名もなき私とニワトリと ②
「まったく、失礼ですよ縁さん」
「うううぅ……ごめんなさい葵ちゃん」
目の前でしゅんと縮こまる目の前の女性はとても年上とは思えない。
折角の美人なのに色々ともったいない人だとは思う。
「まあいいです、言いたいことはありますがひとまず呑み込みましょう。 今は黒い魔法少女の話です」
「そ、そうですそうです! えーと、特徴的なのは黒い外套……ローブかな?と、あとは対照的に白いマフラー……」
「髪は灰を被ったような白髪、マフラーに乗っかる程度の長さでうなじのあたりで纏めていました。 それと……独り言が多かった」
「うーん……白と黒かぁ、ちょっといい色じゃないなぁ」
心理学、および第二魔力学に精通した彼女が言うには、杖や服装といった魔法少女の特徴は本人の心象や内面が反映されるものらしい。
私も荒れてた頃は色々心配された、確かに昔と違い落ち着いた今の武装は所々変わった部分もある。
「独り言っていうのも気になるなー、その子の杖は確認した?」
「ええ、おそらく箒型の杖です。 けど……」
言うべきか、少し悩んでから口を開いた。
「……縁さん。 周りのものを何でも杖に変化させる魔法少女、というものはありえますか?」
「無理ね」
口に出した疑問はバッサリと切り捨てられた。 その理由は如何に。
「……杖は魔法少女の心を象徴するもの、それを周りのもので代用するというのは……ちょっと、考えにくいわね」
さきほどまでの頼りない雰囲気はどこへやら、テーブルに肘をつき考え込む姿はまさしく天才の名に恥じないオーラを纏っている。
やっとエンジンがかかって来た、いつもこうだったら私達も頼りがいがあるのに。
「……葵ちゃん、その情報に間違いはないのよね?」
「ええ、近くで見たから間違いありません。 瓦礫に鉄筋、クモの糸……あとは小石なども」
逃げられたときの事を思うと臍を噛む思いだ。
もちろん自分の油断もあるが、初の戦闘を終えたばかりというのにあの適応力は恐ろしい。
……だからこそ、仲間になってくれれば頼もしいのに何故。
「不気味ね、その子。 独り言も多いようだしまるで中身が2~3人いるみたい、早急なメンタルケアが必要かも」
「分かりました、今度であった時は多少強引にでも引っ張ってきます」
紅茶を飲み干し決意を改める。
たまたま気分で砂糖を入れてみたが、程よく甘くて美味しい。 決して無糖で飲めないわけではない。
「それでは黒い魔法少女を現状“サンドリヨン”と仮称。 彼女との交渉を魔法少女ラピリスへ一任します、もし彼女が交渉を拒む場合は……」
「……たとえ戦闘になろうとも説得します、許可をください」
「承認します、ですが……やり過ぎないでくださいね?」
いつもの気弱な雰囲気に戻った彼女へ無言で頷く。
――――――――…………
――――……
――…
「お兄さん、紅茶ありがとうございました」
「ああ、放っておけば後で片付けたのに」
縁さんが帰った後、空になったカップとポッドをもって調理場のお兄さんの下へ赴く。
七篠陽彩、我が家に長年住み込みで働いている彼はもはや兄のような存在だ。
私としてはもう少し踏み込んだ関係になりたいのだが、お兄さんとの間にはいまだ壁があるような気がしてならない。
いや、身持ちが堅いのは殿方として良い事です。 そういう所も素敵ですよ、ふふふふふふ。
「そういう訳にはいきません、お兄さんも今日は色々あったんですから休んでくれていいんですよ?」
「その台詞はそっくりそのまま返すよ、魔法少女ラピリスさん」
自らの怪我も顧みず私の心配をしてくれるなんて、はぁ好き。
いやいや違う違うそうじゃない、しかしこういう時の彼は頑なだ。
慣れた手つきで私から食器を受け取り、手早くスポンジで洗って水切りかごへ上げる。
しかしその手足には痛々しい傷跡が残り、一々の所作もいつもより若干鈍い。 疲労が溜まっているはずだ。
思い出せば腹立たしい。 あのクモめ、私に魔力が残っていれば初太刀にて臓物をぶちまけられたものを。
そういう意味では私の仇を討ってくれたあの黒い魔法少女には感謝しかありません、次に刃を交える時は容赦しませんが。
「このまま夕飯の支度も済ませるから、悪いけど風呂の栓抜いて来てくれないか? 今日のおかずはアオの好きなカレイの煮つけだぞー」
「煮つけ! 分かりました、すぐに……っと、そうだ」
好物の予告に逸る気持ちを抑え、腰ポケットから先ほど拾ったものを取り出した。
「お兄さん、テーブルの下に携帯落としてましたよ? 不用心ですからここに置いておきますね」
「っ……あ、ああサンキュー。 そんじゃ風呂の方頼むわ」
水場から離れた台の上にスマホを置き、小走りで風呂場へ向かう。
一瞬お兄さんの声が震えた気がした、お兄さんもうっかりする事はあるようですね。 そういう所も素敵です。
――――――――…………
――――……
――…
アオが風呂場に向かったことを確認し、台に置かれたスマホを手に取る。
危なかった、一瞬バレたかと思って冷や汗をかいたが……
「ハク、バレてないだろうな?」
《ええ、なんとか。 全くマスターは魔人使いが荒いですよ!》
テーブルに紅茶を運んだ時、こっそりテーブル下に仕掛けていたハクが文句を垂れる。
2人の会話を盗み聞くためだったが、まさかアオが拾って持って来るとは……。
《それよか大変ですよマスター、私達狙われてます》
「……詳しく聞かせてくれ」
そしてハクから盗聴した話の内容を聞かせられる。
変身した姿がサンドリヨンと呼称され、最悪アオと戦わなければならないと……
「……まずいな、それは」
《なんとか正体を隠したまま協力……というのは難しいものですかね》
「どうだろうな、あの衣装を変えてどうにか誤魔化せないか?」
《衣装変更は可能ですが、帯びる魔力は……どうですかね、多分魔法少女相手にはバレますよ》
無理か、そもそも身分やスマホを調べられたらアウトだ。
第一どこから正体を暴かれるか分からない以上、中途半端な行動は自分の首を絞めるだけだ。
《そもそもですねー、私としては二度と変身せず安心安全な暮らしを所望しますが》
「二度と魔物が出てこないなら俺もそうしたいところだけどな」
あのクモのような魔物が現れたら、魔法少女はまた戦わなければならない。
何度も、何度も、何度も、何度も、重ねていくたびに致命的な事態へ至るリスクも高まる。
年端も行かない少女たちが、だ。 戦える力があるならそんな危険は俺みたいな奴が被るべきだ。
《……知り合いが大事なのはわかりますけど、自分なら良いやという考えは直した方がいいと思いますね私》
生意気な同居人を小突いてから夕飯の支度を始める。
分かってるさそんな事、ただ子供は家族や友たちと楽しく毎日を送るべきだろう?
