第2話 身に覚えない再会

学校に到着した俺と双健そうけんを待ち受けていたのは、担任となる水空蒼みずそらあおい先生からの至極当然な説教だったが、階段から落ちそうになった少女を助けた事情を説明して、遅刻はカウントも何とか反省文は書かずに済んだ処分となって職員室から退出後、双健と同じクラスとなった教室でようやく一息ついていた。


「おはよう、エド。聞いたよ。階段から落ちた女性を助けた拍子に頭ぶつけたらしいけど、大丈夫?」

「ああ。もう大丈夫だ。五月さつき

「って、居合わせた俺には無視かよ。メイ」


教室で俺に優しく接し、双健には無視する女子生徒――三重五月みえさつきもまた、記憶喪失以降に出来た俺の友人の一人で、双健が兄なら、五月は姉の存在だ。本名は「サツキ」を「メイ」と愛称で呼ぶ双健とは幼馴染らしいが、先述の通り雑に扱われた双健がツッコミを入れる光景は見ている側としては和み、時に熱くなった喧嘩で仲裁したら、我に返って赤面と、確かに幼馴染らしい仲睦まじさである。

一方で、二人を見ているとどこか懐かしい覚えもあるが、今回も考えるよりも先にチャイムが教室内に鳴り響いた所で遮られ、担任の水空先生が教室に入ってきた事で、各々所定の席に着き、日直の五月による挨拶と、高校生活最初の授業が始まろうとしていた。


「起立!礼!着席!」

「はーい。今日の入学式に間に合わなかった人に合わせる形になりましたが、このクラスに転校生が入るから、仲良くしなさいね。入っていいわよ」


教壇に立つ水空先生からの痛いお言葉の後の「転校生」?まあ、入学式を堪能できなかった者としては今知った情報だが、誰だろう?と思いつつ、視線を向いた教室のスライド扉を開けた姿に、俺は言葉が止まった。

現れたのは、どこかで見覚えがある長髪の女性……いや、見覚えがある所か、登校途中で階段から落ちそうな所を助けた少女であった。あの時は遠目からでよく見ていなかったが、改めて見直すと確かにここの学校の制服だ。ってか、双健は俺が気絶していた間気付かなかったのか?

当の少女は、まだ窓際の奥に居る俺に気付いていないようだが、双健以外の男子生徒からの「可愛い……」とか「ラッキー!」とかの小声が聞こえる中、水空先生からチョークを受け取った少女は、黒板に自分の名前を書いて自己紹介をしようとしたその時だった。


「土居 未央どいみおです。宜しくお願いしま……」

「あーーーーっ!オレとエドの入学式を台無しにした女!」


まるで何かを思い出したかのように、俺の隣の席にいる双健が立ち上がっては、土居未央どいみおと名乗った少女を名指しで批判し始めたのだ。ってか、今更で遅ぇよ。

案の定、双健に名指しされた未央の顔は怯えているように見てとれた。いくら未央にも非があろうが、まだ周囲が初対面に向けて悪い印象を与えてどうする。


「ちょっと、双健!転校生が怖がってるじゃない!」

「え?その……エド、お前も被害者だろ?何か言って……」


五月の注意で皆の視線が一斉に双健に向けられる中、双健は助けを求めて俺に視線を向けるも、面倒事に関わりたくないと視線を外した俺を見て、双健は観念したのか「すいません」と謝ってから、大人しく着席した。


「成程ね。でも、ここで言う事ではないでしょ、双健君。未央さん。席は五月さんの隣が空いているから、そこが貴方の席ね。はい、未央さんの着席次第、授業始めるわよ」


俺と双健の遅刻の事情を知る水空先生からの妥当なお言葉で、双健による未央への一悶着は収束し、未央の隣の席に座った五月の「気にしないで」と励ます声が聞こえる中、慌ただしい転校生の自己紹介から一限目の授業へと入っていった。



