第41話 安倍 清明の過去が明らかになるまで③
「どう? 作る気になった?」
「なんだよそれ。お世辞だったのか?」
「ゼンゼンオセジジャナイヨ」
「お世辞だとしても、ありがとな。昔ラーメンを美味しいって言ってくれた人の存在が他にもいた事に気づけたよ」
あまりにも視野が狭くなりすぎていたのかもしれないな。
こういう見方ができるようになったのも少しづつ過去と向き合い、前に進めているからかもしれない。
「うちが今まで食べた中で1番美味しいって思ったのは本音だよ。馬鹿舌だからあんまあてにならないけどね」
「分かった。今日は俺も店に出るよ。俺が完璧なもんを作ってやる」
「うん。一緒にがんばろー」
夕方5:30になり、店の夜の部が始まる。
「別に無理しなくてもいいからな。
「大丈夫だよ。多分」
先程
「これ、持っていこうか?」
「いや、自分で持っていくよ。親父もいてくれてるしな」
「うん。分かった。それ3番のカウンターだから」
文殊にもっていって貰うのではなく、自分で持っていくことにした。
これは少しでも客……いや、お客さんのことを見たかったからだ。
「どうぞ。五芒星ラーメンです」
「あれ、清明くんじゃないか」
「ああ、お久しぶりです」
「また、働くことになったのか?」
「いえ、とりあえず今日は臨時という形で働いています」
「これ清明くんが作ったのか?」
「はい」
「清明くんのラーメンを食べるなんて何年ぶりだろなあ。ずっと楽しみにしてたんだぞ」
「はは。それはすみません」
「じゃあ、いただくな」
ズルズルズルズル。
「っっ」
グスッ。
ええ? 泣いてるのか。
ラーメンをすする音がしたその後、目をこすり涙をかき消している。
「美味い。懐かしい味だ。むちゃくちゃ美味いよ」
「そんな大袈裟ですよ」
「大袈裟じゃないよ。本当に美味いんだ」
こっちまで涙が出てきそうだ。
言葉が詰まる。
俺の全てが報われた。そんな気がしてただ嬉しかった。
俺のラーメンを作る理由となる人を直接
前にしてただただ嬉しくて上手く言葉にできない。
「まじでありがとうございます!」
「まだこんなに美味いの作れるんだったら、これからも働いたらいいじゃないか」
「……それは少し考えます。ですが、必ずまた作りますね」
「ああ。楽しみにしとくよ」
俺は今にもガッツポーズがしたくてたまらないほどるんるん気分で厨房に戻る。
そこには嬉しそうに俺の方を見つめる親父と文殊がいた。
「良かったね。キヨ」
「ああ、おかげさまでな」
「これからも手伝える時は手伝ってくれよ」
「分かった。できる限り手伝うよ」
親父の期待にも出来る限り応えたい。
それよりさっきから探し物をしている文殊が気になるのだが。
「あれ? ねえ、いつもここに置いてる糊知らない?」
「ああ、ごめんさっき家に持って行ったわ。直ぐに取りにいくよ」
「了解。ありがとう」
裏にある階段から自分の家である2階へと上る。
あれ? 誰かいるのか?
晴では無い影が見えた。
ッッ…… 。
その子を見ても、俺は一瞬気づかなかった。
だが、彼女の存在はすぐに俺の記憶を強烈に呼び起こした。
俺が絶対に忘れられない後悔の記憶が……。
『そろそろ6時だし、私もう帰るね』
『明日も来るのか?』
『明日は忙しいから来れないね。そうだ1週間後私の誕生日だからちゃんとプレゼント用意しといてね。まあー別に未来を見て私が喜ぶようなプレゼント探したっていいんだぞ』
『そんな事しないよ。普通は』
既に、プレゼントは用意している。
恐らく、
『じゃあ、期待しときますかねえ』
『じゃあな』
その瞬間。よく分からない景色が見えた。
赤色のトランプ。まるで血のような薄黒い色をしている。
そんなトランプの中へと俺の意識が吸い込まれる。
その後俺には視たことがない未来が視えた。
自転車を漕ぐ祝幸に正面から突っ込んでくる車の姿。
今でもほんの一瞬しか視ていないはずのこの景色は嫌という程脳にこびりついている。
『うわあ!?』
『どうしたのキヨ?』
初めてだった。意図せずに未来が視えたことが。
今まで一度も誰かのことをしっかりと見ずに、未来が視えたことなどなかった。
初めて視えるようになった席替えの時もそうだ。あれは視ようとしたから視えたのだ。
だから、あまりのことすぎて自分が視たものを気のせいだと思うように脳が錯覚したんだ。
いや、違う。今思うとただ、受け入れようとしていなかっただけなのだ。
『いや、なんというか……』
実際に言葉にすることが躊躇われる。
今視えたものを祝幸に伝えるわけには行かない。
ただ不安にしてしまうだけだ。
その時、俺はもう一度視ることにした。
もう一度視れば、先程の未来の正体がわかるはずだ。
……
どういうことだ。
一切視れない。今までこんなことはなかったはずだ。
『本当に大丈夫?』
『俺は大丈夫。それより祝幸が』
『私がどうしたの?』
『いや、何も無い。気をつけて帰ってくれ』
突如身についた能力に対して、それほど真摯に向き合えきれているわけがない。
ただこの時は何かのイレギュラーが起きただけ。
これは多分気の所為で見間違い。
そうやってまたいつも通りの日常が来る。
『そう。分かった』
『清明、またね!』
これが俺と祝幸の交わした最後の会話だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます