第3話 馴れ初めの事情聴取

未央みおさんは、いつこの町に?」

「つい最近。だから、道とかまだよく知らなくて……」


高校生活最初の一日が終わった学校の帰り道。休み時間での五月さつきの方針通り、俺は未央と一緒に衛土えいどが勤務している駅前の交番へと向かっていた。聞けば、未央は最近この町に引っ越してきたらしく、慣れない町で道に迷い、通る予定ではなかったらしいあの階段で寝坊した俺達との遭遇は、今思うと出来過ぎた偶然だが、その偶然から未央にとっては昔を知る俺と再会出来たのは、最早運命的な何かだろう。


「あの、エド……エドは記憶喪失でも、私にとっては久しぶりの再会だし、その……私の事は、「未央」でいいよ」

「ん?そうか。なら、お言葉に甘えますか。コホン……み、未央」

「何?エド?」

「……いや、何でもない。というか、着いたぜ」


談笑中、急に顔を照れながら俺に名前の呼び捨てを許可する未央に、転校生だからと気を遣って未央を「さん」付けで呼んでいた俺は特に疑う事なく同意するが、いざ言おうとした時、急に緊張しながらも、少しの間から呼び捨てで未央の名前を言った後、呼び捨てに喜ぶ未央の顔に赤面して恥ずかしくなっている間に、当初の目的地に到着していた。

夕方で多数の人が賑わう駅前にある小さな二階立ての建物。警察を表す金色のマークと「KOBAN」の白文字が強調する文字通りの交番。ここに、三年前俺を救った頃は警察学校生から警察官となった小見衛土おみえいどが働いているのだ。


「そういえば、エドは交番で何やっているの?」

「別に。中学の頃から続く手伝いと、俺の記憶回復へのカウンセリング程度だけど」

「ふぅん……パトカーに一緒に乗ってパトロールとかはしないんだ」

「中学の頃から出来る訳ねーだろ」


衛土が警察官になってからは、学校が終わる夕方から夜までの数時間だけだが、この交番で三年前の記憶の回復も兼ねて手伝いとして働いている事を未央に伝えてから、俺は交番の引き戸を開けるや、中でデスクワークをしていた一人の警官が、俺と未央に反応して近づいてきた。


「来ましたか、エド。聞きましたよ。入学式早々遅刻したそうですね。差し詰め、寝坊といった所でしょうか?」

「えっと……それは……」


既に水空みずそら先生から伝わっていたらしい遅刻の件で、悪意ある笑顔で俺に接する警察官――小見衛土おみえいどは、ここまで何度も言った通り、三年前に炎に包まれた家で血だらけで倒れていた俺を助けてくれた命の恩人だ。この頃はまだ警察学校生だった翌年に警察官になり、事件として扱われている三年前の手がかりとなった記憶喪失で身寄りもない俺の保護者となっている。


「すいません。それは私が悪い事で、エドは悪くないんです!」

「ん?そこの女性は?」

「ああ、紹介するよ。土居 未央どいみお。今日俺が通う高校に転校して来たんだ」

「成程。君の事も聞きましたよ。自分の不注意で気絶させてしまった他人の無事を確認する前に立ち去ってはいけませんよ」

「はい……」


警察官故に説得力ある衛土の口頭注意に、未央はただ黙って聞く事しか出来なかった。まあ、今回は当事者の俺は無事も、一歩間違えれば救急車沙汰だったかもしれない状況から立ち去っては、車のひき逃げ・当て逃げみたいな事になって転校初日に御用もあったかもしれなかったし、将来衛土と同じ警察官を目指すつもりの俺に、改めて警察官となった衛土の職責を知るのであった。


「それで、エド。その未央さんと一緒に職場見学という目的ではないでしょう?」

「ああ。実は……」

「あら~エドちゃん。高校初日に彼女でも出来たの?羨ましいわぁ~」


入学式の遅刻の件が終わり、本題に入ろうとした俺の背後から、突如かん高い声が聞こえて驚く俺と未央を他所に現れた婦人警官――井出永美いでえみは、衛土とは三つ上の先輩の警察官で、衛土が警察官となって配属されたここの交番に共に勤務しており、中学の頃からの顔馴染となっている。ちなみに、カップル話に敏感で「彼氏募集中」らしい。


「え?か、「彼女」なんて……」

「永美さん。未央さんは、今日エドの高校に転校して来た初対面で、「彼女」は流石に……」

「いや、「彼女」はある意味当たってるというか……実は、俺の昔を知ってるらしくて、一緒に連れて来たんだ」


一緒に連れて来た未央をカップルと思い込んだ永美の「彼女」発言でさっきから顔を真っ赤にしている未央だが、俺は気にせず、改めて衛土と永美に今回未央を連れて来た理由を説明した。


「え?君、エドを知っているのかい?」

「は、はい。でも、エドは私の事を知らないみたいで……」

「エドちゃんは、三年前の火災事故で記憶を無くしてね。今日まで進展らしい進展もなくて困っていたのよ。よ~し!衛土ちゃん。椅子貸して!」


俺を知る者の登場に衛土は驚く一方、「彼女」発言が当たった永美に促されるまま、俺と未央は永美のデスクに案内されては、未央には衛土の椅子を、俺にはパイプ椅子に座らせるレディーファーストで、いつもの俺の記憶回復へのカウンセリング……という名の未央との馴れ初め話が始まった。


「それじゃ、エドちゃんとの馴れ初め話でも」

「えっと……子供の頃かな。公園でお気に入りの帽子が風で飛んで木に引っかかって途方に暮れていた所を、たまたま居合わせたエドが自ら木に登って、枝が折れて落ちながらも帽子を取ってくれたの」


子供の頃の記憶がない者としては、「よく子供の頃を覚えているな~」と逆に感心する未央の俺との馴れ初め話に耳を傾ける俺に、ふと脳内にその馴れ初め話をどこかで見たような気がしては、今日の出来事を振り返った末、あの出来事に至った。


「登校中、階段から落ちて来た未央とぶつかって気を失ってた時に、未央が言った光景を見た覚えがある……」

「え?ホント!?」

「子供の頃の記憶がないエドが未央さんと同じ内容を言う辺り、エドを知っているのは本当のようだね」

「未央ちゃん。お手柄じゃない~」


まさか、未央が語った馴れ初め話と俺が気絶中に見た光景が一緒の偶然に、二人にとっては三年待ちかねた俺の記憶回復への進展に喜び、俄然やる気が出た永美だったが、ここで衛土が現に戻す発言をした。


「永美さん。エドはさておき、未央さんはそろそろ暇も考えた方がいい時間じゃないですか?」

「え?……もうこんな時間!?」

「あら~残念。女の子が夜道で危ないし、送ってあげようか?」

「いえ、大丈夫です。私の家もここから近いですし」


気が付けば外も暗くなっており、俺はここから目と鼻の先のアパートも、未央はそうはいかない為、慌ただしく帰り支度を始める中、永美は馴れ初め話が終わって残念がるも、自身が警察官の職権と女性の夜道の危なさを考慮してパトカーで送迎を薦めるも、未央は家が近いからと拒否したが、パトロールでも何でもない目的でパトカーを送迎に使っては駄目なのでは?


「じゃあ、またね。エド」

「おう。もう階段から落ちるなよ」

「エドも寝坊しないでね」


双方今日の嫌味ともいえる言葉をかけつつ未央は交番を後にし、交番内には俺と衛土と永美のいつもの三人となった。


「エドちゃん。今日の事、絶対に忘れちゃダメよ」


永美にああ言われた俺としては遅刻の事を忘れたいのだが、そのおかげで未央と出会い、記憶回復への一歩を踏み出せたのは確かだし、次は気を付ける戒めとして受け入れた所で、いつもと変わらない交番で衛土と永美の仕事の手伝いをした後、ようやく色々あった長い一日が終わりを告げた。

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