名もなき私とニワトリと ⑤
――――やりやがったな、最後の最後にとんだ置き土産を残してくれた。
弾け飛んだ火球の欠片が大粒の欠片となって地表に降り注ぐ。
馬鹿か俺は、こうなったら消火栓を壊したのが完全に裏目だ、消火する手段を潰すなんてなにやってんだ。
もっと上手く出来たはず……いや、反省は後だ。
「ハク、止めるぞ!」
《うえぇ!? ど、どうやって!》
外れた位置に落ちる火の粉は一先ず無視、人だかりに被害が出るものから優先的に対処する。
小さい火の粉は外したマフラーで受け止め、大きいものは身体でぶつかって無理矢理に掻き消す。
「あっづ……ァア!!」
《ちょっとマスター、何やってんですか!?》
ずぶぬれの身体に焼ける痛みが染みる、大丈夫、耐えられる、大丈夫だ。
少しずつ高度を下げながら回収を続けるがそれでも取りこぼしは出る。
幸い殆どはアスファルトや消火栓の近くに落ちたものだ、燃え広がる心配はさほどない。
逃げ回る人たちの頭上をひたすら飛び回り、致命的なものだけを受け止め防ぎ、耐え続ける。
「っ……ああ、ぁああああ゛ッ!!!」
背中を焦がす痛みに意思に反して声が漏れる。
不意に箒がガクンと失速した。
《マスター! 魔力が限界です、もう止めてください!》
「まだだ、まだデカいのが……!」
火球の芯とも言うべきか。 弾けた後に残り、遅れて落下してきた最後の一欠片。
ガス欠の箒を気合いで吹かす、あの欠片はどこに落ちる? どこへ……
――――視線の先には少女が居た。
まだ幼い、5~6歳くらいだろうか。 逃げ遅れたのか、いや状況が分かっていないのか。
まるで綺麗なものを触れるかのように、落ちてくる炎の欠片へ手を伸ばしている。
駄目だ、違う、待て、待ってくれ、それは君が思うようなものじゃない。
じれったい箒を蹴り捨て、跳躍する。
「間に合えええええええええええええ!!!!」
飛びついて、少女を抱きかかえた瞬間、炎が背中に直撃する。
一瞬遅れて周囲から上がる悲鳴とどよめきを聞きながらアスファルトの上を転がる。
熱い痛い辛い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
遠のきかける意識を歯を食いしばって堪える。
少女を抱いたこの手を離しちゃいけない、力を込め過ぎても駄目だ。 魔法少女の膂力は簡単に少女の背骨を砕くだろう。
ギリギリの境目で力をコントロールし続け、何度も転がったのちにようやくこの体は停止した。
《……スター、マスター! 聞こえますかマスター!?》
「っ……ハ、ク……女の子は……?」
「おねえちゃん、だいじょーぶ?」
腕の中には傷一つない、きょとんとした顔の少女が居た。
「おねーちゃん、ごめんね……わたしのせいで痛いね、ごめんね、ごめんね……」
「ああ……良いんだよ、無事で良かった……さて」
《……ちょっとマスター、これ以上何をする気ですか》
体を無理矢理起こそうとしてハクに咎められる。
全身に走る痛み、特に背中に痛みが酷いが動けないほどじゃない、まだ行ける。
「カバーは……完璧じゃなかった……どこか、火災が起きてる……かも、しれない……」
《駄目です、無理です、無茶です、無謀です、許可できません。 どうしてそこまでやる必要があるんですか!?》
ハクの抗議を無視し、適当なものから作った箒を杖がわりに立ち上がる。
足はふらつく、視界は霞む、頭もぼやけてよくわからない。 けどまだ、まだ……
「――――そこまでです」
倒れかけた身体が誰かによって支えられる。
その声は、よく聞きなれた……
「ラピ……リス……」
「ええ、申し訳ありません。 到着が遅れた謝罪は後で、その子の保護とあなたの治療を終えてから話をしましょう」
労うような声はしかし凍えるほどに冷徹だ。
しまったな、万事休すだ。 けど今はそれより……
《丁度良かったぁ! ラピリスさん、現場の鎮火が先です! この人の代わりにお願いします!》
「むっ、誰ですかこの声は?」
《貴女に話しかけるため会話のチャンネルを広げました、私はえーと彼……か、彼女の協力者のえーと……な、謎の美少女Xです!》
ハク、余計なことを……
「そういって逃げる気では?」
《逆に聞きますが逃げ切れる身体だと思いますか? 救護班を呼んで、貴女は火災の対処をお願いします。 火災箇所はだいぶ飛び飛びです、迅速な消火には魔法少女の機動力が必要だ》
「むぅ……」
飛び散った火の粉の範囲を考えれば消防車だけでは手は回らない。
消火器をもって飛び回れるような……魔法少女のような存在が確かに最適だ。
