俺が主席ですか!?

「すごい! すごいわ、グレイ! ―――だなんて!」


 ……やって、しまった。

 合格発表の当日。校門の貼り紙の一番上に書かれている俺の名前を見て、ぴくぴくと眉を震わせる俺と、その横で楽しそうにはしゃぐアーネット様。


 どうやら俺は、普通なら解けないような問題をいくつも正解してしまったらしい。……いや、まずい。これはまずい。

 周りの生徒たちの、おお……! という尊敬のまなざしを受けながら、とんでもなく気まずい俺は、アーネット様になんとか言葉を絞り出す。


「いえ、アーネット様はこの試験を受けてもいないのでしょう? 本当に優秀な人は試験を免除されているのですから……」

「大人でも解けないような問題も完全正答だったとは!」


 じゃあ詰んだ。

 めまいがする俺は、すみません、と人の間をぬって少し離れた小道に入る。


 (もし入学して、中身がスカスカのバカなことがばれたらどうする!?)


 俺はもちろん困っていた。が、俺はどこかで浮かれていたのかもしれない。

 従者の人生は、輝かしいという言葉からほど遠いものだ。脚光を浴びることはなく、常に主人の影で生きる。

 そうやって一生を過ごした俺が、始めて人々に注目されたのだ。少しばかりいい気になってしまうのも仕方なかった――――


「あんた試験に落ちたんですって? あんたみたいな平民には当たり前の結果よ!」


 ふと路地裏の奥からそんな女の声が聞こえて来た。こっそりとその様子を覗くと、うなだれている人影と、それを取りかこむ三人の少女が見えた。

 壁際に追い詰められている少女の顔は、その紫の髪に隠れて見えない。が、起こっていることは明白だった。貴族の少女三人が、平民の少女ひとりを虐めている。


「平民が入れるような所じゃないのよ、ここは!」

「勉強しても無駄だってことね!」

「はあ、全く。あんたみたいなゴミを持った、あんたの親がかわいそう!」


 その暴言たちに、紫髪の少女は、泣きそうな顔で顔を上げる。俺にはその姿が、いつかどこかの路地裏で倒れていた貧民の少年と被ってしまった。


「それは言い過ぎなんじゃない?」

「っ! 誰!?」


 その三人がこっちを振り向く。


「何? この平民を助けようっての? あんたねえ」


 いじめっ子の主格のような少女は、口角を吊り上げて言葉を続けた。


「あたしが誰だか分かってる? あたしはね、ドロワーズ辺境伯の娘。つまり貴族なのよ!」


 勝ち誇るように笑う、そのお嬢様と取り巻きの二人。俺はそれを冷めた目で見ていた。

 貴族による平民差別。この意識が、七年後の革命に結びついたのは確実だった。

 その俺の動じない態度に、何かに気付いたように取り巻きの一人が声をあげる。


「……あれ? ねえ、この顔ってもしかして主席入学の」

「まさか、今噂になってる……ファーラウェイ秘蔵ひぞうの天才!?」

「ファーラウェイって……五大貴族の!?」


 その少女たちは、気まずそうに俺から距離を取る。……立場上、俺は平民だが、アーネット様の家の名前はこの国では権力を象徴するような名だった。


「は、はん! 覚えときなさい! この借りはいつか返してやるわ!」


 どこかの悪党のような捨て台詞に呆れながら、俺は少女に「大丈夫?」と声をかける。

 紫の髪からわずかに覗く右目が、俺を見つめた。


「……ありがとう、ございます。アールグレイさん」

「俺の名前知ってるの?」

「あなたは有名人ですよ。平民上がりなのに、名門貴族に拾われ、中級魔法を使いこなす主席さん。私なんかとは格が違う」


 少しばかり棘の含まれている少女の声は思っていたよりも静かで、かなり追い詰められていたにしては冷静に聞こえた。


「こういう状況、慣れてる?」

「ええ、まあ……私が、周りの方々よりも劣っているのは、自分でもよく分かっているので……」


 彼女が顔を伏せると、かろうじて見えていた右目すら見えなくなる。どう言葉をかけていいか分からない俺に、彼女はぼそりと呟く。


「私、あなたみたいな天才が羨ましい。私はあれだけ勉強したのに、試験に落ちたしあいつらに虐められるし、ほんとさんざんだ」


(それは……違うんだ)


 天才なんかじゃない。俺は、ズルをした卑怯者だ。

 どこか浮かれていた自分が、一気に恥ずかしくなる。


「……すみません、助けてもらったのにこんなこと言って。ありがとうございました、アールグレイさん」


 彼女はこちらを見ることなく、大通りにかけていった。その後ろ姿をぼんやりと眺めていた俺は、しばらくたった後、あることを決意した。

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