名もなき私とニワトリと ④

空から見下ろした商店街に設置された大時計は6時半過ぎを指している。

そろそろ誰かがこの異変に気付く、そして正規の魔法少女が呼ばれるだろう。


この空を飛ぶ力もハクの魔力を消費する、勝負を決めるなら速攻しかない。


『ゴゲェー!!!』


一気に箒を加速させ、怒りをあらわにしたニワトリへ距離を詰める。

見慣れた火球を吐き出すモーション、ただし何度も見たそれは隙が大きいのも知っている。

まだ操作感に慣れていない箒じゃ精密な動きは出来ない、勢いそのままニワトリのがら空きな腹に突っ込んだ。


『ゴガ……ッ!!』


「オッラァ!!」


息が詰まったところへ先ほどと同じように掌底でニワトリの嘴をふさぐ。

違うのはまさに火球を吐き出す直前だったという所だろう、行き場を失った炎はニワトリの口内で弾けて嘴の隙間から炎と黒煙が噴き出す。


「あっつあっつ! んにゃろー、近づいてもこれか!」


《気を付けてくださいマスター、奴の羽に触れるとそこから燃えますよ!》


ハクの言う通りだ、奴の羽は嘴から洩れる熱波だけでも容易に引火してしまう。

身体に纏わりつけばそれだけ火球の脅威は高くなる、かといって近接戦を避けるような器用な真似ができる腕と武器じゃない。


「だったら火球は撃たせないように立ち回って仕留める!」


《簡単に無茶言うなあもう!!》


ニワトリの周囲を出来るだけ小さい円周で旋回しながら、火球を撃つそぶりを見せたらすかさずちょっかいを入れて阻止。

箒が打撃に使えないため有効打に乏しいが、今のところはこうして奴を地上の叩き落とすチャンスを狙うしかない。

持ってくれよ魔力、そして俺の股関節……!


「ハク、昨日みたいなあの燃える蹴りは使えないのか!?」


《可能ですがやめた方が良いですね、全身火気厳禁みたいな魔物です。 それにあれは魔力を大きく消費します、外したら終わりですよ!》


「じゃあ他に決め手になるようなものは!?」


《えーと……ちょっとまってください、この空飛ぶ箒を使えば何か良いアプリが作れる気が……3分時間ください!》


逆に3分あれば何とかできるって事か、頼もしい。

しかし長い3分間になりそうだ。


《必殺技分の魔力を差し引いて逆算するとあと3分で魔力が尽きるので、それまでに手が打てなければ残念ながら私らの負けです》


「なんか自信あっての数字じゃないんかい!!」


前言撤回、短い3分だ。 魔力が尽きる前に奴を地に落として必殺の体制を整えろと。

上等じゃないか、やってやる。


「ってなわけだ、地上でデートと洒落込もうぜ!」


『ゴゲゴッゴオオオオオオオオ!!!!』


忙しなく羽ばたく翼をふんづかまえてそのまま地表へ叩きつけようとするが、脂で滑る上にニワトリも暴れるため上手く掴めない。

そして上下に揺さぶるように暴れられると負担が! 股関節にものすごく負担が!!