一限目終了のチャイムを迎えて休み時間に入った教室で、俺と双健は数分の息抜きに入ろうかという所で、未央を連れた五月が俺達の元へとやって来た。


「双健!転校生の未央さんを怖がらせた事、本人の前で改めて謝りなさい!」

「アレで謝ったんじゃないのかよ!メイ!」


未央の自己紹介で騒いだ事への謝罪が納得いかないらしい五月と謝ったと言い張る双健との言い争いに、たまらず俺も割って入ろうかと同時に、五月の後ろに居た未央が、まるで待っていたかのように、言い争い中の二人を遮るほどの深々と頭を下げて謝罪した。


「あの……ごめんなさい!私の所為で、二人を遅刻させてしまって……」


俺どころか言い争っていた二人も呆気に取られた未央の謝罪には、自分の不注意から招いた事への自覚はあったのだろう。気絶していた俺の無事よりも遅刻の危機を取って立ち去った事に「怒ってない?」と言ったら嘘ではないが、逆に助けが間に合わずに最悪の事態が起ころうものなら、それはそれでこっちが罪悪感に駆られるし、双健の分も兼ねて許す事にした。


「別にいいよ。見ての通り俺は無事だし、転校生なら、入学式早々に遅刻もまた洒落にならないからな。な、双健」

「お、おう……怖がらせてスマンな……スイマセンでした!」


五月の視線に察した双健も改めて未央に謝り、これで一連の問題は解決した所で、そういえばまだ俺からの自己紹介がまだと気付いて、未央に自己紹介をする事にした。


「土居 未央さんだっけ?改めて宜しくな。俺はエド……」

「エド……!?やっぱり。久しぶり!私よ、私。覚えてない?」

「……はい?」


「エド」の経緯を未央に説明しようとした俺に、今し方双健に名指しされて怯えていたとは思えない未央の「エド」に考え込んだ間の後の急な明るい声に、俺は再び呆気に取られてしまった。というか、未央は今何て言った?「久しぶり」?「覚えてない」?こっちは今日初めて対面したのに、「久しぶり」と言われる程、過去に未央と知り合った覚えなんてない。


「ど、どうしたの?未央さん?」

「ひょっとして……エドの事知ってるのか!?」

「え?う、うん。本当に覚えてないの?エド」

「う~ん……」


突然人が変わったかのように俺に詰め寄る未央に驚く五月と双健を他所に、俺は過去に未央と出会った事があったのか、ない記憶を捻り出そうとしたその時だった。突如襲い掛かる頭痛と共に視界が真っ白になったと思いきや、ある情景が俺の視界に飛び込んできたのだ。風が吹く緑の丘の上で、少女と話し合う少年の姿を……


「痛ッ!……」

「エド!大丈夫か?」

「大丈夫だ、双健。しかし何だ?頭痛なんて今まで……それに……」


双健の呼びかけに気付いて現へと戻って来たが、三年前の記憶喪失以降、一瞬だったとはいえ今まで経験した事がない頭痛と、その後の今朝夢で見たのと似たような情景に戸惑う俺に、五月がある提案をした。


「エド。今日の事、未央さんと一緒に衛土えいどさんの所に行った方がいいじゃない?」

「そうだな。俺を知っている以上、俺の記憶回復への手掛かりになるかもしれないしな」

「……衛土さん?」

「ああ、未央さんは知らないわよね。警察官の小見衛土おみえいどさん。駅前の交番で勤務していて、三年前の火災で身寄りない記憶喪失のエドを引き取っているのよ」


五月による今日の学校が終わった後の方針に俺が同意する傍ら、衛土を知らない未央に衛土に関する説明をする中、気のせいか未央の顔がどことなく暗かったように見えた。


「未央さん?」

「三年前……ううん。なんでもない。エドと一緒なんて私嬉しい」


何か小声で呟いては、俺の呼びかけで急にはぐらかすように俺と一緒になれる事に喜んでいる未央だが、向かう所は交番なんだけどなぁ……別に悪い事はしていないけど。

ともあれ、遅刻への謝罪から身に覚えない再会で盛り上がった休み時間は、こうしてあっという間に過ぎていった。

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