試験対策に身が入らない

「どうするんです……アーネット様」

「ごめんなさい! グレイが見下されているようで、ついつい」


 フランクス卿に、魔術学校に受かると啖呵たんかを切ってしまった俺たちは、多忙たぼうな彼を見送った後途方にくれていた。魔術学校の入学試験まであと一か月。どうあがいても独学で対策が出来る時間ではなかった。


「帝都についてから、家庭教師を雇ってもらって猛勉強するって話でしたよね……」

「ええと……そう、必要ないわ! グレイには私という先生がついていましてよー!」


 胸を張るアーネット様。確かにアーネット様は優秀だったが、どうも他人にそれを教える才能はないようだった。

 別荘での苦しみの日々を思い出してげんなりとする。


『グレイ! さあ、勉強の時間ですわよ!』

『ここは雰囲気ですわ! なんとなくで解けますわー!』

『ええと……一体、どこがどう分からないのです……?』


 フレンも、可哀そうに……と俺に憐みの目を送っていた。そして結局俺はフレンに基礎を教え込まれることになったのだが。

 フレンは俺に、飲み込みが悪いわけではないが圧倒的に時間が足りないと嘆いていた。うん? ……?


「アーネット様……入学試験って、解答はいつ発表されますか?」

「え? ええ、解答はすぐに発表されるはずですが、それがどうかしましたか?」


(よし、それならいけるかもしれない)


 少々良心は痛むが、これもアーネット様のためだ。仕方がない。

 俺はあることを決めた。


「アーネット様! 俺、自室で一人で勉強することにします。心配しないでください、必ず合格しますから!」

「グレイ? 突然どうしたのです? 本当に大丈夫ですのー!?」


 その計画を思いついた俺はあてがわれた自室に入ると、ベッドに寝ころんで目を閉じる。

 早く眠って、早急に悪魔サタンに確かめたいことがあった。


『……私と話したいなら、わざわざ毎回眠る必要はないぞ』

「おわっ!? サタンお前、俺が起きてても喋れるのか」

『私はお前の意識に根付くモノだからな。短時間だけの覚醒かくせいにはなるが……それより、一体何の用だ』


 俺はベッドに座り直し、サタンに質問を重ねる。


「俺の時間を焼く能力。あれは、好きなときに、好きな地点まで使えたりするか」

『好きなときに好きな地点。つまり、今から一時間前に戻りたい、みたいな話か』

「ああ。俺は魔術学校の試験問題、解答が発表されてすぐ、それを暗記して試験中に戻る気でいる」


 そうだ。俺は、入学試験の絶対の禁忌――カンニングを行おうとしていた。人命がかかっているからどうか許してほしい。


『可能かどうかなら、多分可能だ。ある程度の努力は必要になるがな』

「本当か? 良かった」


 ひとまず当面の課題はクリアして、ほっとする俺にサタンは言葉を続けた。


『そもそもお前がアレをどう思っているのか知らないが、簡単に言えばアレは魔法の一種だ。習練しゅうれんを積めば、精度は上げられる』

「……「アレ」、か」


 俺はあの現象を思い出す。


「なあ、サタン」

『ああ?』

「あの能力……魔術? には名前ってないのか? ほら、『ファイアダガー』みたいな通称」


 サタンは俺の問いに、ゆっくりと間をためてから、にやつきながら話し出した。


『あれは私とお前オリジナルだ、名前はまだない。だが私はとっておきのを考えておいてやったぞ――『ヘイトレッドゲートHRG』。激憤の門、お前にぴったりな名だと思わないか?』

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