第10話 タカキ

「僕の計略は上手くいってサナエは無事僕のモノとなった。僕は心の中で快哉かいさいをあげた。留飲りゅういんを下げた。ざまあ見ろと思った。それに僕はサナエのことなんてこれっぽちも愛してはいなかった。マサヤに思いを寄せる女なんてマサヤと同じくらい僕の憎悪の対象なだけだった。結婚生活が軌道に乗ったら君をくびり殺そうとさえ思っていたんだよ、サナエ。どうだ、知らなかっただろう」


 俺は胃の腑が重くなるような憂うつ感を抱え燃え行く封筒を見つめた。震える手で封筒に書かれた俺たちの名前が空恐ろしさを増している。


「しかし上手く行かないものだ。僕はこの若さでがんにかかりあっという間にこの世から消えようとしている。僕が病気にならなかったら、あと30年でも40年でも君たちを苦しめ続けることができたのに。本当に残念だったよ。ああ悔しい。悔しさのあまりそれだけで死んでしまいそうだ。この手紙を最後まで読んでくれてありがとう。これが僕の本当の姿だったのさ。やっと気づいただろう。お人好しで呑気なお二人さん。地獄で君たちを待っている。地獄では僕の方が先輩だ。たっぷりしごいてやるから精々覚悟しておくんだね。


タカキ」


 本当は俺たちにいびつで病的で激しい憎悪を抱いていたタカキ。


 タカキの憎悪が込められた遺書を焼きながらあいつやサナエとの思い出を思い返す。カラオケでの思い出、体育祭の思い出、七里ガ浜の思い出…… どれもこれもがかけがえのない思い出だと思っていた。俺がいて、サナエがいて、そしてタカキがいて。


 だが、タカキが俺たちにこれほどまでの怨念を抱いていたとは。俺が絶望感に浸るうちタカキの遺書と封筒はあっという間に燃え尽きてしまった。これでもうサナエがこの遺書を読むことはできない。俺は大きなため息ひとつつくと立ち上がった。このことはもう俺一人が抱えておけばいい。サナエに背負わせるわけにはいかない。


 タカキよ。お前が最後の最後で俺だけじゃなくサナエをも傷つけようとしていたのなら、それは俺が防いでやったぞ。お前の怨嗟えんさの念がこもった遺書を俺は改変して、サナエにその真意が伝わらないようにすることに成功した。どうだ見たか。俺は負けない。俺たちは負けない。死者の怨念には決して負けない。


 同時に俺は哀れを感じていた。友に対する憎悪の念に焼かれた青春時代を過ごし、最後には若くしてこの世を去っていったタカキが本当に哀れだった。冷たい溜息を一つく。


 俺はベンチからゆっくり立ち上がって空を見上げる。細い細い三日月が雲の隙間から顔を覗かせていた。まるで俺の心臓に刺さった針のように細かった。



 ▼次回

 2022年6月28日 21:00更新

 「第11話 讃美歌」

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