名もなき私とニワトリと ③

「――――どわったぁ!?」


迫りくる巨体の突進を無様に転がって避ける。

さっきまで俺が居た場所をブヨブヨしい脂肪を揺らす腹が駆け抜ける、見るからに重量級のボディは轢かれれば怪我で済みそうもない。


『ゴケゴォー……?』


避けられたニワトリはゆっくりと停止し、不服そうにこちらへ振り返る。

跳び出し事故ではなく、明確な殺意をもって突っ込んできたようだ。


「だったら遠慮はいらねえな、丸焼きにして今朝の献立に並べてやる!」


《いやー、不味そうですよあれは》


『ゴケェー!!!』


こちらの軽口がトサカに来たか、ニワトリは大きく羽根を広げて威嚇する。

次に顔を上に向け、喉仏を上下させ何かを吐き出すような仕草を見せた。

腹の中から喉を通って口内へ「何か」を運ぶように。


なんだ? クモが糸を撃ちだしたようにこいつも何か吐き出して攻撃するのか?

ニワトリならやっぱり卵とか……


『ボォエエ!!』


―――その口から火球を吐き出した。


「なん……じゃそりゃあ!?」


火球は鳥の全長よりも大きい、加えてクモの糸弾ほどではないがかなりの速度だ。

予想外の攻撃に回避が間に合わない、咄嗟に手元の箒を投げつけ相殺を試みる。


そして火球と箒が衝突した瞬間、風船を突いたかのように炎が破裂する。

辺り一面に炎の塊を散らしながら熱風が肌を焼く、こいつふざけた見た目の割にかなりヤバい……!


「あっつ! あっつ! こんのやろ……!」


炎は砂利の上だというのに中々鎮火しない、何か焼夷剤のようなものが含まれているのか?

こんなものを食らえば死ぬまで炎に巻かれる、そしてここが街から離れていて良かった。


「ハク、こいつはここで止めるぞ。 街に入れたら大惨事だ!」


《でしょうね! しかしなんでこんな連日で魔物が……!》


ぼやいても仕方ない、そうこう言ってる間にニワトリはえずき始め第二射の用意をする。

一度撃たれると厄介な技だが隙は大きい、足元の石を拾い上げた勢いそのままアンダースローでニワトリの喉元へ投げつける。


『ゴゲェ!?』


空中で箒に形を変えた石は今にも炎を吐き出さんとする喉元へ叩きつけられ、炎の代わりに苦悶の声が漏れ出る。


《マスター、チャンスですよ畳みかけましょう!》


『ゴゲオボウェ!!!』


「うわっ、なんだ!?」


攻撃を中断されたニワトリは火球の代わりに大量の吐瀉物を吐き出す。

いや、吐瀉物じゃない。 吐き出された液体はテカテカとした乳白色で、まるで油脂のような……


「……脂?」


……ニワトリ


「ま……さか、こいつ!?」


ニワトリが炎を脂へと落とした瞬間、まき散らされた脂は火炎を巻き上げ一気に爆ぜた。

先ほど以上の熱風に思わずローブで顔を覆う、熱いを通り越してもはや痛い、前が見えない。

後ろに飛びのいて何とか目を開くが、炎の壁が遮りニワトリの姿が見えない。 奴はどこに……?


