第7話 俺が彼女とまた会う日まで

 ついに、4月8日になってしまった。

 この日は高校の入学式。

 今でもかの有名人に会ったあの日は夢だったのかと錯覚してしまうほどである。


 これからは高校生だという夢や期待を膨らませつつ、家をでる。

 しかし、新鮮味溢れる高校生とは違い、ドアの先にはあまりにも見覚えがありすぎる顔があった。


「行こう!!」


 自宅の1階(ラーメン屋)の裏口から出ると、その前には幼馴染である桜井さくらい 文殊みことが自転車に跨り、俺の方に親指をグッと立てていた。

 幼稚園の頃からの知り合いであり、まさにいい意味で腐れ縁と言うやつなのだろう。


「なんで俺が出る時間わかるんだよ」


「なんとなくだよ」


「うい」


 適当すぎる会話を交わし、俺も自転車を飛ばし、共に同じ高校に向かう。


「友達できるか不安だなあ」


「お前だったらできるだろ。それなら俺の方が不安だっつーの」


「えぇー?そう?なんだかんだ友達多いじゃん」


「いや、俺の横か後ろが女子だったらきついだろ」


「あぁーなるほど。キヨっていつも1番前だもんね」


 そう、俺の名前は安倍あべ 清明きよあき

 生まれてこの方出席番号1番としかなったことがない男だ。

 あから始まる苗字を持つ者はかなり共感できるだろう。


 おそらく、知らない環境ではまず周りから仲良くなるケースが多いはずだ。

 そこで失敗すれば俺は輪に入れず取り残されてしまう。

 それは何とか避けたいものだ。


「多分、自己紹介とかあるだろ。文殊は何を言うかとか決めてたりするか?」


「私は服とか音楽の話が好きだからそういう系の話かな。でも、やっぱり周りが好きな物に合わせちゃうかな」


「自己紹介なんだから合わせなくていいだろ」


「合わせることで話が広がったりすることだってあるの!さっき自己紹介で〇〇が好きって言ってたよね!?みたいな」


「なるほどな。てっきり好きな有名人に会った事ありますって言うのかと思ってた」


「さすがに言わないよ。あのことは今でも夢だったんじゃないかって思うくらい幸せな時間だったんだから。言っても信じてくれないでしょ。あ〜もう1回 華泉けいちゃんに会いたいな」


 確かに俺も妹のはるに色々話したが、一切信じて貰えず、ヤバいやつ扱いされていた。


「晴には信じて貰えなかったしな」


「それは多分キヨの信頼のなさもあると思うけど」


「やかましいわ」


「ってかあんまり晴ちゃんに会ってないから久しぶりに会いたいなー」


「あっこで働いてんだったら結構会うだろ」


「晴ちゃんは知らぬ間に帰ってること多くて〜。気づかないの」


「そうかよ」


 そうこうしているうちに学校に着く。

 中学校より大きな校門に感動しつつ、そこをくぐった先にある指定の場所に自転車を停める。

 そういや、学校に自転車で登校するというのも一種の夢であったかもしれない。


「あそこにクラス分けの紙が張り出されてるんだって。早く見に行こうよ」


 文殊に急かされて俺も小走りで紙を見に行く。

 まあ、知らない人ばかりの高校であるため、クラスを確認する作業にしかすぎないのだが。

 文殊とともに1組から見ると、いきなり俺にとってショックな気持ちで苛まれる。


「なん……だと……」


「どうしたの?」


「俺が出席番号1番じゃないんだ」


「あっホントだ。ねえ待って私キヨと一緒のクラスだよ。よかったあ」


 俺の随一のアイデンティティ。

 いつも当たり前にそこにあった出席番号1番の座。

 そこから俺は蹴り落とされてしまったのだ。

 なんということだ。

 芦屋あしや 翔満とうま

 俺はこの男の名を忘れはしないぞ。


「いつまで見てるの。もう行くよ」


「俺もすぐ行く」


 文殊は既に下駄箱の方へと向かっていた。

 俺ら以外に知り合いがいないであろうこの高校で他の人の名簿も普通はみないだろうしな。

 既に用意されている下駄箱に靴を入れ、スリッパにはきかえる。

 この学校に来るのは初めてではなく、一度春休みの時にオリエンテーションとして入学者は呼ばれている。

 その時に宿題など教科書などを色々購入しているのだ。

 1年生の教室がある5階まで上り、俺たちの教室がある1組に近づく度に妙にさわがしくなっていく。


「何かあったのかな?」


 文殊が不安そうに尋ねてきた。

 まあ、不良とかがいたら心配だよな。

 ここは文殊を元気付けるためにも軽い冗談を飛ばすことにする。


「有名人でもいるんじゃないか?花山 華泉とかいたりして」


「そんなわけないじゃん」


 文殊は少し笑顔になる。

 良かった。緊張を飛ばせたようだ。

 そうして、俺らの教室に入るとまさかの光景を目にする。


「いるじゃん、花山 華泉」


 思わず俺の口からポロッと声が出る。

 本当にポロッと落ちたように出てしまった。

 文殊は口を開けてただぽかーんとしている。


「キヨは知ってたの?」


「いや、まじで知らない」


 大人数に席の周りを囲まれてる花山さんが俺たちに気づいたようだった。


「久しぶり。キヨくんと文殊ちゃんも。まさかこんなに早く会えるとは思ってなかったけど」


 その瞬間、取り巻きが一気に俺たちの方を向く。

 やめて、怖いよ。

 取り囲んでいたのは同じ中学校同士の人たちだろうか。

 既にかなりの団結力ができていらっしゃるようで。


 俺はただ花山さんに手を軽く上げ、会釈だけして自分の席に向かう。

 一方、文殊はあの輪の中に入って話をしていた。

 あいつの底知れないコミュ力は本当になんなんだ。

 黒板に映し出された座席表を見るに 、俺の周りは女子ばっか。

 これは出席番号1番くんに頼るしかないようが、まさかの寝てる。

 この状況で顔を伏せて寝ている。

 俺の高校生活は本当にどうなってしまうんだろうか。

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