遺書

最終話 決別と未来

　讃美歌を歌い始めるとそれに抗（あらが）うように一たびは嵐のように雨が降った。が、それもすぐに弱まっていく。雲の切れ間から日差しが差しこみ「天使のはしご」を形作る。その日差しのひとつが目の前の庭と俺たちを照らす。

「きれい……」

　感激したサナエが俺の腕を取り一言呟く。

「ああ」

　俺も一言呟く。

　日差しに照らされすっかり雲も消え、晴れた庭に俺たちは足を踏み入れた。涼やかで清々しいそよ風が俺たちの頬を撫でる。まださらさらとした雨が薄っすら降っている。

　親戚たちは口々に言う。

「おや、『狐の嫁入り』ですね」

「これは吉兆ですかな？」

　俺もこの天気雨が何か穢（けが）れたものを洗い流してくれているような気がしていた。

　俺は思わず牧師の方を見ると、牧師は穏やかな笑顔で俺を見返した。まるで何もかも見通しているかのような微笑だった。

　俺は空を見上げた。

　そうだ、未来は俺たち生きている者たちのためにある。死者の国へ行ったお前がいかに俺たちを呪おうとも、もはや過去にしか存在しないお前は俺たちの今にも未来にも干渉することはできない。

　お前はせいぜい地獄で地団駄を踏みながら俺たちを眺めていろ。俺は絶対に幸せになってやる。サナエも絶対に幸せにしてやる。

　そうして俺はポケットにしまっていたアイツの遺影を取り出す。それを俺は細かく引き裂いて空に向かって投げる。清らかな一陣の風がそれらを天高く巻き上げ、紙切れたちは一つ残らずたちまち見えなくなった。

「なあに、今の？」

「古き良き思い出と、か黒き情念との決別、ってとこかな」

「なあに？ かっこつけちゃって」

「はははっ」

　俺は笑ってサナエを抱き締めた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―― 了 ――