大人になったらできなくなる、今の時間を大事にするべきなんだ。
――――――――…………
――――……
――…
「……で、やっぱりこの格好になるわけか。 冷えるなぁ」
翌朝、まだ夜の冷え込みが残る中に白くなった溜息を吐き出す。
時刻は朝5時、昔は採石場だったらしい街外れの岩場にて白いマフラーをはためかせる。
まだ冬の冷気が残るこの時期にマフラーはありがたいが、その割にローブの下が薄着なのが解せない。
《ご安心を、魔法少女は風邪を引きません。 それに体を慣らしたいといったのはマスターでしょう?》
「どういう理屈だそれは……うぅ、スースーする」
見た目ほど寒くはないがそれでも吹き付ける風は冷ややかに頬を撫でる。
ローブをめくると腋が丸見えだ、もう少し防御力とか考えてほしい。
《良いから手早く進めましょう、ほら箒作って》
「はいはい……」
魔法少女としての活動を続ける以上、ラピリスとの衝突は避けられない。
来たるべきその日のためにこの体の事をよく知っておきたい、その為に朝早く抜け出してこんな街外れまで来たんだ。
「石、木の枝、ビニールゴミ、ガラス、鳥の羽……本当に何でも箒にできるな」
《ええ、箒状態を維持できるのは1本だけですけどね。 そして……》
「ああ、箒化すると元の特徴をある程度引き継ぐらしい」
何度か箒化を試し、今手に持っている箒は穂先に鳥の羽がモサモサと生え揃っている。
クモの糸を変えた時もそうだが、この特性は結構重要かもしれない。
ものによっては只の鈍器以上の性能になるだろう。 最悪でも鉄製品を変化させれば十分な武器だ。
《マスター、思ったんですけどこの箒化って生物には》
「試したくもないし無理だと考えておこう」
魔物に効けば確かに一撃必殺だろうが接触した所で向こうも悠長していないだろうし、リスクが高い。
他の生物相手でも試したくもない、こんな実験のために命を奪うような真似はゴメンだ。
「分かった事を纏めると大体こんな所か」
・箒にできるのは手で触れたものだけ(大きすぎるものは無理)
・一度触れれば手を離しても30秒間ほど箒化は有効
・1度に2本以上の箒は作れない、古いものが元に戻る
・俺から離れると箒化は解除される(多分3mくらい)
・強度は元になった素材依存、ただし魔力を持たない負荷には相当強い
・威力は見た目以上(岩が削れた)
試して分かった事をスマホのメモ帳に保存する。
あと試したいのはこの身体自体のスペックか……
《……あっ、そうだマスター! 名前ですよ名前!》
「名前? 名前がどうかしたか」
《この姿の名前です、「サンドリヨン」じゃ味気ないですしー。 何かこう、バッチリカッコいい名前を付けなければ!》
別にサンドリヨンでもいいような気がするけどハクにも譲れない所があるようだ。
しかし名前、名前か……。
「うーん……ブラック」
《まんまじゃないっすか》
なんでだ、黒カッコいいだろ。
《うーんブラックブラック……魔法少女オブダークノワールブラックシュヴァルツってのはどうです?》
「却下」
《なして!!》
コ゛ォケコ゛ッコ゛ォー……
そうこうしてる間に時間もだいぶ過ぎた、遠くの方で鶏が鳴き始めた。
しまった、もうそんな時間だったか。
野太い低音にドスドスとうるさい足音、平和な朝の一日を告げる……告げる?
「ちょっと待て、何かおかしくないか?」
《というかここ採石場ですよね、何で鶏の声が聞こえるんですか?》
2人の頭上にハテナマークが浮かんだ瞬間、脇の茂みから何かがガサガサと蠢く気配を感じ取る。
「……ハク、俺は嫌な予感がするぞ」
《奇遇ですねマスター、私もですよ。 箒構えてください》
手に持った羽箒を投げ捨て、足元の石を箒に変えて構える。
茂みから聞こえる音と気配は次第に大きくなり、そして「それ」が姿を現した。
『ゴオオオケゴッゴオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
「――――デカい鶏じゃねえか!!」
《マスター、魔物ですよ! 突っ込んできます!!》
ぶよぶよと肥え太った腹とどこを見ているんだか分からない焦点の合っていない瞳、そして俺の体躯よりも一回り以上デカい鶏が茂みから豪快に飛び出してきた。
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