なんと………俺の魔力は基準を大きく下回っていた。具体的に言えば、前回の世界の、魔術をまったく扱えなかったときの俺の数値。


 慌てて庭に走り、ファイアーを連発してみたが、出るのはせいぜいが湯たんぽのようなぬるさの熱気。


(どうしてこうなった……!)


 アーネット様は毎日俺に魔法の練習をさせようとするが、魔力がないことがバレるのが恥ずかしい俺はそれをなんとかお断りする。

 そして毎晩、自室でファイアー! ファイアー!と叫び、その湯たんぽのような温かさに枕を濡らす。

 サタンは、俺が試験対策を真面目にやっている頃から、勉強を見るのは飽きたと言って最近はずっと寝入っていた。あいつに相談したかったが、いくら呼んでもずっと寝ているらしく反応がない。


 そんなことを毎日続けているうちに、実技試験の当日を迎えてしまった俺は、ダメだったら時間を巻き戻せばいいや……。と、努力で合格を勝ち得た誇り高き前話までのアールグレイが聞けば激怒しそうな、いい加減な気持ちで絶望感と共に馬車に乗り込んだ。

 向かうのは帝都の校外、王立魔道訓練場。

 選び抜かれた子供たちが魔術を競う、最後の試験が始まろうとしていた。

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