第4話~紅い炎の記憶・すべて灰に~

「はぁはぁはぁ…、ユメリア、頑張って走って!はやくしないと追いつかれちゃうわ!」


「ママ…、なんでユメたちはあの人たちに追いかけられてるの?森でただひっそりと暮らしていただけなのに…」


少女とその母親は住み慣れた森を必死に走り抜けていた。そんなふたりに怒り狂った近隣の村の男たちが迫る。


「魔女とその娘は何処に行ったぁぁぁッ!!」


「殺せぇえええ!見つけ次第、問答無用で血祭りにあげろぉおおおおお!!」


「絶対に逃がすなぁああああ!!!」


「………ううう、ユメリア、今からママの言うことをよく聞いて…あの人たちはママがここで食い止めるから、アナタは振り向かないで全力で走りなさい!」


少女の母親はこのままでは逃げきれないと判断し、自らがオトリとなる道を選んだ。


「でも…でも…ママ、ユメね、もう走れないよ…。ママと、ユメもママといっしょがいい。ユメもここにいる…」


「…ああユメリア、私の愛しい子。これをママだと思って大切にして…」


そう言うと母親は付けていたペンダントを少女に渡した。


「これはあなたのパパが、昔ママにくれた大切なペンダントなの…。きっとパパがあなたのことを守ってくれるわ…」


「ママ……」


「さぁ走りなさいユメリアぁああああッ!!!」


母親の必死な叫びに圧される形で、少女は夢中で走り出した。

途中何度も「優しい母親の笑顔」が「母親との幸せな日々」が脳裏によぎった。そのたびに少女は走ることを止めて、振り返りそうになった。しかし母親との約束を守るため少女は、息を切らしながらもただひたすらに走った…、がむしゃらに走り続けた。そしてしばらくし…走り疲れた少女は、等々その場に倒れそのまま意識を失った。




「真っ暗……」


次に少女が目を覚ますと、辺りは漆黒の闇に包まれていた。


「コワイコワイコワイコワイコワイコワイ…ママ、ママ~~~どこなの?う・うう……ユメをひとりにしないで」


飢えと寒さ、そして何よりも恐怖に震えながら、少女は近くの大きな木に体を預けると涙を流しながら再び眠った。




「ユメリア…起きなさい。ユメリア……」


「…、……!?ママぁッ!!!」


母親の声を聞いた少女は目を開けると、眩しい光が差し込んでくる。


「ま、眩しい~、ママ…?あれママは…」


確かに母親の声はした…はずだったが、そこに愛する母親の姿はなかった。


「ママ……お腹すいた」


幼き少女の判断力では限界があった。少女は母親の姿と食べ物を求めて、来た道を引き返し始めた。

「もしかしたらママに会えるかもしれない、おいしいご飯が待っているかもしれない、あったかいお風呂に入って、あったかいお布団でまた眠れなるかもしれない」

少女の心にはまだ僅かな希望があった。

しかし少女のその希望は残酷な形で裏切られることとなる…。


「おうちが…ない」


母親とした過ごした思い出の家は、焼け落ちてすべて灰となっていた。


「そんな……どうしてなの…夢なら覚めて」


少女は目の前の惨状に絶望しながらも、母親の姿を求めて近くの村を目指して歩き始めた。本来少女は母親の言いつけにより、森の外に出ることを固く禁じられていた。その理由について少女は母親に尋ねたことがあった。しかし母親からは「アナタは特別な子だから」と言われるだけだった。

