第2話 異世界転生ハローワーク

 気が付いたら、津島は小さな光の玉になっていた。


 周囲を見渡すと、同じような光の玉がたくさんフワフワしていた。


 津島は自分が死んだのかと思った。


 それならここは天国か地獄か。


 後ろには大きな門がそびえ立っていた。


 津島は遥か前方に寂れた建物があるのを見つけた。


 建物までは荒涼とした岩場が広がっていた。


 津島がフワフワと移動して建物の近くまで行くと、建物に行列ができているのが見えた。


 津島はとりあえず列の最後尾に並んだ。


 他の光の玉が何のために並んでいるのか知らないが、みんながやっていることには素直に従う、それが津島の目立たずに生きるための行動規範だった。


 建物の看板には「輪廻転生ハローワーク」と書かれていた。


 公共の建築物にありがちな古びた建物は、小さな光の玉で混み合っていた。


 入り口付近まで行くと、番号札を発券する機械があったので、整理券を取ろうとした。


 しかし今の津島には身体がなかったので、券が取れなかった。


 機械の横に立っていたハローワークの職員と思われる優しい笑顔のお姉さんが、津島に整理券を貼り付けてくれた。


 お姉さんの頭の上には天使のような輪が浮かんでいた。


 そしてよく見ると背中に小さな羽が生えていた。


 津島の整理券には444番と書かれていた。


 順番が来るまで、随分と待つことになりそうだ。


 ハローワークの中では職員の人たちが、慌ただしく動き回っていた。


 津島はハローワークの廊下に設置されている自動販売機に目をやった。


 そこには「魂が目覚める!  栄養満点ドリンク」や「魂がはじける!  ソウル・サイダー」や「魂を癒す!  ヒーリング野菜ジュース」といった怪しい商品が並んでいた。


 しかし身体がないのにどうやって飲むんだろう、と津島は思った。


 でもどうやら魂だけになったことは間違いなさそうだ。


 タヌキを助けて、トラックにひかれて、死んだのかな、と津島は思った。


 しばらくして「444番の方は3番ブースにお越しください」というアナウンスが流れた。


 津島はフワフワと3番ブースに向かった。


 そこにいたのは眠そうな目をしたパッとしないおじさんの職員だった。


 でも頭の上に天使の輪が浮かんでいて、背中には羽もあった。


「普通なら女神のようなかわいい女子が現れるところだろ」


 津島は心の中で文句を言った。


 それでも津島は「こんにちは。よろしくお願いします」と取って付けたような挨拶をした。


 挨拶はしておいた方がいい、と津島の直感が言っていた。


「ウィトゲンシュタインです。よろしくお願いします」


 職員は事務的な口調で言った。


 名前が長くて覚えられない、と津島は思った。


「444番ですか。長嶋茂雄の通算ホームラン数と同じですね」


 ウィトゲンシュタインが急にご機嫌になった。


「天覧試合でのサヨナラホームランは見ましたか。私はあの試合を球場で観戦していたのですよ…」


 ウィトゲンシュタインの長嶋茂雄への熱い愛が溢れる長話が五分ほど続いた。


 津島は適当に相槌を打っておいた。


「さてそれでは今日はどの求人に応募されますか?」


 ようやく長嶋茂雄の話を終えたウィトゲンシュタインが津島に聞いた。


「ここに初めて来たものですから…」


 津島は突然の質問に戸惑いながら答えた。


「初めてのお客様ですか。これは失礼しました。この輪廻転生ハローワークは死んで魂だけになった人が、次の人生を決める場所です」


 ウィトゲンシュタインが鏡の前で練習してきたような笑顔を作って言った。


 津島はやはり死んだようだ。


 そしてウィトゲンシュタインが求人票の束の中から何枚かを抜き出して、津島に見せた。


 求人票には「急募! 惑星スメタナにて魔王討伐の戦士。戦闘力200以上」や「みんな仲良し! 和気あいあいとした職場です。惑星ドビュッシーにてギルドの受付嬢」や「破格の待遇でおもてなし! 惑星メンデルスゾーンにてゴブリン退治の仕事。魔法力300以上」などと書かれてあった。


「どの求人にも応募できるのですか?」


 津島は驚いて聞いた。


 来世こそは陽キャに転生するぞ、と津島は固く心に誓った。


「お客様の持っているポイント次第です」


「ポイント?」


「前世で善いことをすればポイントが加算され、悪いことをするとポイントが減ります。その総合ポイントで応募できる求人が決まります」


「私のポイントって何点ですか?」


 津島は急に不安になった。


 津島は特に善いことをしていない。最後にタヌキを助けたこと以外は。


「お調べしますね。少々お待ちください」


 ウィトゲンシュタインが津島をバーコードリーダーのようなものでスキャンした。


「1200ポイントもありますよ。素晴らしいですね。これほど高いポイントの人は滅多にいませんよ」


 ウィトゲンシュタインが横に備え付けられたコンピューターの画面を見ながら、驚いた様子で言った。


 やっぱりタヌキを助けたからかな、と津島は思った。


「これならほとんどの求人に応募できますよ」とウィトゲンシュタインは楽しそうに言った。


「本当ですか?良かったです」


 津島は安堵の溜息をついた。


 悲惨な人生に転生するなんて、絶対にイヤだった。


 こうなったら来世は、何かすごいことを成し遂げたいと思った。

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