再試

 試験当日。俺は試験会場に向かっていた。

 今回の試験会場は以前までの教会ではなかった。俺はこれまでとは時期をずらした受験を希望したのだ。つまり前回とは試験問題も違う。


 俺は自力だけで魔術学校に受かる気だった。借り物の力じゃなく、自分の努力で。

 せめてそれが、あの紫の髪の少女に対する誠意だと思ったから。


 学校の中を案内にそって進む中で、ふと見覚えのある紫の短髪がちらりと見える。

 その少女は間違いない、あの日貴族に絡まれていた子だ。

 と、彼女が他の生徒とぶつかり大きくよろけ、小さく悲鳴をあげる。


「あ――――!?」


 俺は咄嗟とっさにその少女の左腕を掴んだ。


「大丈夫?」

「あ、りがとうございます……」


 少女は顔色が青く、かなり体調が悪そうだった。


「医務室までいこうか?」

「大丈夫です、間に合わなくなっちゃうので」


 気丈に彼女は立ち上がろうとするが、すぐにつまづき転びかけた。

 

「……せめて休んだ方がいい。こっち」


 俺は人の列から離れて、中庭のベンチに彼女を座らせる。

 彼女はしばらく浅い息をしていたが、だんだんそれがおさまってくると大きく息をついた。


「ご迷惑をかけました。あなたも受験生ですよね」

「ああ、だけどそう気にしなくていい。落ち着くまで話でもしよう」


 俺がそう言うと、彼女は曖昧に返事をしてこちらを見る。

 汗で濡れた前髪の奥から、紫色の右目がちらりと見えた。


「あなたも、目的があって魔術学校に入ろうとしているんですよね」

「ああ、俺は絶対にやらなくちゃならないことがある」


 俺の絶対、という単語に彼女は反応した。


「絶対……。そのためなら、しますか?」


 俺は解答を盗み見たことを思い出す。やめはしたけれど、俺はアーネット様のためならその行為自体を後悔はしていなかった。


「ああ……。どんなことでも、する」

「どんなことでも」


 俺の言葉を反芻した少女は、ゆっくりと起き上がった。


「ありがとうございます。落ち着きました」

「もう大丈夫なのか?」

「はい。そろそろ試験時間です、急ぎましょう」


 その言葉に時計を確認すると、残り十分まで迫っていた。


「ああ。お互い、頑張ろう」

 

 俺がそう言うと、彼女目を緩ませ、微笑んだ。




「では――――始め!」


 三度目になるその言葉を聞くと、俺は問題用紙に目を落とす。

 心臓が早鐘のようになってうるさかった。一度目も二度目もこんなことはなかったのに。


『第二帝政を行った主要な人物を三名上げろ』―――まずい、二人しか分からない。

『次の式のXとYに入る数字を求めろ』――これは、やったところだ。8と145。

『炎属性の中級魔法を想定すると、術式の定数ていすうをs値とした魔力消費は―――』――得意分野だ、助かった。60%。


「そこまで!」


 試験官の声と共に、俺は一気にきた疲れと共に椅子に沈みこんだ。

 半分は正解していると思う。しかし、もう半分は自信がない。


「ああ……受かっててくれよ」


 口をついて漏れた言葉に、笑みがこぼれる。

 俺も紫髪の彼女や、周りの受験生と、ようやく同じラインに立てたと実感した。

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