さよなら別荘 黄金の心

「それじゃあ、今までありがとうございました」


 俺はメイド長に挨拶を済ませて、屋敷の扉を押す。

 アーネット様が別荘を出て、首都に戻ることになった。

 アーネット様は視察の後も休暇を利用してここに滞在していたが、魔術学校への入学のためここを出ることになったのだ。

 そして――――俺も。


「あ……グレイ」


 と、そこでちょうどフレンとばったり会った。


「おう、フレン。仕事、色々と押し付けることになって悪いな」

「いいわよ。グレイの分の仕事はもう引継ぎ、終わってるし」


 俺たちの間に、気まずい沈黙が流れた。フレンは髪をいじっていたが、我慢しきれなくなったのか、荒々しく手を突き出して言った。


「ああもう! 湿っぽいのは苦手なのよね。ほら、握手!」

「お、おう。……いや、ほんと色々ありがとな」


 俺は精一杯の感謝を述べた。前世では、荒れていた俺に礼儀作法を一から教えてくれたのはフレンだった。そして今世でも、彼女は俺のよき友人でいてくれたと思う。俺にとって彼女はもう姉のような存在だった。


「休暇には帰ってきなさいよね!」

「ああ。アーネット様も、またここに来るだろうしな」

「ええ。……アーネット様のこと、任せたわよ」


 彼女が笑いながら言った言葉を、しっかりと心にとどめる。そうだ、俺は一層アーネット様のことを気にかけなければならない。

 拳を握って、決意を改める。俺は彼女を死なせはしない。これはその第一歩だった。




 庭に出ると、アーネット様が馬車の横から屋敷を眺めていた。


「お待たせしました、アーネット様」


 俺が声をかけると、彼女は屋敷を眺めたまま返事を返す。


「グレイ。思えば、あなたと出会ったのもこの地でした」

「あれから、一年ですか。時の経つのは早いですね」


 もっとも、俺にとっては巻き戻した分、実はもう少し長いのだが。


「グレイ。本当に残らなくてもよかったのですか?」


 彼女の碧い目が俺に向く。


「ここはグレイの故郷でもあるでしょう。あまり、いい思い出はないかもしれませんが」


 その答えだけは決まっていた。


「俺がどこで生まれていようと、俺のこの身は貴女のために。どこへでもお供します」

「……ありがとう。でも、どうか重荷には思わないでね」


 馬車に乗り込んだ俺たちを確認すると、御者ぎょしゃは馬を出した。

 ゆっくりと音を立てて車輪が回り出す。運命の歯車が、動き出そうとしていた。

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