悪役令嬢の元貧民執事、人生二度目をやり直す ~時を巻き戻す力を手に入れた俺は、今度こそあの娘を救うため世界に立ち向かいます~

上井

逆行

処刑の時間は午後三時

 宮殿の下の大広場。

 普段は民のいこいの場であるはずのそこは、今は異様な雰囲気に満ちていた。


 人々の熱狂の先にあるのは――断頭台。

 そこに拘束されているのは、美しい金色の髪を垂らす、よわい17の元貴族令嬢だった。


「戦争のせいで、俺の弟は死んだんだぞ!」

「飢える者だっているの! 何が『パンが無ければケーキを食べればいいじゃない』よ!」


 地獄と化した広場で、無遠慮な声たちが彼女に投げつけられる。

 そんな中、俺は手の中のナイフをかたく握りしめた。

 心の中でカウントを数える。3、2、1――――今。

 俺は突如、群衆の中から飛び出して、断頭台に向かって走り出した。


「なんだあのガキ!?」

「とっ捕まえろ!!」


 異変を感じた衛兵が群がってくるが、それをかわして俺は彼女に向かって一直線に走る。


「――――アーネット様あああ!」


 俺の咆哮に、あの人は弾かれたように顔を上げた。

 言葉はなくとも、その目は、どうしてと告げていた。


「うおおおおおおおお!!!」


 雄たけびと共に、断頭台に繋がる石段に掴みかかる。


「こいつ……! 力強え!」

「早く取り押さえろ! 生死は問わん!」


 あと一歩のところで衛兵に押さえつけられ、抵抗しようとナイフを振り回した瞬間、背中に槍の一突きを受ける。鋭い痛みにくぐもった声が漏れ、身体から力が抜けていくのを感じた。


 地に伏せたまま広場を見渡す。

 目に入るのは、怒声を上げる男に、泣き叫ぶ女。

 悪評を信じ込む愚かな民衆たち。彼女に全ての罪を着せた王族。


 ふと、目に見える範囲の全てに途方もない「怒り」を抱いた。こんな奴らのせいで、どうして優しかった彼女が死ななくちゃならないんだ――


「――――ル! アル!? どうして……!」


 怒りにまみれ、薄れていく意識の中、最後に拘束されたまま顔を必死にこちらに向けて叫ぶアーネット様の姿が見えた。

 自分が死ぬと分かってもその表情を変えなかったあの人は、ただの召使だった俺のために、その両の目を見開いて、綺麗な金の髪を乱して叫んでいた。


 こんな最期でも、初めてあの人のそんな顔が見られただけで、おれの特攻の甲斐があったってものか――

 ぼんやりとそんなことを思いながら、この俺。アールグレイ・ファーラウェイはたった一つの命を落とした。

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