第3話 過去改変

「でも証明って言ったって、どうすればいいんだよ。十二歳の愛朱夏に」

「だから、例えば未来でしか知りえないこと、十四年後――2022年の具体的な情報を話してくれたりすれば信ぴょう性が増すというか……どう? 愛朱夏。あなたが暮らしていた未来のこと、例えば総理大臣の名前とか消費税率とか……スポーツやエンタメの話でもいいのだけれど、聞かせてくれないかしら?」

 決して問い詰めるわけではなく、優しく諭すように話しかける蒼依だったが、愛朱夏はシュンっと俯いてしまう。

「ごめんなさい、ママ……あまりそういうことは話してはいけない決まりなんです……全く意図しない形で未来が大きく変わってしまう可能性があるので……。最悪、わたしの誕生にまで影響してしまいますし……。それにそもそもわたしはニュースとかに疎くて」

「……そうなのね。こちらこそ、ごめんね。愛朱夏は何も悪くないから」

 そう言ってこちらに目配せしてくる蒼依。いや、確かに反応に困る話ではある。愛朱夏が言ってることも理解できるけど、未来のことを全く話せないというのは、未来人を騙る詐欺師にとっては都合の良すぎる設定だ。

「で、でも、パパとママに信じてもらうためなら、ちょっとだけ……」

 僕たちの気まずそうな雰囲気を感じ取ってか、愛朱夏は慌てたように付け加える。

「えっと、総理大臣は橋下徹さんっていう人です。消費税は十二パーセントになりました。スポーツは全然詳しくないんですけど、2022年では確か……野球では阪神と日本ハムが一位で、サッカーでは浦和レッズとガンバ大阪が強いです。エンタメっていうのはちょっと……テレビとかあまり見なくて……」

「おお……」

 これは、どうなんだろう……。結局情報をもらったところで僕も蒼依も顔を見合わせて苦笑いすることしかできない。何かちょっとそれっぽくはあるけど、そもそも僕も蒼依も政治にもスポーツにも全く興味がないし。

 うーん、じゃあ、あれはどうだろう。

「オードリーって芸人さん知ってる?」

 最近よくテレビで見る漫才コンビで、僕は結構好きなのだが、蒼依はキャラ芸人だからどうせすぐ消えると主張しているのだ。未来でどうなってるのか少し気になる。

 僕の問いに、愛朱夏は少し首を傾げ、

「オードリー……あ、あー、春日ですか? ピンクベストの。たまーに見ますよ。そういえば昔はコンビだったって聞いたことがありますけど、相方さんは全く見たことないです」

「そうなのか……」

 若林消えたか……。

 僕が少しショックを受けていると、蒼依はなんかちょっとドヤ顔を浮かべていた。ムカつくけど可愛い。

「じゃ、じゃあサンドウィッチマンは?」

 年末に大きな漫才の大会で優勝して以来、最近よくゴールデンの番組にも出ているけど、バラエティ慣れしていない感じが伝わってきて何か心配になるのだ。

「あー、あの怖い感じの二人組ですよね。エンタの神様で何回か見たことありますけど、それ以外では……」

「ち、千鳥は」

「千鳥……あ、笑い飯の番組にだけ、ときどきゲストで呼ばれてる人たちですよね。大阪限定で売れてるってイジられてた気がします」

 クソ、僕が好きな若手芸人みんな上手くいってない……! でも妙に現実味がある話だ……。僕とお笑いの趣味が合わない蒼依も満足そうに頷いている。

 まぁでも、そもそも。

「うん、やっぱり何の判断材料にもならないな……」

「そうね……」

 自称未来人がどんなに具体的でリアルな未来情報を提供してきたとしても、実際にその未来が来るまで待ってみないことには真偽の判定なんてしようがない。そして二年後に生まれるはずの普通の女の子は通常、最速でも数年後までの情報しか持っていないわけで。つまり、この方法は愛朱夏が本当に未来人なのかどうかという答えを今すぐには出してくれない。

「やっぱり感覚に頼るしかないんだよ。僕らには科学のことなんてわからないんだし」

 そして僕の感覚は確かにこの子が自分の娘だと言っている!

「でも別に科学について知らなくたって……そうよ、まだまだ聞いてないことなんてたくさんあるじゃない。愛朱夏はどうやって未来から来たの? いわゆるタイムマシン? みたいな物的証拠があれば……」

 そういえばそうだ。僕らも愛朱夏も混乱していて、根本的なことは何も話し合っていなかった。

「ママのパパ……おじいちゃんにやってもらいました。過去に戻るための仕組みはおじいちゃんが作ったので。どうやってって言うのは、子供のわたしには難しくてちょっと……。睡眠中に送ってもらう決まりになっているらしくて、わたしは気づいたら、予定通りこの時代のあの神社で眠っていたんです」

「「…………っ!」」

 その単語を聞いて僕たちは言葉を失う。愛朱夏のママのお父さん――つまり蒼依の父親のことだ。

「あっ! そうですよ、おじいちゃんですっ。この時代のおじいちゃんに聞いてもらえれば、証言してくれると思います! ずっと昔からタイムスリップの研究をしていたそうなので!」

「……パパが……?」

 蒼依の瞳が揺れる。そりゃそうだ、僕以上に衝撃を受けているはずなんだ。ここは僕から説明してやるしかない。

「それはできないんだ、愛朱夏。蒼依のお父さんは行方不明なんだ」

「え……」

 蒼依の両親は蒼依が生まれてすぐに離婚してしまったらしい。蒼依は母親についていったが、十年前、久しぶりに父親と会うことになった。彼の実家があったこの村で。

 僕と蒼依が初めて出逢ったのもそのときで、僕たちはすぐに打ち解けて深い仲になった。大切な約束を交わした。

 でも、僕が蒼依からこんなにも離れたくないと思うようになった最後のひと押しは、今思えば、また別にあるのかもしれない。あの誓いの後、蒼依が父親に攫われそうになったことだ。

 元妻から実の娘を奪い去ろうとしたのだろう。蒼依の手を引っ張る父親と、必死で抵抗する蒼依の姿を僕が目撃して飛び出していったのも、あの人気のない神社だった。興奮していたこともあって、あの男に突き飛ばされて以降の記憶は曖昧なのだが、とにかく蒼依を助け出すことはできた。目が覚めたときには蒼依が僕を看てくれていて、そして父親はそのまま姿を消して音信不通になってしまったのだった。

「でも逆に言えば、十四年後では蒼依のお父さんも見つかって、愛朱夏や僕たちとの関係も悪くないってことなんじゃないか」

 愛する女の子二人がショックで放心状態になっているのを見て、何とか明るい見方をしてみる。嫌がる娘を無理やり連れ去ろうとした父親との再会がポジティブなことなのかは微妙なところだが……。

「そう、ね……。それにこれで、タイムスリップについての信ぴょう性も高まったわ。パパが怪しい研究をしていたのは事実だし……」

 蒼依の父親は科学者だった……らしい。僕も会ったのは十年前のあの夏だけなので詳しいことは知らないけど、この村の大人たちからはあまりいい噂は聞かない。頭はすこぶる良かったみたいだが、東京でよくわからない研究をしていて言動も不可思議、マッドサイエンティストかカルト宗教の信者のように見られていたらしい。

 出逢ったばかりのころは父親と同じように科学に興味を持っていた蒼依が、あの事件以来そういうものから距離を取ってきたのも、その反動なのだろう。

 今も蒼依はかなり無理をしてタイムリップなんてものについて考えてくれているはずだ。

「蒼依、もういいじゃないか。愛朱夏を信じよう。僕たちの愛する娘がわざわざ未来から会いに来てくれた。そんな素敵な話を疑う理由なんてあるかい?」

「愛一郎……」「パパ……」

 二人を抱き寄せて、その体温をギュッと肌で感じる。心地いい。天国だ。

 そう、これが全てなんだ。

 僕は未来の妻と娘を一途に愛している。二人も僕だけのことを愛してくれている。それ以上、何が必要なんだ。僕らには愛があるじゃないか! 愛さえあればいい! うおおおおおおおおおおおお、ラブアンドピース! ラブアンドピースだ!

「大好きだ、二人とも! 僕と一生結婚しろ!」

「パパ……!」

「愛一郎、勝手に昂りすぎ……まぁ、嬉しいけれど……」

「このツンデレめ! 僕に一生ツンデレしろ!」

「全然意味は分からないけれど分かったわ」蒼依は真っ赤な顔のままため息をつき、「でも、一旦離して。まだ確認していないことがあるでしょう」

「ん? 何? 愛朱夏の誕生日? 子作りのタイミング? それは自然に愛し合っていれば運命に従ったタイミングで出来るんじゃないかな」

「離してって……まぁ、いいわ。抱き合ったままで。そうではなくて、愛朱夏が未来から来た理由よ。お父さんにこの時代へと『送ってもらった』って言っていたじゃない。愛朱夏はこの時代に迷い込んでしまったわけではなく、意図的にタイムスリップしてきたということでしょう? ……ていうか確か初対面時にも、私達に伝えなきゃいけないことがあるとか言っていた気がするのだけれど」

 そういえばそうだった。

 二人を抱きしめたまま、愛朱夏に優しく目配せをすると、

「……はい、実はパパとママに言わなきゃいけないことが……」

 え? あれ? 何でそんなに悲しそうな顔してるの、愛朱夏? 愛し合う家族同士で抱き合って幸せに包まれてるっていうのに。

「……まぁ、そうよね。わざわざ未来から来るくらいだもの。相当重大な事情があるはずだわ」

「はい……パパとママにはこの時代の行動によって、未来を変えてもらわないといけないんです……」

 は? 何だそれ。そんな何か重い話だったの、これ。大好きなパパとママに大好きって伝えに来たんじゃないの?

 まぁ、でも。

「わかった。安心してくれ、愛朱夏。それに蒼依も。愛する娘の頼みだ。僕が愛の力で未来だろうが過去だろうが変えてみせる。僕が愛する二人を守るんだ!」

「パパ……っ!」「愛一郎……」

 大事な大事な宝物を再度ぎゅうっと慈しめて、僕は問いかける。優しく、そして頼もしく!

「さぁ! 遠慮なく話してくれ、マイラブリードーター! 君は未来から僕に何を伝えに来たんだい!」

「はい! 実はママが十四年間ずっと浮気をしていたことが、わたしがいた未来で判明するんです! この時代から十四年間ずっと、パパを裏切って別の男とイチャイチャちゅっちゅし続けていたのです! 浮気関係が始まるのが今から一か月の間みたいなので、それまでにパパにはママの浮気を防ぐために頑張ってもらいますね! 頑張れパパ! 大ちゅきです!」

「「は……?」」

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