第3話:ヒカリとの最後の日

 私には、光の他に二人の親友がいる。バスケ部の日出ひで明凛あかり、園芸部の日暮ひぐらし夕菜ゆうな。二人も光と仲が良かった。光以外の二人とは小学校が同じで、元々仲が良かった。私と光が仲良くなったことをきっかけに、私達三人のグループに光が入ってきたという感じだ。

 中学を卒業すると、私達はそれぞれ別の高校に進学した。卒業式を終えた日、思い出作りをしようという明凛の提案で、四人で水族館に行った。そしてそこで、お揃いのペンギンのストラップを買った。


「……ねぇ、三人とも」


「うん?」


「……これからもずっと、私と友達で居てくれる?」


 光がペンギンのストラップをきゅっと握りしめながら言う。その顔はどこか不安そうだった。「当たり前じゃん」と明凛が笑う。


「急にそんなこと言うなんて、どうしたんだよ光。なんかあったん?」


「……私、やりたいことあってさ。高校生になったらバイトしようと思うんだ」


「バイト?」


「うん。お金が必要なの。……バイトして、勉強もして……部活は……やるかどうかわからんけど、こうやってみんなと遊べる時間は、あんまり取れなくなると思う」


「やりたいことって何?」


「それは……今は内緒。恥ずかしいから」


「えー? 言えよー。笑わないからさぁ」


「……うん。信じてるよ。……いや、が正しいかな。ごめん。今は話せない。でも、いつかは話す。必ず。その時が来たら必ず。だから……ごめん。今は待って」


「……分かったよ。じゃあ、待ってる。待ってるから、絶対話せよ」


「うん。話すよ。……どのみち、話さなきゃいけなくなるから。……今日は楽しかった。ありがとう。……本当に、ありがとう。私、今日のことは一生忘れない」


「大袈裟だなぁ」


「はははっ。……うん。確かにちょっと、大袈裟だったかも。でも本当に、楽しかった。……じゃあ、またね。みんな」


「おう。またな」


 手を振って別れる。光の様子は明らかに変だった。明凛と夕菜もそれに気づいてはいたが、二人はそっとしておくべきだと主張した。


「問い詰めたって話してくれないでしょ。あの様子じゃ」


「うん。無理に聞いたら光ちゃんを傷つけちゃうと思う。今はそっとしておいてあげよう」


「っ……でも……ごめん私、やっぱり行ってくる!」


「あ、おい! 月華!」


私は、引き返して彼女を追いかけた。嫌な予感がしたのだ。彼女ともう二度と会えなくなるなるのではないかと。


「光!」


「月華? どうした? そんなに慌てて」


「まだ……時間、ある? もうちょっと話がしたい」


「……どうしたの。なんか悩みでもあんの?」


「それはこっちの台詞。なんで急にあんなこと言ったの」


「言ったじゃん。高校入ったら忙しくなって、しばらく会えないかもしれないからって」


「本当にそれだけ?」


「それだけだよ」


「……私達に黙って、どこか遠くに行っちゃったりしないよね?」


「はははっ。なんだよそれ。行かないよ。今のところ、日本から出るつもりはないよ。……ごめんね。不安にさせるようなこと言って」


 そう言って彼女は、私を抱きしめた。心臓が高鳴る。彼女に聞こえてしまうのではないかと思うほど、うるさくはしゃぐ。頼むから黙ってくれと言い聞かせても止まる気配はなく、私は彼女を突き放してしまった。


「……悪い。嫌だった?」


「……ちょっと……暑苦しかった。やめてよ急に……」


 苦しい言い訳だったが、彼女は特に突っ込まずに、自分の想いを語り始める。


「……月華。私ね、明凛のことも、夕菜のことも、月華のことも、親友だと思ってる。大人になってもきっと、その気持ちは変わらない」


「……私もだよ。光のことは、明凛と夕菜と同じくらい大切な親友だよ」


「うん。ありがとう。……例えばなんだけどさ」


「うん」


「大人になって再会した私が、全然違う人になっていても……それでも、親友だって言ってくれる?」


「何その例え。……全然違う人って、どういうこと?」


「んー……例えば、中身は変わらないけど、身体だけ別の人になっちゃったみたいな」


「えぇ? なにそれ。本当に今わかんないんだけど」


「……うん。だろうね。けど、割と真面目に聞いてるから、真面目に答えてくれると助かる」


「……整形でもすんの?」


「あー……うん。そう。そんな感じ。限りなく近い」


「何。限りなく近いって。正解ではないの?」


「……半分正解」


「半分って何よ」


「……」


「……本当に整形するの?」


「……うん」


「整形なんて必要ないと思うけど」


「……そう言うと思った。けど、必要なんだよ。私には。私が私らしく生きるためには」


「……」


「……反対か?」


「……正直、嫌。どこにコンプレックスがあるかわかんないし。光はそのままで可愛いよ」


「……そうか。ありがとう。正直に言ってくれて」


 彼女はそう、複雑そうに笑う。彼女を傷つけたとすぐに気づいた。


「ごめん光。私、酷いこと言った。そういうのは、他人が決めることじゃ無いよね。……整形したって中身までは、変わんないだろうし」


 そう口先で弁明することはできても、嫌なものは嫌だった。私が好きなのは彼女の見た目だったのだろうかと胸が痛み、自己嫌悪に陥り、涙がこぼれる。


「ごめん……」


「泣かないでよ。私は気にしてないから。正直な気持ちが知りたかっただけだから」


「ごめん……ごめんなさい……」


「泣かないでってば。私は月華のこと責めたりしないよ」


 私はこの時知らなかった。彼女の言った、整形が単なる美容整形とは違うことを。『私が私らしく生きるために必要』という言葉の意味を。

 そしてこの日がと過ごす最後の日になることを。

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