第16話 俺が過去と向き合うまで②

「俺にも好きな人がいました。好きというよりも憧れや尊敬の感情で形容した方がわかりやすいかもしれません。ただ、その人に近づきたくてその人のために色々努力する。そんな感じでした」


「安倍にとってそれほど大切な人だったんだな」


「はい。俺の家はラーメン屋で時々手伝うくらいしかしなかったのですが、その人が俺のラーメンを食べたいと言ってくれてそれから俺は毎日店に出てラーメンを作るようになりました。好きな人のために味付けを変えたりしてたのは今考えたらやばいって思いますが、それでもその味が良いって言ってくれる人もいて自分のラーメンを作る意味があったんだなあって思えました」


「でも、当時は俺のラーメンを作る意味は全部その人のためだったんで、その人が死んでから俺は作れなくなりました」


「作る意味が無くなったからか?」


「それもありますが、ただ思い出してしまうんです。その人を救えなかった自分の無力さや後悔を」


「……そうか」


「俺が占いをするようになったのもその人が教えてくれたんです。私は占いが得意だからとか言って俺に教えてくれて」


 目から自然と涙が零れ落ちる。


「別に無理しなくていいんだぞ」


「いや、大丈夫です」


「俺はこの過去と向き合っていきたいんです。あの時に比べたら自分でもびっくりなくらい今は楽しくて元気になってると思うんです。だから先生も辛いかもしれませんが、一緒に頑張っていきましょう」


「まさか生徒に励まされるとはな」


 一条先生はふふっと笑い、優しい笑顔を見せる。


「君は凄いな。今でも辛いだろうに過去と向き合いながら前を向けるなんて。君の話と私の話を同じにしてしまうとなんだか私がこんなことで悩むなんて惨めに思えてしまうがな」


「そんなことはないですよ。先生にとって大切な人を失ったことは変わらないでしょう」


「君は優しいんだな。それにそんなことがあってひとりで前を向く努力ができるなんて私は弱いから到底無理だろうな」


「ひとりじゃないですよ。俺には文殊みことがいてくれたから今があるし、それに花山はなやまさんに会えたことでこれからを考えられるようになりました」


「なにか花山と仲良くなるきっかけでもあったのか?」


「少し前に一度会ったことがあって。その時に占いをしたんです。占うことになったきっかけは文殊が作ってくれたんですけど、その時から向き合っていこうと思いまして」


 向き合うのは自分自身だけじゃなくて未来を視ることもだ。

 未来を視れるがために悲しみを背負うくらいなら必要ないと切り捨てていた自分のよく分からないこの力。

 だが、今はその力を誰かの成功や努力のために使えば良いと思えるようになってきた。

 そう考えることで俺自身の過去の贖罪にもこれからの成長にもなりうる気がしたからだ。


「占いというのはあまり好きでは無いが、君のその言葉に救われる誰かがいることもまた事実だろう。君の占いというのが君と話すことならばそれは誰かを傷つけるのではなく、救うものになる」


「それが俺の占いのひとつですよ。話すことで相手のことを紐解いていく。ただ星座や誕生日などの決められたものを見たりするだけでは本質的なものを掴めない。でも、全てが分かってしまうというのは怖い。だから俺は自分の占いをしたいんです」


 未来を視て全てを知るということは必ずしも良いことにはならない。

 だから俺はできる限り未来を視ずに、俺は占いをしたい。

 占いをすることでも少なからず過去と向き合うことにはなるから。


「わかった。君の部活の顧問になろう。でも、約束だ。君が苦しい時は周りの人を頼ることだ。誰かを救うために君1人でする必要はないんだ。それだけは必ずな……」


 先生はそう言って目線を落とし、何かを訴えているようだった。

 先生の過去に何かあったのだろうか。

 俺は相手の未来は分かっても、過去なんてものは分からない。

 だから、直接言葉で聞くしかない。


「顧問をしていただき本当にありがとうございます。それでひとつ聞きたいんですけど」


「どうした」


「さっきの誰かを頼れって言ったのは昔に何かあったからそう言ったんですか?」


「……いや、ただ1人だけの力では限界があるという意味だ。1人だけでは本当に救いたい人を救えなくなってしまうかもしれないからな」


 何か肝心なとこは誤魔化された気がするが、俺の気にしすぎかも知れないし、深入りして欲しくない話だったのかもしれない。

 とりあえず、一条先生に顧問をして貰えることが決まったことに一安心だ。


「とりあえず私が部活の申請手続きなどはやっておく。君が部長でいいな」


「はい。ありがとうございます」


「あー、あともうひとつ。妹さんにケーキ買おうとしているなら、別のものの方がいいですよ」


「!?」


 先生の顔が幽霊でも見たかのように目が点になっていた。


「どうして分かったんだ?」


 俺はドヤ顔でこう言った。


「これが占い……ですかね」


「私はまた占いが嫌いになりそうだよ」




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