第40話 安倍 清明の過去が明らかになるまで②

 煮込み始めてから3時間ほどたち、スープが完成した。

 久しぶりにやってみてかなり上手くいって良かった。

 ちなみに、1時間ほど前には既にチャーシューは取り出して、味見をしている。

 もちろん最高の仕上がりだった。

 さあ、そこで気になるスープのお味の方はどうだろうか。


「これちょっと飲んでみてくれ」


「うん」


……


「美味。むっちゃいいんじゃない?」


「本当か?」


……


「確かに超うまいな」


 初めてとは思えないくらい完成度が高く、梨花の料理の腕はかなりのものだ。


「私もいい?」


「ああ、いいぞ」


「うーんいつもの味だ。いいね」


「まだ時間あるし、実際にラーメン作って食うか?」


「いいの? 緊張するけど任せて」


 梨花は俺の言う通りにテキパキとラーメンを作っていく。


「本当に上手いな。湯切りも完璧に出来てるぞ」


「えへー。もっと褒めていいよー」


 その後もスープをいい感じの量を取り出す。


「次に味付けだな。ごま油をかけたら次は、作業台の上にあるやつから取ってトッピングしてくれ」


「おっけー」


 ひとつひとつ丁寧に工程をこなし、ついに完成させた。


「よーしできたよー」


「まじで初心者とは思えんくらいすげえな」


「私には一生できない芸当だよ……」


「でも、結局味が美味しくなかったら意味ないしー。早く食べよー」


 取り皿に分けて、梨花が作ったラーメンをいざ実食。


「おい、むちゃくちゃうめえぞこれ」


「うん。すっごく美味しいよ」


「まじでー。2人のおかげだよ」


「作ってみた感想はどうだ?」


「楽しいけど、今日1日頑張らないとって思ったら結構大変かも」


「まあ、すぐ慣れるよ」


「そろそろ開店時間だし、最終準備しよっか」


「そうだな」


 最後に作業台にトッピングや具材などの漏れがないか確認し、部屋の空調を操作する。

 俺にとっても勝負の一日が始まる。



 やっと昼の時間が終わった。

 まあ、梨花が料理を完璧にこなすので俺はほとんど裏方の食器洗い程度しかしていないが。

 今は梨花が親父や母さんから昼が終わったあとの作業を教えて貰っているらしい。

 一応今日のことを芦屋に教えてやろう。

 あいつも梨花のラーメンをずっと食べたそうにしていたし。今日は用事で来れないらしいが。


「あ、キヨアキくん。おとーさんがもう一度作ってみないかって言ってるんだけどどう?」


 おとーさんって呼ぶなよ俺の親父のこと……。


「いや、今日はやめとくって言っといてくれ」


 いちいち梨花を挟まずに、直接言えばいいものを。

 自分が言っても断れるとでも思っているのだろうか。

 今はまだ……と言うよりかは自分でもどうすればいいかわかっていない。

 前作って分かったが、今はもう作れないこともないが、少しでも嫌なことからは目を背けたがってしまうものだ。


「うち結構お腹すいてきたし、キヨアキくんのラーメン食べたいんだけど」


「それと夜の分働くのとは訳が違うだろ」


「今日だけだって。うちからもお願い」


 両手を前に出されて頼まれてしまってはこちらとしても断りづらい。


「はあ。分かった。作るからそこで待っといてくれ」


「やったー」


 前回作っているので、特に不安要素も無く、サクサクとラーメン作りが進む。

 自分が思っている以上に抵抗ができているようで、今は特に余計なことを考えずラーメン作りに専念出来ている。

 確かに、前親父や芦屋が言っていた誰かのために作るというのはこういうことなのかもしれない。

 間違いなく、自分の中でも変化を感じる。

 よし、完成した。


「はい、できたぞ」


「やったー。じゃあ、いただきまーす」


 無言で食べ始める梨花。

 梨花にラーメンを作るのが初めてではないにしても、やはり緊張する。


「うっま。これあれだよね。隠し味入ってるよね」


 少し白みがかっているだけで見た目ではほぼ変化がない。

 味も言われたらわかるくらいだと思うのだが、えらく鋭いな。

 前に俺と親父のラーメンの違いが「全くわかんねえ」と言っていた梨花とは思えない。


「わかるのか」


「うーん。自分で作ってみたら、流石に違いがわかってさ。なんというか隠し味とかだけじゃなくて、普通に技量の差とか感じるなって」


「悔しいけど、それは変わんねえと思うぞ」


「うーうん。そんなことないよ。だってうちにはわかるもん。キヨアキくんの作るラーメンがいちばん美味しいって」


 その言葉には聞き馴染みがあった。

 昔、ただその言葉だけがラーメンを作る原動力になっていた。

 そんな時をふと思い出す。




『清明の作るラーメンって美味しいよねえ』


『え、あーありがと。ってか違いわかるの?』


『まあ、私レベルになるとね』


『来週も来るから私のために作ってね。じゃあまた』


『ばいばい』




祝幸たゆきちゃん。いつものだって』


『分かった』


『さっきちょっと味変わったって聞かれたんだけどさ、何かしてる?』


『なんか色も違う気がするんだけど』


『いや、気のせいだ……』


『本当? それなら良かったって……。そのマヨネーズ何? いつも置いてなくない?』


『いや、これは違う』


『そういや色も白ぽかった気が……。もしかしてそれ入れてるの!?』


『そ、そんなことない』


『絶対そうだ。信じられないんだけど……。保名やすなさんにバレたら絶対怒られるよ』


『ちょっとそれだけは頼む。黙っといてくれないか?』


『ってホントにしてたの? カマかけただけなのに』


『いや、それはその……』


『どうしてこんなことしてるの?』


『祝幸がマヨネーズ好きだから……っていう』


『はあ? ほんっとに呆れた。それなら祝幸ちゃんにだけすればいいじゃない。せっかく最近頑張ってるなって思ったらそんなことしてたの?』


『仕方ないだろ。色んな人に食べてもらわなきゃ本当に美味いかどうか分からないし』


『今から祝幸ちゃんの分もそうするの?』


『おう。後で文殊にも作るから。1回食べてみてくれないか?』


『もう、わかったよ』




『よし、出来た』


『これ、祝幸のところにもって行ってくれないか?』


『自分で持っていったら』


『分かったよ』




『おっと。相変わらず美味しそうでいいねー』


『いつも来てくれてるけど、学校忙しくないの?』


『高校生の土曜日は暇なのであーる』


『ということでいただきまーす』


 ズルズルズルズル。


『なあ、今日のラーメンは清明くんが作ったのか?』


『え?あ、はいそうです』


『すごく美味いな。もしかしたら、もう保名さん超えたんじゃないか』


『本当ですか!? ありがとうございます』


『おじさん見る目あるねえ。私もそう思う』


『やっぱり、清明が作るラーメンがいちばん美味しいよ』

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