「あだだあだあだだだ! ハクゥ、まだぁ!?」


《ちょっと今話しかけないでください精密作業中です!》


「んなこといったって……うわっぷ!?」


翼に触れる密接距離、ニワトリも学習したのか火球の代わりに口から出した大量の脂を吐き出した。

予備動作も無い行動、不意を突かれて頭から被ってしまう。


《うぎゃあばっちい! 何喰らっちゃってんですかマスター!?》


「ぺっぺっ! うへぇベタベタするし何かトンコツ臭いし! ニワトリのくせに!!」


ふざけてはいるが引火性の高い脂だ、もはやまともに密着するわけにはいかない。

火球のリスクはあるが一度離れ――――ようとして、箒を掴んでいた腕が滑った。


「あっ」 《あっ》


出来るだけ股間に負担を掛けまいと体重を乗せていた腕が滑ったらどうなるか。

当然落ちる、魔法少女だって魔力が無ければ重力には勝てない。


「あああああぁあぁあぁぁあぁああぁぁ!!! 着地ィ!!」


《ナイスゥ!!》


迫る地面、空中で無理矢理体を捻り強引に着地する。

本来なら死を覚悟する高所からの落下だが脚への衝撃はさほどじゃない、非魔力ダメージ耐性様様だ。


見上げた空ではニワトリが火球を放とうとえづいてる。

この距離じゃ阻止は間に合わない、身体に取りついた羽を一枚剥がして変えた箒に跨る。

早く、奴が火球を放つ前に「あれ」を探さないと……!


人通りのない商店街を箒で飛び駆け、背後に迫る熱波に急かされながら目当てのものを探す。

なんとか揺り起こしたおぼろげな記憶ではこの先に、もう少しで見えるはず―――


「――――あった!!」


股に挟んだ箒を引き抜き、アスファルトから生えた赤いそれをすれ違いざまに叩き壊す。

慣性の赴くまま数mほど路面をスライディングし、すかさず後ろを振り返れば。

煌々と燃える火球がすぐそこまで迫り――――


大量の炎と水がぶつかり生まれた水蒸気のカーテン、やがて晴れたその向こうに飛ぶニワトリと瞳が合った。

お前は知らなかったのか、いや知っていてもどうしようもなかったのかもな。

消火栓なんてお前の天敵、火気厳禁の体にはさぞ堪えるだろう。


水飛沫で洗い流されてずぶ濡れの身体にはもはや容易く炎はつかない。

ニワトリもそれは分かっているのか、嘴を食いしばってこちらを睨みつける。


「鳥頭でもそれくらい分かるってか、準備はどうだハク!」


《ええ、お蔭さまで何とか! 外さないでくださいよ?》


虚空から現れたスマホの中には水色の羽が描かれたアプリを抱えるハクが居た。

周囲を見れば、すでに騒ぎを聞きつけた人がちらほら集まり始めている。


『ゴゲゴオオオオオオオオオオオオ!!!!』


激高したニワトリが再度火球のそぶりを見せる、ただし狙いは俺じゃない。

その視線の先にあるのは吹きあがった水柱が届かない、人だかりの一画。

火球が着弾すれば確実に被害が広がるであろうポイント……


「ああそうかよ、最期の最後までなんでそこまで悪意的なのか……その性根が気に食わねえ!」


≪IMPALING BREAK!!≫


高らかに響く電子音声とともに羽箒の周りに風が渦巻いた。

両足で踏みつけた箒がふわりと浮き上がる、細く不安定な足場だが、不思議と箒の柄は足に吸いついて離れない。


「決めたよ、お前は串刺しだ!!」


吹き出す風は箒に乗った俺ごと空に射出し、弾丸じみた速度で飛び掛かる。

ニワトリが火球を吐き出す寸でのところで箒に乗ったまま衝突し、その胴体を貫いた。


振り返った先、ニワトリの身体には俺の身体ごと貫通した割には小さな穴しか開いていない。

そして数秒遅れて穴の開いた身体が風船のように膨張し、破裂する。

飛び散る肉片は空中で光の粒子となって消え、残った黄色の魔石が丁度手元へ飛んで来た。


《やったー! 上手いこと決まりましたね、魔石も回収しましたしこれで終わりです!》


「相変わらず仕組みが分からねえな魔法、まあ最後はあっさり片付いて……」


《……? どうしましたマスター?》


見上げた空は雲一つない青天だ、太陽が暖かい光を地上へ届ける。

……おかしい、まだ朝も早いというのにそこまで太陽が中天にまで登っているはずがない。 じゃああれはいったいなんだ?


……真下の商店街では、歓声を上げる野次馬が集まっている。


「――――全員逃げろ! まだ終わってねえ!!」


気づいた瞬間、反射的に叫ぶがもう遅い。

空に昇った太陽――――いや、やつが最期に遺した特大の火球が弾けた。

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