第2話 死んでも守り抜きてぇ未来から来た娘
「おいしい……やっぱり、ママの味です……」
僕と
「……本当に悪いところはないんだね?」
「はいっ、元気です、パパ! おかわりお願いします!」
疲労は見え隠れするものの溌溂と言い切る女の子の姿に、僕と蒼依は顔を見合わせ苦笑する。
僕たちは蒼依が暮らすアパートに女の子を連れてきていた。とにかく何かが食べたいというこの子の要望を、詳しい話を聞くことに優先したのだ。
まぁ、こんな夜中に子どもを外に出しておくわけにもいかないし、ちょうどよかった……とは、言えないだろう。本来であれば、まず交番に連れていって保護してもらうのが正しい行動のはずだ。
でも、そうできなかった理由が僕たちにはある。理由なんて呼んではいけないのかもしれない、直感的なものでしかないけれど、やっぱり僕らはこの子を他人に任せてはいけない気がしてしまうのだ。
少なくとも、ちゃんと本人の話を聞いてみるまでは。
「そろそろ、いろいろ聞いてみてもいいかな。その……君が、未来から来た、僕と蒼依の娘だって話について」
「あ、はい!」
居住まいを正し、ローテーブルを挟んで向かい合う僕たちを、真っすぐと見つめてくる女の子。綺麗な黒髪、大きな目、改めて見てみるとやっぱり小六くらいの頃の蒼依にそっくりだ。強いて言えば、顔は当時の蒼依より大人っぽく、体型は当時の蒼依より小さく細めといった感じか。日焼けした蒼依と比べて肌もだいぶ白い。ともすれば不健康そうとも言えるかもしれない。
あと蒼依の方は僕と出逢ってすぐショートカットにしたから、成長した蒼依そっくり女子のロングヘアーを見るのは新鮮な気分だ。
「では、改めまして……未来からやってきました、パパとママの娘です。よろしくお願いします」
「うん」「うんって、愛一郎……」
不安そうに僕の手に自分の手を重ねてくる蒼依。僕よりも彼女の方が動揺は大きいようだ。
というより、実は僕はもうかなり落ち着いている。警察に連絡もせず、迷子の女の子を勝手に恋人の家に連れ込む。客観的に見ればかなり危ういこんな行動も、冷静な判断の下で行っている。
常識の上ではアウトな行動であっても、今の自分たちにはこれが最適解だと、僕には信じられるのだ。
「確認ですが、パパたちは今、高校三年生ですよね?」
「うん、僕も蒼依も高三の十八歳だよ」
「ですよね……ていうことは、わたしは……えーと……十四年、ですね、うん、計画通りです。わたしは十四年後の未来から来ました。つまり、平成三十四年の八月ですね」
「そっか。君は今、何歳?」
「十二歳です!」
「ていうことは二年後、二十歳のときに蒼依は僕の子を産んでくれるのか。十二歳にしては言葉遣いや立ち居振る舞いがしっかりしてるけど、蒼依の育て方がよかったのかな」
「ちょ、ちょ、ちょ、愛一郎!? え、まさか信じているの!? この子が未来から来ただなんて!?」
「ああ、当たり前だろ」
「な……っ」
驚愕する蒼依に対して、僕は堂々と言い切る。
そう、僕はこの子が未来から来たということを信じているのだ。完全に信じ切っている。
「だって、僕と蒼依の娘だと言っているんだぞ? そして見た目が君そっくりなんだ。声なんか今の時点でほとんど同じじゃないか? うん、この子が蒼依の娘だという話には信ぴょう性があるよ。蒼依の娘ってことは僕の娘で間違いないわけで、でも僕らはまだ子作りをしていないんだ。だったら未来から来たとしか考えられないじゃないか」
「こ、子作りって、愛一郎……っ」
蒼依が真っ赤な頬を押さえて、悶えるように身体をくねらせている。嬉しそう。
「パパ……! 信じてくれるんですね……!」
女の子もパアァっと表情を輝かせてくれている。
ああ、信じるさ。ていうか信じたいんだ。実際のところ、理由とか理屈なんてない。僕と蒼依の子どもが存在するという事実を否定なんてしたくないだけだ。たとえそれが、科学を超えた出来事だったとしても。未来だろうが宇宙だろうが、本人がそこから来たと言うのであれば、疑うことなんてできるわけがない。
この子は僕と蒼依の愛する娘なのだから!