《マスター、上です!》


見上げた空には忙しなく羽根をバタつかせるニワトリが飛んでいた。


「……ニワトリが飛んでんじゃねえ!!」


《不味いですよマスター、街の方に飛んで行きます!!》


奇声を上げながら飛ぶニワトリの進行方向は確かに街へと向いている。

なんで魔物ってのは人の嫌がる事を進んでやりやがるんだ、


「クソッ、火が……!」


《何やってんですかマスター、早く追わないと!?》


箒で脂の上で燃え続ける炎の上に砂を掛け、何とか燃え広がらない最低限の消火を施してからニワトリの後を追う。

そうこうしている間にも奴は遥か彼方だ、ふらふらと安定しない飛び方だが随分と離されてしまった。


「ハク、こっちも何かこう……飛べないか!?」


《私たちにも羽があれば飛べるかなって……》


無理そうだ、諦めて走って追いつくしかない。



――――――――…………

――――……

――…



障害物の多い陸路と空中じゃどうしたって速度に差が出る。

ニワトリもタダで飛んでるわけじゃない、こちらが距離を詰めると火球を放って牽制してくる。


また羽ばたくたびに翼から飛び散る羽が厄介極まりない、翼から抜けると奴の脂っこい羽はかなり燃えやすい。

火球と合わせて延焼の危険性を増やす、周囲に燃え移らない様にするだけでも一苦労だ。


空を見上げながら足元に注意を払い、時おり飛んでくる火球と延焼に神経を使いながらニワトリを追う。

肉体的にも辛いが、それ以上に精神にクる。 頬を伝う汗は熱波のせいか、別の何かか。


「チックショー! 何発撃ってんだよあのニワトリ!!」


《魔力が続く限りでしょうね、魔物相手にエネルギー保存則とか通用しませんよ。 


疲労が溜まった頭の中にハクの声が反響する。

「魔法」……奴の炎も、クモの糸も、俺の箒も魔法だ。

ならあのニワトリがあんな身体で飛べるのは魔法か? 魔法は、1体に1つだけじゃない……?


酸素を求める脳は上手く回らない、ニワトリに手が届かないまま街が見えてくる。

あいつが街に入ればクモの比じゃない被害が出る、何とかここで止めなければならないのにその為の距離が遠い。


―――目の前に、脂ぎった羽が緩やかに落ちてきた。


「……箒は元の特性をある程度引き継ぐ」


《……マスター?》


目の前の羽を掴み取る。 杖は魔法少女の心を表すのなら、この疑問の答えも俺の心が思った通りのはずだ。


「ハク、今からちょっと無茶するぞ……!」


《な、何かちょっと嫌な予感するんですけどぉ……?》



――――――――…………

――――……

――…



いよいよ街が見えてくるとニワトリの瞳は下卑た笑みを浮かべる。

何故嗤うのか、それは本人にすら分からないだろう。 ただただ笑いと、炎が口から洩れる。


その表情に情や憐憫などはなく、ひたすらに弱者を甚振る喜びに満ちていた。

嘴から垂れる油まみれの涎、そして既に口内には目一杯の炎が構えられている。

射程距離まで今か今かと大口を開けて――――


「――――させねえよッ!」


真下から放たれた掌底が強引に嘴をねじ塞ぐ。

あまりに唐突な衝撃、ニワトリは何が起きたか分からず空中でもんどりうつ。

空中は自分の独壇場だ、とでも思っていたのだろうか。 だがそうは問屋が卸さない。


「痛い痛い痛い! 股が、股が割ける!!」


《マスター! 今は女の子なんですからもっとお淑やかに!》


格好つける余裕もなく箒に跨る痛みに思わず悶絶する。

「何故だ?」とでも言いたげなニワトリの瞳には、白い羽が生え揃った箒に跨って宙に浮かぶ俺たちの姿が映っている事だろう。


「箒は元の性質を引き継ぐ……羽を元にした箒なら空を飛べる、お前の羽を使わせてもらったぜ!」


しかし浮くのは良いんだが浮力は箒にしか働いていない、俺は浮き上がる棒切れに跨っている状態だ。

魔法少女の姿は軽いと言えど全体重を支えるには小さすぎる面積に股関節が痛む、何だこれ新手の拷問か。


《我慢してくださいよマスター、ちょっと無理矢理な解釈で飛んでいるので》


無理矢理でもこうして飛べているんだ。

これで嘴を食いしばってこちらを睨むニワトリ野郎と戦える。


《飛行にも魔力を消費しています、決めるなら短期戦で行きますよ!》


「分かったよ、それじゃ覚悟しなニワトリ野郎。 ここから先は」


《ええ、スーパーヒーロータイムです!》


……なにそれ?

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