第四章 配役交代
第66話
最初は勝とうと思っていた。けれど……。
時々酷く冷たい視線になる。冷めた性格なのかと思えば、底知れぬ何か深い情念すら感じる。
君という人がわからなくなり、俺は君に勝とうと、憎しみを向けようとすればするほど自分の気持がわからなくなる。
君がそうして冷めた瞳の奥に熱い何かを秘めて俺を見るから。
俺はその答えを知りたくなって、君に深追いしそうになる。
心の奥底でそれ以上嵌まってはいけないと思いながらも、その視線を外す事ができない。
その驚くべき事件が起きたのは公演の一週間前だった。
その日は隆二もやっと休暇が取れて、二人で稽古場に向かう予定で朝の準備をしていた。
けたたましく電話の音が早朝から鳴り響き、僕は連日の稽古疲れがあったものの目が覚めてしまった。
隆二が起き上がって行こうとするのを僕はとどめてリビングにでた。
「はい……」
なんとか這い起きて少しだけ痛む体を抑えながら電話口に出ると、普通の事態ではないと容易に想像できる緊張感のある声が耳に響いた。
『ま、守くん、大変だ!』
声の主は劇団イルカの団長香川さんだ。
「団長? ど、どうしたの!」
『沙羅さんがね、突然倒れて……』
「えっ!」
僕らはその情報を聞き、慌てて練習場所に向かった。
僕らが向かうともうキャスト全員が集まっていてざわついている。
「あ、守くん、大変よ」
イルカ仲間の1人由川利乃さんが、焦った様子で話してくれた。
「うん、さっき電話もらったから知ってる、沙羅さん大丈夫なの?」
「まだ詳しくはわからないのよ」
そう言うと来風さんがきた。
「沙羅さんがなんでも手術しなきゃならないらしくて。命に関わるものではないらしいのだけど10日は入院が必要らしい。しかし、もう公演まで間に合わない」
その場にいる人がみなが息を呑んだ。
そうか……。
「よかった……沙羅さん大変な病気じゃなくてよかった」
思わず僕は安堵の声を上げてしまった。
僕の声に隆二がやさしく見下ろしてくれた。
「馬鹿、安心してる場合じゃないだろ?」
僕ののん気な言い方に来風さんはイライラしたのだろうか、僕を強く睨んだ。
「ごめんなさいっ」
体調は治るとのことで安心したものの、僕は心から残念に思った。
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