ココアをこぼさないように
「それはやり過ぎなんじゃないか?」
振り上げられた貴族の手を掴んでしまった俺。また首を突っ込んでしまった、と反省するが、一度関わった以上決着は付けるべきだろう。
「あ、あなたは――!?」
「この、無礼者! 触るな!」
貴族の少女は俺の手を乱暴に払う。攻撃の意思はないと示すため、俺は軽く手の平を上げながら後退した。
「あんたねえ……この私が何者か分かってやってるの?」
「ドロワーズ辺境伯の一人娘様でいらっしゃる?」
「あら。私を知っていることだけは褒めてやってもいいわ」
笑みを貼り付けたまま、ドロワーズの一人娘は言葉を続ける。
「それじゃ、あたしに逆らったらどうなるかも分かるわよね」
「……ちなみに、俺の顔に見覚えなどございませんか」
「は? ないわよ。誰よあんた」
(まあ、主席入学者って
俺は仕方ない、と息をつくと、淡々と言葉を続ける。
「ドロワーズの娘様が、魔術学校への入学を取り消せと他者に強要していたと知れれば……問題になりますよ」
「は、誰があんたみたいな平民の言うことを信じるっての?」
その言葉に、俺は無言でネックレスを取り出し、ある紋章を見せる。
「はぁ? 何よそれ」
ドロワーズは変な顔をしたが、取り巻きの二人は、それを見て青ざめる。
「や、やばいですよ! あれ、ファーラウェイ家の紋章です!」
「は、はぁ!? 五大貴族の!?」
「家名持ちってことは、近衛騎士以上!? こいつ一体―――!」
「え、何? ちょっと!? 何なのよーー!?」
ドロワーズ令嬢率いる愉快なトリオは、前回よりもより悪党の去り際みたいな捨て台詞を吐き、取り巻き達はわめくドロワーズを引きずりながら逃げて行った。もう会うこともないだろう。
俺はため息をつくと、
「大丈夫だった?」
俺は座り込んで呆けている少女に声をかける。
「あなたは……試験会場で介抱してくれた人。合格してたんですか」
「おかげさまで。君も受かったみたいでよかったよ。俺はアールグレイ、よろしく」
俺が手を差し伸べると、彼女はその手を見つめたあと、何かを呟いた。
「ファーラウェイ……」
「ん?」
「いえ、なんでもありません」
彼女は俺の手には頼らず、自分で起き上がった。
「助けてくれてありがとうございました。でも、別に頼んでいませんから」
「ま、そうだな。俺が勝手にやったことだ」
そう言うと少女はちらりと俺を見る。
「あなたは……いい人ですね」
「そういうわけじゃあないよ。ただ、なんだか君は」
昔の俺に似ていた気がした、と言おうとして、ふと恥ずかしいことを口走りかけたのに気づいて慌てて口を閉じる。
「なんだか君は? なんでしょう」
「いや……なんでもない。君は、君の名前は?」
誤魔化すように聞いた問いに、彼女は少し笑って答えてくれた。
「ココア・シュガーユー。もしも一緒に入学できたら、よろしく、アールグレイ」
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