第42話 不穏な時間が流れるまで

「お邪魔してます」


 彼女はポツリと消えそうな声でそのまま晴の部屋へと向かった。

 本当にテンションの高さなどは姉と似ても似つかない。

 だが、泰音やすねちゃんには姉の面影がしっかりと残っている。


 泰音ちゃんに軽く会釈をした後、俺は糊を置いてるであろうリビングへと向かう。


「あれ、お兄ちゃんどしたの?」


 冷蔵庫から何かを探している様子の晴に見つかった。


「糊取りに来ただけ」


「ふーん。なんかお兄ちゃん真面目に働いてるんだね」


「真面目にってなんだよ」


「お兄ちゃんが普通に働くなんて思えなかったから」


「そうか……。それより泰音ちゃん。元気にしてるみたいだな」


 俺が最後に泰音ちゃんを見た時は祝幸たゆきの葬式の日であった。

 その時に泣きじゃくる泰音ちゃんの姿が今でも鮮明に思い出される。


「まあ、今はもう全然元気だよ。それよりお兄ちゃんこそ人のこと言えないけどね」


「え?」


「私からしたら泰音のことよりもお兄ちゃんの方が大変だったように見えるけど」


「そんなにか」


「うん。別に今元気ならなんでもいいんだけどね」


 俺が思っていた以上に晴にも迷惑をかけていたことをより再認識する。

 さっきの晴の俺に対する言葉も昔の俺を近くで見てくれていたからだろう。


「ごめんな。色々迷惑かけて」


「今までのことは仕方ないよ。でも、その分これからお兄ちゃんしてね」


「ああ」


 素晴らしい妹を持ったものだ。

 俺はやはり皆に支えられて生きているんだ。

 だから今度は俺が皆に恩を返す番だと思いながら、厨房へと戻った。


 階段を降りている時に、妙に文殊の騒がしい声が聞こえた。

 もしかして、花山さんがもう既に来ているのだろうか。


「あー。キヨやっと来た」


「ごめん。はいこれ」


「ありがと。ねえ見て。華泉けいちゃん来てくれたよ」


「そんな見てって言うほどじゃないけど。キヨくんこんばんは」


「こんばんは」


「これで卜占部がだいたい揃ったね」


「あれ、梨花まだいたのか?」


「はあ? 失礼すぎー! ちょっと休憩で外出てただけだし。華泉に会うまで帰れないっつうの」


「それはごめん」


「でも、翔満とうまくんがいなかったら少し寂しいね」


「そういや、芦屋くん。今日の朝私に 明日のオーディション頑張ってください。応援してます。ってメッセージ送ってくれたんだよ」


「芦屋が? 意外だな」


 あいつが花山さんにそんなメッセージをするなんてな。

 あいつもあいつで結構女子と話せるようになってるんじゃないか。

 あいつの昔をあまり知らないが。


「そうだよ。私もびっくりしちゃったんだけど、すっごく嬉しかった」


「私たちも応援してるから」


「うちも」


「それじゃあ、うちが今からラーメン作るね」


「うん。楽しみにしてる」




「見て、2人とも。むっちゃ出来よくない? キャリアハイだよキャリアハイ」


「今日しか作ってないだろ……」


 完成したラーメンを俺と文殊に対して嬉しそうに見せつけてくる。


「すっごくいいと思うよ」


「まあ、見た目は今までで1番綺麗だな。多分、梨花の作ったやつだから味も間違いないだろ」


「やっぱり、作る相手をイメージできる方が良いの作れるのかなあ。じゃあ、これ持っていくね」


「ああ」




「できたよー。華泉」


「うわあ。すっごく美味しそうだよ」


「食べて食べてー」


「いただきます」


 ズルズルズルズル。


「うん。すっごくおいひいよ」


 ラーメンが熱くて舌が上手く回っていないのが可愛いな。

 火傷していなければいいが。

 明日に支障をきたされては困る。


「大丈夫ー?」


「うん、大丈夫。本当に美味しいよこれ」


「やったー」


 少し離れて見ている俺と文殊に向かって梨花がビッグピースをしてくる。

 本当に嬉しそうだな。


「なんか賑やかになっていいね」


「そうだな」


「これからがすっごく楽しみだよ」


「文殊ごめんな。今まで迷惑かけて」


「もー。そんな言葉もう聞き飽きたって」


「いや、だからこれからはもっと俺に迷惑かけてくれ」


「何、ドMなの?」


「ちげえよ。そんなんじゃなくてえっとあれだ……」


「わかってるよ」


「ありがと」


 俺は上手く話せなかったけど、文殊が返してくれたその言葉には俺の言いたいことを全て汲み取ってくれたように思えた。



「ご馳走様でした」


「いやー華泉は美味しそうに食べるねー。食レポ向いてるんじゃない?」


「えへへ。ありがとう」


「じゃあ、私そろそろ行くね」


 そう言って花山さんは梨花と一緒に俺たちの方へちょこちょこと来た。


「明日頑張ってね。華泉ちゃんのことむーちゃ応援してるから」


「うちもだよ!」


「俺ももちろん応援してるよ」


 本当にあっという間の2週間だった。

 もし、彼女とあの日出会わなければ俺がこうしてラーメンを作ったり、前向きになれたりしていなかったと思うと占いをしていて良かったと思う。


「ありがとう。じゃあまたね」


 その言葉を聞いた途端、俺がもう2度と視るはずのない景色が俺の目前に広がっていった。





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