omoide 記憶を無くした少年とすべてを知る少女

ヒロツダ カズマ

第1話 出会いは鳥のように

「ねぇ?」

「何だ?」


一迅の吹く風が心地よい緑の丘の上。


「鳥って、どうして空を飛んでいるの?」

「そりゃ……“翼”があるからだろ?」


見上げた先の青空の中に飛ぶ一羽の鳥を見た一人の少女からの問いに答える、草をベッドにして横に寝転がる俺の声。


「わたしも“翼”があれば、あの鳥のように飛べるのかな?」

「無理だろ。まず、どうやって“翼”を確保するんだ?」


しかし、俺は少女に覚えがない。

何で俺は見ず知らずの少女に対し、心ない回答をしているのだろう?

だが、考えれば考える程、何故か眠気が襲い掛かってくる中、少女が何かを言っている気がしたが、もう俺には返す思考がなかった。



「ん……朝か……」


次に俺が目を開けた光景は、青空ではなく見慣れた天井だった。

一日の始まりを告げる日の光が、窓から照らし出す部屋の布団から起き上がった俺は、寝ぼけ顔で先程までの夢の内容を思い出そうとするも、何かが引っ掛かる感覚から次第に苛々が積もっていった所で、ふと見た目覚まし時計の時間に中断せざるを得なかった。


「うわっ!もうこんな時間!?いつも目覚まし時計で起きてたのに、今日の入学式に限って寝坊かよ!」


ふと見た目覚まし時計の時間が、本来なら支度を終えて家を出る時間に、思い出そうとしていた夢の内容どころじゃない事態だと把握した俺は、慌てて布団から飛び起きては、急いでパジャマから学校の制服へと着替えていった。



俺の名前はエド。

本名は「エド イオ」らしいが、ここは「エド」で通させてもらう。

名前がカタカナの理由だが、俺に両親はいない。いや、正確にはが正しいのか、子供の頃の記憶がない。所謂「記憶喪失」である。

俺が最後に覚えている記憶は、三年前に人工呼吸器を付けられた病院の天井で、聞けば炎に包まれた家で血だらけで倒れている所を、偶然通りかかった小見衛土おみえいどと名乗る人によって助け出され、搬送された病院で数日の間死の淵を彷徨っていたらしい。

意識が回復してからは、病院の人に色々な事を言われても、名前は「エド」と答えた以外は頭が回らず「分からない」の連呼で記憶喪失と診断された上、助けてくれた衛土えいどが警察学校という学校に在校から、退院後は警察学校の卒業を待って警察官となった衛土が配属された駅前の交番近くのアパートの一室で、たまに帰って来る衛土と一緒に住んでいる。


それはさておき、今日はよりにもよって俺が通う事になる高校の入学式で寝坊とは。命の恩人の衛土の恩に少しでも応えようと、一生懸命受験勉強して高校に合格したのに、入学式早々遅刻は流石に洒落にならない。テーブルの上に置いてあった衛土が用意してくれただろうコンビニ弁当をぶん捕るようにカバンの中に突っ込み、時間がないとトーストも焼かずジャムも付けないただの食パンを口に咥えたよくあるベタさで玄関を飛び出す……前に、誰も居なくなるアパートへの施錠は忘れずにしてから、改めて学校に向けて走り出した。



登校中、満開の桜をゆっくり見る余裕もなく、走りながら口に咥えたただの食パンを口の中に押し込んで完食した所で、もう一人入学式早々遅刻の危機と戦う俺と同じ制服姿の男の声が聞こえたのはその時だった。


「よお、エド。寝坊か?お前らしくないな」

双健そうけん……お前に言われるとはな……」


双健と名乗る男――梶成双健かじなりそうけんは、記憶喪失以降の俺に出来た友人の一人であり、三年前の俺の病院退院後、衛土が警察学校生の寮住まいで引き取れなかった為、警察学校を卒業して警察官になるまでの間、衛土の親戚でもある梶成家を紹介され、記憶喪失な俺を双健は快く受け入れてくれた、お調子者だがどこか憎めない兄ポジションな存在である。


「三年間の青春溢れる高校生活が楽しみで、昨夜は寝られなかったとかか?」

「遠足前日の小学生じゃねーよ。ったく……ん?」


衛土が警察官になってアパートに移り住んでからも、梶成家との交流は続いている双健の軽口に付き合いながらも、近道である人気も車も少ない通りを走る俺の足をふと止めざる出来事が起こった。

高台に続く急な階段の中程で、一人の少女を見付けたからだ。

歳は俺や双健と同じか、着ている服装も見た感じどこかの学校の制服だろう長髪の少女に、同じく足を止めた双健も見惚れてしまう程だったが、俺は少なくとも双健とは違う別の違和感を覚えていた。


何だろう……?どこかで見たような……


だが、俺の思い出しは、突如吹いた風によって遮られた。

図ったかのように少女の制服のスカートが風で捲り上がっては、咄嗟に手で押さえるも、追い打ちをかけるかのように、長い髪が目の前の視界を遮られてバランスを崩した少女の体は、今にも階段から転げ落ちそうな体勢になっていたのだ。


「!?マズい!」


ただ事ではない事態を察した俺は、カバンを双健に投げるように預けて急ぎ少女の落下元へと走り出すも、悲鳴を上げる少女の落下スピードが速かったのか、落下元で受け止める体勢を作れないまま少女と激しくぶつかった感触の後、俺の意識は黒く塗り潰されていった。



一人の少女が泣いていた。

たまたま居合わせた一人の少年は見かねて「どうした?」と問い質すと、少女の指さす方向にある木の枝に、少女の物と思われる帽子が引っ掛かっていた。直前に風が吹いていた覚えから、恐らく被っていた帽子が風で飛んで行った先で引っかかったのだろう。

幸い少年は木登りには長けており、直ぐに木によじ登って少女の帽子を無事に回収……とは行かず、帽子を掴んだと同時に引っかかっていた木の枝が折れてしまい落下するも、下の草がクッションとなって大きな怪我はなく、少年の落下に驚いて再び泣きそうな顔の少女を宥めながら、改めて帽子を少女の元へと返すと、それまでの泣き顔から一転笑顔溢れる顔が印象深かった。


「ほらよ。次は気を付けな」

「ありがとう。えーっと……」

「名前か?俺は……」



「……ド!……エド!おい、大丈夫か?エド!」

「う……う~ん、双……健……?」


誰かが俺の名前を呼び掛ける煩い声で目を開けると、眼前に双健が居た。どうやら懐かしい気がする夢を見てしまう程長く気を失っていたようだが、少女とぶつかった影響だろう痛む頭を押さえながら起き上がると、双健は俺があんなぶつかり方してまた記憶喪失になったのかもしれないと、確認の意を込めて俺に問いかけた。


「良かった。オレを覚えてるか?今日は何の日か知ってるか?」

「流石に覚えてるよ。双健……アレ?少女は?」

「お前の羨ま怪しからんなおかげで無事だぜ。最初は一緒に居たんだが、「時間がない」と言って先に行っちゃった」


俺が周囲を見渡すと、少女の姿は確かに居なかった。不注意で他人を気絶させた以上、普通なら俺が目覚めるまで居るべきなはずを、「時間がない」からと立ち去ってしまう辺り、少々無責任さも感じるが……


「羨ま怪しからんって……ん?そういや、今何時だ?」

「え?……うわっ、もう入学式始まってる!」


最悪だ。まるで鳥のように落ちてきた少女とぶつかって気を失っている間に、学校は遅刻確定と、高校生活初日に降りかかった嫌な思い出に至らしめた少女を恨みつつ、少しでも遅刻の被害を抑えようと、再び双健と一緒に走り出す中、双健が怒っているだろう俺を和ませようと、俺にある事を伝えた。


「エド。風が吹いた際に見えたあの少女のパンツ、白だったぜ」


少女の弱みをドヤ顔で伝える双健に、一瞬赤面も「どうでもいいわ」と内心思う俺であった。

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