第10話 辛い時は辛いって叫ぼう
「晴音。入ってもいいか?」
俺は無理やり入ったりせず、ただ部屋の前で晴音がドアを開けてくれるのを待つ。
「……」
「開けたくないなら開けなくてもいいから、話だけは聞いてくれ」
そうすると、晴音は部屋の鍵を開けて中に招いてくれた。
部屋に入れないのなら別にそれでよかったのだが、入れてくれた方が澪さんのお願いを叶えやすいので良かっただろう。
ただ、話があると言っても、これといって話さないといけないことがある訳では無い。
せいぜい「学校には無理に行かなくてもいい」という事を伝えるだけだ。
今の晴音に何を言っても響かないことくらい理解している。
だからこそ澪さんは『そばにいてあげて欲しい』と言ってきたのだろう。
だからまずは、晴音に必要なことを伝える。
「晴音。俺が言いたいことは、無理に学校に行く必要はないってことだ」
「………いいの?」
「もちろん。俺だってちょっと前まではサボることもあったし、なんなら、父さんが休みの時なんて父さん公認で一緒に遊びに行ったりしたしな」
「そうなの?」
「ああ。…ただ、一つだけやっちゃいけないことがある。それはね、辛い時に『辛い!もう嫌だ!』って伝えないことだよ」
「……」
「俺は、晴音が昔どんな子だったとか、どれだけ辛い思いをしたかとか分からないけど、でも、今はそれを吐き出していいんだよ。俺でも澪さんでも父さんでも、ちゃんと聞くし受け止めるから」
「…うん」
泣きそうになりながら、ただ一言返事をして晴音は布団に潜り込んだ。
俺はその姿を眺めて、ベットに寄りかかった。
何かをしたり、これ以上話したりしない。
ただ、澪さんに言われたように晴音のそばにいる。
そうすると、突然頭の上に手が乗せられた。
「どうかした?」
「………お兄ちゃん。手出して」
…?何をするつもりなのかは分からないが、今はただ晴音の言うことを聞くことにする。
言われたまま手を出すと、その手はベットの中にさらわれて行った。
まあ、手を握られている状況だ。
「……落ち着く」
「……そうか。なら気が済むまで繋いでおこう」
俺が思ったのは、晴音の手はとても小さいということだ。
「……こんなに小さい手で、親の離婚とか、欲しいものをねだれないとか、色々抱えてきたんだもんな」
晴音は平均よりもかなり小さい。
もちろん体が大きい小さいは関係ないが、それでも、まだ高校生なのだ。
重い事情を抱えるには小さすぎるだろう。
ふと晴音の方に意識を向けると、すぅ、すぅと規則正しい呼吸の音が聞こえてくる。
この間から寝不足だったのだろう。
「………俺は、ちゃんと君の『お兄ちゃん』になれてるのかな」
彼女には聞こえていないからこそ出た、自分の本音。
「…ちゃんと、守ってあげないとな」
これは、『家族』として、そして1人の『人間』として、新たにできた俺の目標。
それに
「今度こそは、みんなが本当に幸せになれるように」
過去の自分との、本当のお別れを迎えるために。
「晴音は、これからどんなことがしてみたい?」
聞こえていないはずの女の子に、ひとつの質問をする。
「……幸せになってほしいな」
そして、願いを伝える。
…………この願いを叶えるためにも
「俺が頑張んないとな」
そんな決意を改めてする。
「……俺も眠くなってきた」
だから、今は全てを忘れてただ眠りという渦に落ちよう。
「…お休み、晴音」
今日から、いつまで休みになるか分からない。
ただ、この休みで何ができるのか何をするべきなのか、改めて考えることとしよう。
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