悪魔との契約

『―――起きろ。小僧、起きろ』


 身体の下の硬い感触に、だんだんと意識が戻ってくる。

 ゆっくりと起き上がると、そこにはあの広場も、民衆の姿もなかった。

 そこはただ真っ黒い暗闇が永遠に続く空間だった。寒気に身を震わせる。


「ここは……?」

『やっと目を覚ましたな、小僧』


 声の方向に目をやっても、そこには闇が広がるばかりだ。


「そうか……俺は、死んだのか」


 背中を貫いた槍の感触を思い出す。


『そうだ。お前は死んだ。処刑の直前にな』


 その名前で、完全に意識が覚醒した。


「お嬢様……アーネット様は!?」

『ついさっきだ、処刑が執行されたのは』


 その短い言葉に、言葉を失う。あの人が死んだ。その事実だけが、どうしても受け入れられなかった。


「なんで……」


 無意識に声が漏れる。


「どうしてあの人が死ななきゃならなかったんだ……」

『ふん、人間の死に理由なんてないだろう』

「理由。そうだ。彼女はあいつらのせいで」


 黒い怒りが体の奥から無尽蔵に湧いてくるのを感じた。


『ん……やはり良いな。その激憤げきふん。実に私好みだ』

「なに?」


 声の方向に目をやると、無限の暗闇の中で、今度はおぼろげだが人の姿が見えた。


『お前――あの小娘を、救う気はあるか』

「アーネット様を? でも、あの方はもう」

『私なら、お前に、それができる力を与えてやれる』


 弾かれたように、黒いその人型を見る。


「そんなことができるのか!?」

『お前のその感情怒りが特に気に入ったからだ。光栄に思えよ?』


 徐々に人影の輪郭がはっきりしてくる。そこにいたのは漆黒を纏った不気味な少女だった。


「――お前は何者なんだ?」

『私は、そうだな。お前たちの言うところの、悪魔だ』

「悪魔……!」


 その姿を眺める。風貌は美しくとも見るだけで怖気を走らせるソレは、確かに悪魔といっても納得できる雰囲気を持っていた。


『ぐだぐだ言うな。私は短気で気まぐれだ。貴様がこの私と契約するか、しないか。それだけを今はっきりさせ――』

「それは、やる。――やらせてくれ」


 即決。肯定。どうあっても、そこだけは決まっていた。

 俺を救ってくれたあの人を、今度こそ助けられるなら。

 あっけにとられた顔をしたその少女は、口角をにやりとあげて答える。


『実に素晴らしい。交渉成立だ』


 その瞬間、身体が激痛に包まれる。

 痛む左目の奥を抑えながら、意識が遠のいていく中、かすかに声が響いた。


『これよりお前は、この私。憤怒の悪魔と契約を結んだことになる――――怒れ。その感情怒りだけがお前の武器だ―――』

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