新生活2

 俺がファーラウェイ家の別荘で召使としての生活を始めてから、一か月が経った。

 ここでの生活にもかなり慣れてきた (ように見せている) 俺は、既に与えられた仕事はすぐにこなせるようになっており、この別荘のメイド長からもよく雑用や掃除などの仕事を任されることが多くなった。


「全くさ、グレイは色々と出来すぎなんじゃない」


 休憩時間。俺が窓枠を拭いていると、同僚メイドのフレンがそう愚痴をこぼす。

 一か月前までは先輩だったが、仕事をかなりの量こなす俺は、もうフレンと同等の作業はしていた。


「掃除とか、昔やってたんだよ。かなり昔だったけど」

「へえ。一か月前まで、今にも死にそーって顔してたあの男の子が実はこんな働き者だったとはね……ほんと不思議」


 (それは―――違うんだ)


 俺は、一つ前の世界での記憶を思い出す。


 母親は顔も知らない。父は俺にはパンの一つも買ってくれないまま死んでしまった。仕方なく俺は盗みで生きていくしかなかったのだ。一度、高い金品を盗んだときに、ひどい仕置きを受けて、その時に片目を失った。そして、再び盗みに失敗したときに、ひどく殴られそのまま餓死しかけていたところを、アーネット様は拾ってくれた。しかし――当然。そんな人間がすぐにまともになるわけもない。


 前回の世界でも、アーネット様は俺を救ってくれたけれど、俺はそのとき世界の全てを恨んでいた。召使の仕事なんてしようともしなかった。だからフレンにはかなり世話を焼かせた記憶がある。あのときの俺が、アーネット様に全て捧げると決めたのは、暴れる俺を怖がらず、アーネット様が言ってくれた一言だった。


(―――アールグレイ。あなたは、あなたの片目を奪ったこの世界を憎んでいるでしょう。ごめんなさい。それは、私にも責任があることなの。けれど、私は、絶対にこの国を変えてみせるから――――)


 俺は、その夢を必ず叶えさせると誓ったはずだった。その約束は、果たせなかったのだ。拳を強く握る。今度こそは。


「――ねぇ、ねえ。グレイってば」

「あ、ああ」


 いつの間にか顔を覗き込んでいたフレンに、驚いて返答する。


「グレイはやっぱ、ここに残るんでしょ? アーネット様の別荘。数年に一度訪れるだけだけれど、掃除や維持のためにメイドや執事は多く残るからさ。グレイは優秀だし、アーネット様にも気に入られてるから、希望すればここで働けると思うよ」

「俺は……」


 前回。俺は、ある事件の後、アーネット様の専属の召使になったのだ。そして今回も、彼女の運命を変えるためにそれは必要だ。


 アーネット様は、明日街の視察に出かけた際、暴漢ぼうかんに襲われかけるのだ。それを身を挺して守った功績が評価されて、俺はアーネット様が首都に戻る際同行を許された。

 だから、この段階はどうしても踏まなければならないのだ。

 そう分かっていても、罪悪感は心にくすぶったままだった。

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