少女自身この意味深な発言を疑問には思ったが、あまり深くは考えないことにしていた。

彼女にとって愛する母親とふたりで、ただ仲良く幸せに暮らせればそれだけでよかったからである。


「ママ…ママは……どこなの?」


歩み進める中、少女は母親からの言いつけを守らないことに対しての罪悪感で胸がいっぱいになる。それでも母親に会いたいという気持ちがそれを大きく勝っていた。

無事に村に到着すると、村全体が何やらとてもにぎわっていた。


「とりあえず魔女を仕留めることが出来て一安心だな!」


「あとはあの『紅い眼をした娘』を殺せれば、無事にすべて解決なのだが…どこに消えた?」


「今日中に近隣の町や村にも協力要請を出すから、あの娘が捕まるのも時間の問題だろうよ」


「しっかし見ろあのおぞましい顔をよ~かなり美人だったが、あれが魔女の本性ってヤツかぁ~?」


「まぁでも俺たちも『さんざん楽しませてもらった』しよー!はぁ魔女じゃなきゃ殺さず奴隷にでもしてやったのに…勿体ねぇ話だぜ」


「あんたたち!それぐらいにしな!…かわいそうに、村の女たちじゃ男たちの暴挙を止められなかったのさ、どうか許しておくれ……」


「ママがいるの?……おじさん、おばさん、ママはどこなの?」


突然の少女の登場に、辺りは怒号と悲鳴に

包まれる。するとひとりの若い男が少女に下品な笑みを浮かべながら叫んだ。


「オマエの母ちゃんなら『俺たちがさんざん可愛がってやった』あとにバラバラにしてやったぜぇ~!ほら!見てみろよアレをよ!『親子の感動の再会』ってヤツだなぁ!!」


男に言われるがまま少女がその方向を見ると、そこには……無残にも首だけになった愛する母親の姿があった。


「イヤ…ウソ…、ママ…ママ…ママ ママ ママ マママママママママママママママ…ママぁああぁああぁああぁあああアアアアアアアアアッ!!!!!!!」


「最後まで娘のオマエの名前を叫んでいたぜぇええええ!本当に感動的でよ~、思い出しただけでまた興奮して来ちまったぜぇ~」


「容姿に騙されるなぁ!殺せぇええええええ!!!」


「絶対に逃がすなぁああああ!!」


「世界の平和のためにも紅い眼の者は殺せねばならんのだぁぁあああ!!」


「醜い紅い眼のバケモノは殺せえぇえええ!!!!!」


「殺せぇえええ!殺せぇええええ!!殺せぇええええええ!!!」


「……『バケモノ』?ユメが?ママとただひっそりとみんなに迷惑をかけないように暮らしていただけなのに、どうして殺されないといけないの?……バケモノ…バケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノ………バケモノは…オマエたちだあぁああああアアアアアアアアッ!!!!!!!!」


〈ゴオオォオオオオ!!!〉


突然少女の体から膨大な魔力の渦が発生する。そしてその魔力は周囲を瞬く間に飲み込んでいった。


「ひぃッ!?ほ、本性を現したぞおぉおおお!!」


「臆するな!やられる前にやるぞおおおお!!」


武装した村の男たちは少女を取り囲むと、一斉に彼女に襲いかかった。しかし…


「ギャアアアッ!!…あ・つ・い…たすけ……」


ひとりの男の体が突然紅い炎に包まれると、一瞬で灰になった…。そしてまたひとり、またひとりと、次々と紅い炎にその身を焼かれ、無残に灰となって消えていく男たち。

これを見た村の他の者たちはパニック状態となり逃げ惑う。そんな逃げ惑う人々も少女は容赦なく焼き払っていく。自分に敵意を見せなかった女子供たちも容赦なく焼き払った……。


「助けてくれーー--ッ!!」


「お願い殺さないでぇ-----

ッ!!」


「どうか、どうか…この子だけは……」


命乞いをする者たちの言葉も彼女の耳には入らなかった……。


「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろぉッ!…みんな、みんな消えてなくなれ!!すべて灰になってしまえぇええええええ!!!!!!!!」


〈ドゴオオオオオオオオン!!!!!〉


少女の怒りを具現化したような巨大な炎の爆発が発生すると、それは村全体を一瞬で飲み込んでしまった。そして…


「ううう…ぐすんぐすん、ママ…ママ……」


少女は首だけになった愛する母親を抱きしめながら泣いた、ただひたすら泣いた、涙が枯れるまで泣き続けた…。すると突然雨が降り始めた。

少女の悲しみを具現化したように雨は激しく降り注ぐと辺りの炎は鎮火され、そこにはかつての村の面影も何もない『ただの焼け跡』だけが残った。


「……ママ、…ユメ疲れちゃった……」


そういうと少女はその場で意識を失った。

それから数時間後…ひとりのホウキに乗った女性がやって来た。


「ちょっ!?ちょっとお~!一体全体何があったのかしら~!だってここには、村があったはずよぉ!え、え~と生存者は……いるわけないわよね…とりあえずみんなが来るまでに、謎の大爆発の原因について調べるとしますか……」


その女性が辺りを調べていると倒れているひとりの少女を発見した……。しかしその様子は異様だった。


「な、なんでこの子…、女の人の首を大事そうに抱きしめているのかしら?…でもこの子、人間にしては容姿が…エルフか、でもエルフにしても…そうか『ハーフエルフ』ね…間違いない。でもどうしてハーフエルフがこんな人間の村に…とにかく今はこの子の安全を確保することが先決ね!」


女性は少女の体を何度も揺らし必死に声をかける。すると少女は目を覚ました。


「……アナタはだーれ?」


「はぁー、よかった~!無事だったみたいね!……って!?あんたその眼、もしかして…いや、もしかしなくても……『紅い眼』ね…つまりは……急いで保護してあげないと!!……本当はジークに頼みたいけど、彼は今それどころではなさそうだもんね…」


「保護…?ユメを助けてくれるの?」 


「うん!心配しないで、あたしが来たからにはもう大丈夫だよ!え~と、ユメちゃんでいいのかしら?」


「…はいユメリアです」


警戒心が解けたのか、少し安心した様子で少女は自らの名前を口にした。


「ユメリアか、素敵な名前ね!あたしはマリーベル、王立魔導研究所所長のマリーベル・A・プロリードよ!よろしくねぇ!!」 


少女は無言で頷いた。


「ところで『その人』…あなたの…」 


「ママ…ママです。首だけになっちゃったけど…ユメにとって、……ユメにとっては…、たったひとりしかいない大切な優しいママでしたぁぁあ…ッ!!」


少女の目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。悲しい現実に抗う術を知らない少女が、その小さな胸を張り裂けそうな思いでいっぱいにしていることは容易に想像できた。


「……そっか、お墓作ってあげよう」

 

その後ふたりは、かつて家があった場所に小さなお墓を作ると綺麗な花を添えた。


「このお花、ママが好きなお花でした…」


「そっか…ならママも、きっと喜んでいるよ。…じゃあ行こっか」


「はい、ママ……さようなら」


こうして紅い眼をしたハーフエルフの少女…ユメリアの運命が大きく動き出そうとしていた…。

果たしてこれから彼女に待ち受けるさらに過酷な運命とは?(つづく)








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