そのサンタ、トナカイに逃げられた?
小石原淳
第1話 そのときサンタは夜道にて
「もしもし」
「もしもし、
「えっと、改めてこんばんは、かな。今夜はほんと、楽しかった。誘ってくれてありがとう、
「え? ええ。こちらこそありがとうございました。それはいいんだけど、どうかしたの、さっき帰ったばかりなのに。こんなに早く電話くれるなんて、家に帰り着くにはまだ早いと思うんだれど」
「もちろん、まだ途中だよ」
「じゃあ何? 忘れ物でもした?」
「いやいや、そうじゃないんだ。今日の忘れ物はプレゼントだけで充分。本当に悪かったと思っている。次に会うときには、絶対に持って行くから」
「なぁんだ。そんなこといいわよ。まさか、もう一度謝るために電話してきたの? もう充分に謝ってもらいました」
「それもあるけど、全てじゃない」
「ふうん。あなたが携帯に掛けてくるなんて珍しいから、少しびっくりしちゃった。私が家にいるときは、たいてい家の電話に掛けてきてたと思う。今日はどういう風の吹き回し?」
「うん。長引きそうだから。お家の人の迷惑にならないようにと思って」
「えっと、お父さん達、連絡が入って少し早めに出掛けたのよ。だから今、一人で留守番なの」
「あら。余計な気遣いだったか。掛け直すのがいい?」
「ううん、別にこのままでかまわない。それよりも長引くって? さっき会ったばかりなのに、時間を掛けてする話があるということ?」
「そうなんだ。といっても、大事な話ってわけじゃないけれど。今日は徒歩だろ。マンションに帰るまでの間、ある意味退屈なんだよね」
「それで私に話相手になってくれと? しょうがないわねえ」
「いいかい?」
「いいわ。私の方も暇と言えば暇。今日はこのあと、何にもなし」
「付き合ってくれてありがとう。じゃあ――」
「あ、待って。始める前に念のため、注意しとくわ。おしゃべりに夢中になって、人にぶつかったり、物に蹴躓いたりしないように。相羽君のことだから言われなくても充分注意を払っているとは思うけど」
「ふふ。はい、了解しました」
「それじゃ話をどうぞ、始めて」
「実はさ、帰り道の途中で急に悔しくなったんだ。今日という日にふさわしいあるエピソードを昔、人から聞いていたのに、すっかり忘れていて。ほんの三分ほど前に、唐突に思い出したんだ」
「人から聞いた話なら、私も知っているかも。誰なの?」
「やまだっていう奴から中学のときに。あ、一応言っておくと、漢字は山に多いと書く方の
「うーん、覚えてない……」
「いや、気にしなくていいよ。僕の記憶でも、山多と君とは会ったことがないはずだから。とにもかくにも、今日にぴったりの話だから、思い出すのがもうちょっと早ければ!と悔しくなってきてさ。辛抱できなくなって、こうして電話を」
「前置きはいいから。今日にふさわしいって、要はクリスマスに関係あるのね、その話」
「その通り。クリスマスに絡んだちょっとしたミステリーってやつ」
「ミステリー、面白そう」
「人から聞いた話だから、本当かどうか実際のところ分からないんだけどね。そいつ――山多が言うには、小さい頃、サンタクロースを見たって」
「え? それってよくある、お父さんかお母さんがサンタクロースに扮して、プレゼントを枕元に置いたっていうエピソードなんじゃないの? そんな親の姿を、寝ずにがんばっていた子供が目撃する……」
「違うんだ。山多がサンタクロースを見掛けたのは、山奥の一本道」
「山」
「しかもそのサンタは、トナカイのそりならぬバイクに乗っていたんだって」
「バイク? 似合わないっ。第一、小さな子が山奥の道にいる状況って、想像が付かないんだけれども」
「その年の十二月二十四日、幼稚園か小学校低学年だった山多は、家族揃って車に乗り、祖母の家に急いでいた。何故かというと、同じ日の昼食が終わった頃に、独り暮らしの祖母が倒れたと、近所の人が電話で知らせてくれたというんだ。かなり危ない状態らしく、山多一家はクリスマスイブの予定を急遽変更し、駆け付けることにした」
「当たり前よね。小さい子にはクリスマスの楽しみが飛んじゃうのは残念かもしれないけれど、おばあちゃんのことの方がもっと大事」
「祖母の家は隣の県にあり、車で行ける距離には違いないんだけど、山をいくつか越えなければいけない。国道や県道ばかりならまだしも、舗装整備の行き届いていない一般道もあって、少なくとも三時間はかかるんだってさ。ま、その辺り一帯には、裕福な人の別荘がぽつん、ぽつんとあるそうだけど。と言うのも、近くに割ときれいで広い湖があって、一応、名の知られた観光名所らしいよ」
「有名な観光名所になったのは、ちょっと変な格好をしたサンタクロースが目撃されて、名物になったから、というんじゃないわよね」
「はは、その発想はなかった。そうだったら面白い逸話になるかもしれないね。残念ながらと言っていいのか、違うよ。それで山多がサンタを見掛けたのは、車が最後の山を登っていたとき。後ろから猛スピードで迫ってくるバイクに、運転していた父親が最初に気が付いた。車も急いでいたものの、普通ならサイドミラーで安全を確認し、追い抜いてもらえばいい。ところが、バイクに跨る人間の異様な姿に、父親も声を上げたというんだ。何だあれ?ってね」
「サンタクロースがバイクで迫ってきたら、たいていの人は驚くわよねえ」
「うん。しかも、旧式のカブだった。ほら、よく映画やテレビドラマなんかで出前の人が使っているような」
「ええ、分かるわ。物凄い大型バイクをイメージしていたから、修正しなくちゃ」
「ハーレーダビッドソンとかかい? それで、父親の素っ頓狂な声に、母親も山多本人も当然反応して、振り返った。バイクは見る見る内に山多家の車の右側に並んだ。少しの間そのまま並走していたかと思うと、程なくして抜き去って行ってしまった。その後、一本道をしばらく進んだものの、バイクのサンタの姿を再び見掛けることはなく、行方は
「あの、相羽君。話の腰を折るんだけど、気になるから先に聞くね。そのおばあさんは無事だったの?」
つづく
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