「あ、そういえば名前を聞いてなかったね。娘の名前を把握もしないまま一緒に過ごすなんて、このままじゃ僕は父親失格だよ」
「そ、そういえば、そうでしたねっ」
「うん、教えてくれるかい、未来の僕たちが名付けた、君の素敵なお名前を!」
昔からずっと約束していたこととはいえ、こうやって実際に蒼依と家族を作るという輝かしい未来の証拠を前にして、僕のテンションは爆上がりしていた。たぶん目がギンギンになっていると思う。そのせいか、可愛い愛娘もちょっと押され気味の様子だ。
「あ、愛朱夏ですっ、愛朱夏、田中愛朱夏といいます!」
「あしゅ……? あすかちゃんかな?」
噛んじゃったのかな?
「いや、そのまま普通に『あしゅか』なんじゃないかしら? そうよね、あしゅかちゃん」
しばらくクネクネしていた蒼依だったが、娘の名前を聞いて母親の自覚が芽生えてきたのか、にわかに普段の理知的な雰囲気を取り戻していた。
「はい! 愛朱夏、です! えーと、お借りしますね…………こう書きます!」
女の子、改め愛朱夏は手元にあったメモ用紙に漢字三文字を書いて僕らに掲げ見せてくれた。照れたような微笑みが可愛い。あと字がめちゃくちゃ綺麗だ。活字みたい。
「愛朱夏……何て素敵な名前なんだ……!」
十年前の風景が鮮明に思い出されてくる。蒼依と僕が初めて逢ったあの夏の日。確かに空には太陽が朱く輝いて、幼き二人の愛の始まりを祝福してくれていた。
その名前にどんな思いが込められているのか、僕たちには既にわかってしまう!
ちなみに田中は僕の苗字である。僕のっていうか、未来の僕らの!
「最近では珍しくない響きよね。未来ではもっと一般的な名前になっているんじゃないかしら」
「お、蒼依も愛朱夏が僕たちの娘だって受け入れ始めてるようだね」
そもそも蒼依も僕と同じで、初めからこの子が赤の他人じゃないことなんて直感でわかっていたと思うけど。本来なら会ってはいけないという危機感めいたものと同時に、ずっと会いたかった人とやっと会えたみたいな不思議な感覚があったはずだ。
「……名前を聞いたらさすがにね。上手く説明は出来ないのだけれど、いかにも私がつけそうな名前だと思ってしまって……」
「うんうん、わかる、わかるよ! 世界一の名前だ! 僕たちの子供に相応しい!」
「えへへ、パパとママが信じてくれて嬉しいです!」
うーん、笑顔も可愛い。無邪気な感じはクールビューティーな蒼依とはちょっと違うけど、まぁ、そこら辺は僕に似たんだろうな。えへへ。
「いえ、私はまだ完全に信じたわけではないわ」
「えー……蒼依……」「えー……ママ……」
「いやいやだって……本来なら警察に届け出なければいけない状況なわけであって……」
「そんなことしたら僕らの娘が孤児になってしまうじゃないか! この時代には愛朱夏の戸籍はないんだから!」
「……うん……だから私達でどうにかしてあげたいというのは分かるのだけれど。それなら尚更、愛朱夏のことをちゃんと知らなきゃいけないと思うの。まずは未来から来たということを、出来る限り疑いの余地が残らないような形で証明してほしいわ」
申し訳なさそうに言う蒼依の考えもわからなくはない。万が一にでも、愛朱夏が本当は別の家の子で、迷子か家出状態であったりしたら大変だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます