第4話 クソガキと人殺し
「な、何を言っているんだい、
「はいっ! そんな歴史を変えるためにわたしは未来から来たんです!」
愕然とする僕と蒼依に、その女の子はハキハキと答える。
聞き間違えじゃなかったのだ。蒼依が未来で浮気をすると、この子ははっきりと言い切った。
「パパ、ママ。ショックなのはわかるんですが、急がなければいけません。未来を変えるのは簡単ではないんです。まずはこの時代にいるママの浮気相手が誰なのかを探しま――」
「おい、クソガキ。お前、詐欺師だろ」
「は……え……? パパ……?」「どうしたのよ、愛一郎、いきなり……」
僕は感情に任せて、目の前のクソガキを恫喝した。
「お前がほざいていることは全部デタラメだ! 未来から来たなんて馬鹿らしいこと言いやがって! そんな子供騙しの嘘に僕が騙されるわけないだろ!」
「ええー……」
ついさっきまで僕と抱き合っていた愛朱夏とかいう女は、急変した僕の態度にドン引きしていた。
いやいやいやお前が悪いんだろ!
「ちょ、落ち着きなさい、愛一郎。顔が怖過ぎるわよ。瞳孔が開いているわ」
「瞳孔ぐらい開くさ! このガキは冗談では済まされない暴言を吐きやがったんだ! 蒼依が、う、浮……僕を裏切るだなんて! 口に出すのもはばかれるような大嘘だ! 出ていけクソガキ! タイムスリップなんてあるわけねーだろ、バーカ!」
「パ、パパ……?」
「パパじゃない!」
「待ちなさいって、愛一郎! 手のひら返しが酷すぎるわよ!?」
「だってこんなの嘘に決まってるじゃないか! 君だってタイムスリップなんてものは疑っていただろ!」
「いや、でも、愛朱夏の見た目が、見れば見るほど……」
「…………っ!」
確かに……。改めてクソガキに目を向けて、僕も蒼依も息を呑む。
くっきりとした二重、すっと通った鼻梁、シャープな輪郭、どれをとっても蒼依そっくりだ。こいつを初めて目にした瞬間、幼いころの蒼依の姿がフラッシュバックしてしまったほどに。
こいつと蒼依に血縁関係がないと言う方が無理があると思えてしまう。そういえば以前、蒼依のお母さんの若き日の写真を見せてもらったことがあるけど、今の蒼依とまさに瓜二つだった。同じように蒼依の美貌が蒼依の娘に強く遺伝しているというのは自然な考えではないだろうか。
いや、いやいやいやいや! そんなことは、こいつが蒼依と僕の娘であることの証拠になんてならない! 全く同じ顔をした赤の他人が現れるくらいのこと、タイムスリップの実現性に比べたら全然あり得ることじゃないか! たぶん!
「……それに、愛一郎。真偽はともかく、この子のことを責めるのは……」
「いえ、いいんです、ママ。こうなることを予想していなかったわたしがおバカさんなんです。未来でのパパもママの浮気を知ってとても悲しそうでした。……今のパパなんかよりも、ずっとずっとずっと、ずっとです。パパは、ママのことが本当に本当に大好きでしたから……」
「――――」
涙を流す愛朱夏のその顔に、嘘があるとは思えなかった。こいつは本当に、蒼依の不貞を知った未来の田中愛一郎を見てきたんじゃないだろうか。
そうだ、蒼依に十四年間裏切られ続けていたことを知った僕は間違いなく人生に絶望するだろう。生きる気力を失くすはずだ。生きていくことを、諦めるだろう。
この子はきっと、それを見てきたのだろう。だからこそ、そんな歴史を変えるために、過去にまでやってきたのだ。
そんなこいつの主張にはどうしても納得することしかできなくて。だから僕はやっぱり、
「――……わかった。お前が蒼依の不貞を防ぐために未来から来たということを、少なくとも嘘はついていないということを、僕は信じるよ……」
「パパ……! ありがとうございます……! だいちゅき……っ」
まぁ、まだお前の勘違いという可能性はあるわけだけど……。
僕は恐る恐る、蒼依の様子を伺い、
「私も愛朱夏のことは信じるわ。これ以上疑っても仕方ないし……」
――え?
「ただ、私にはどうしても気になるところがあるのだけれど……」
蒼依はなぜか怪訝そうに眉をひそめ、
「愛朱夏は、そんなことのためにわざわざタイムスリップなんてしてきたの?」
「「は?」」
間の抜けた声を漏らしてしまったのは、僕と愛朱夏だ。それくらい、彼女の言葉の意図が理解できなかった。それこそ、愛朱夏が「未来から来た」なんて宣言したことよりもずっと。意味が、わからない。
「え、あ! いや、違うのよ、『そんなこと』って言い方は不適切だったけれど……だって、タイムスリップよ? 話を聞く限り、パパが独自に開発した技術で、安全性が保証されたものじゃないんでしょう? それに、それこそ愛朱夏が言っていたことじゃない。過去ってそう易々と変えていいものじゃないわよね? バタフライエフェクトって言うんだったかしら。愛朱夏がタイムスリップしてきたことで、未来に思わぬ悪影響を与えてしまうのかもしれないのよ? たぶん」
一体……君は何を言っているんだ? 何で何事でもないかのように、そんなことを……。
「だから、愛朱夏がわざわざ未来から来たっていうなら、相当に重大な事件を防ぐためのものだって思うのが普通でしょう? タイムスリップをしてでも、いろんな歴史を変えてしまってでも、防がなきゃいけないことがあると思うじゃない。それこそ戦争とかテロとか、歴史に残るような大量殺人事件とか」
「――――」
ああ、そうか。そうだったのか。
「少なくとも人の命を救うためじゃないと割に合わないわよ。過去を変えないと自分や大切な人が死んでしまうというのなら、まだ理解出来る。でも親を浮気させないためにタイムスリップするって……娘がそんなことしようとしていたら、私は親として全力で止めるわよ?」
「蒼依」
なるほど。なるほどね、蒼依。うん、わかった。それなら、君に伝えなければいけないことがある。
「ん? どうしたの、愛一郎。そんな真顔で」
「浮気は殺人だッ!! テロだッ! 戦争だッ! 寝取られは虐殺なんだよッ、この人殺しがァ!!」
「ええー……」
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