《じゃないとこの人這ってでも無茶しそうなんですよ! お願いします、せめて治療だけでも先に!》
「………………わかり、ました。 絶対にそこから動かないでください、良いですね!」
長い沈黙と葛藤ののち、ラピリスは耳元のインカムで誰かと連絡を取りながら跳んで行った。
じきにこの子と、俺を保護する人材が駆けつけてくるだろう。
それは不味い、まだ捕まるわけにはいかない。 まだ俺は……
《……マスター、魔石をください。 最低限のリソースを残して残りを回復に回します》
ラピリスが立ち去ったあと、頭の中でハクが話しかける。
そうか、魔石があれば回復……
《私、嘘を付きました。 ですので怒られる前に逃げちゃいましょう……ね?》
頼りになる、そして悪い同居人だ。 残る力を振り絞ってポケットにしまった魔石をスマホに押し付ける。
一瞬だけ画面が黄色に光ると、身体の痛みが和らいでなんとか活力が戻ってきた。
「おねーちゃん、もう大丈夫なの?」
「ああ、お蔭さまで……悪いね、さっきの青いお姉ちゃんが戻ってくる前に行かないと」
心配そうに声を掛ける少女の頭をクシャクシャと撫でて笑って見せる。
その笑顔に安心したのか少女もえへへと笑う。 ああ、この笑顔が痛々しい火傷で汚されなくてよかった。
「ありがとうね、魔法少女のおねーちゃん! あのね、お名前教えて!」
「名前? うーんと、魔法少女……“魔法少女ブルームスター”! 今後とも応援よろしく!」
名乗りと共に焦げ臭い羽箒へ飛び乗り彼方に飛び去る。
ふと振り返った背後では、「さようなら」なんて叫びながら少女が無邪気に手を振っていた。
《……マスター、「ほうき星」のもじりなら「コメット」が正しいじゃないですかね?》
「良いだろ別に、ブラックよりはマシだろ」
コメットじゃ恰好つかないと思って少し洒落た名前を考えたのに。
無粋な事に突っ込む輩は馬に蹴られて死んじまうぞ。
《ああ、それとマスター。 もう一ついいですか、その箒ってあのニワトリの羽が素材ですよね?》
「そりゃそうだが……それがどうした?」
《クモの糸が消えた事を考えるとー……多分そろそろ消滅しますよね、その羽?》
「……そういうのは早く言えええええええええええぇぇぇぇぇ!!!」
コンマ数秒後、魔法少女ブルームスターが乗る箒は光の粒子と散り、無様にも地表へ叩きつけられることになる。
――――――――…………
――――……
――…
「……いないじゃないですか!!」
商店街の各所で起きた小火の処理を終え、元の場所へ戻ってきたラピリスは怒りの声を上げる。
その場には既に魔法少女の姿はなく、救護服に身を包んだ男性たちと年端も行かない少女が残されているだけだった。
「申し訳ありません、我々が駆け付けた時にはすでに……」
「いいえ、彼女に騙された私の落ち度です……まさかあの怪我で動けるとは」
思えばあの声の主に騙されていたのかもしれない。
小火の殆どは民間人の手によって既に消火されたものや、アスファルトの上など被害が広がり難いものばかりだった。
素直に褒めたくはないが、彼女の身を挺した対処が繋いだ結果だ。
……そう、あの怪我だ。 浅い呼吸、蒼白の顔面、焼け焦げた背中と衣類。
もはやまともに動けない――――だろうに、ただただ瞳だけがぎらぎらと空虚な使命感に輝いていた。
あの目を見てしまったから、あの目を知っていたから、あるいは私は薄々分かっていながら騙されたのかもしれない。
「縁さんに謝らないといけませんね……あとその子の身元は分かりましたか?」
「はい! 住所はこの近くで、朝早く起きてしまい偶然空を飛ぶニワトリの姿を発見。 興味本位で家を抜け出してここまで来てしまったようです」
きびきびとした受け答えは心地いい、しかし自分の方がかなり年下なのにこうもへりくだった態度を取られると背中がむず痒くなる。
「あのねー、ブルームスターがねー! 青いお姉ちゃんは怖いからって逃げちゃったの!」
「ほう……ブルームスターと、彼女がそう名乗ったのですか?」
「うん、格好良かったー!」
思わず刀を握る手に力がこもる。 そうか、「ブルームスター」……その名前は覚えたぞ。
「ふふふ、次にあった時が貴女の命日です……覚えておきなさい……!」
「……いえ、あの、殺してはいけないのでは……?」
サンドリヨン、改めブルームスター。
今度であった時は必ずふん縛って本部へ連れて行ってやる!!
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