第8話 嘘
サナエが物思いに耽っている間、俺はタカキの遺書を四つに折って封筒にしまい、素早く胸ポケットに入れた。少しでもこの遺書をサナエの視界に置いてはいけない、そう思ったからだ。
「タカキらしい」
サナエがしみじみとした表情で言う。
「そうだな」
俺はほっとしながらも同意した。
デザートの抹茶寄せを食べる間も俺たちは言葉少なだった。だがサナエの様子は、ここで会った時の不安げな様子とは打って変わって、穏やかなものになっている。その姿に俺も心穏やかになった。
最後に抹茶をすすりながらサナエと昔話に興じる。俺は思い出す。
中学高校時代カラオケでタカキと肩を抱き合って笑いあいながら歌ったことを。
体育祭でアンカーの俺に懸命にバトンを託したタカキの表情を。
俺とタカキで河原のベンチに並んで吹奏楽部のサナエのフルートを聞いた時のサナエとタカキの和やかな表情を。
野球部の地方予選に駆り出されて一緒に声をからして応援した時のことを。
数学のテストで本気でカンニング大作戦を練ってサナエからどやしつけられた時、顔を見合わせてばつの悪そうな笑顔を見せた時のことを。
サナエを彼女にしてから俺に見せていた、どこか気まずそうな困ったような表情を。
最後に合った病室での弱々しくも嬉しそうな表情を。
俺はテーブルを拳で思い切り叩きたい衝動に駆られた。
自分で選んだコースだったとはいえべらぼうな額の会計を済ませると駐車場へ向かい俺の車にサナエを乗せ俺も乗る。
「へえ、いい車じゃない」
「普通だよ、言いたいところだが、少し見栄を張った。ちょっとローンが厳しくて」
「ふふっ、見栄っ張りなところも昔と変わらないんだ」
「俺って昔からそうだったか?」
「そうよ」
心地の良い会話だった。サナエの自宅は前にも行ったことがあるのでそこに向かって車を走らせる。昔住んでいた実家にほど近い場所にサナエのマンションはある。首都高に乗るとサナエが声をかけてくる。
「そうだ。あの手紙、私にも読ませてくれない?」
そうくると思った。
「今か? いや、ああ、どこにしまったかな。判らないんだ」
「ポケットじゃないの?」
「いやそれからどこか別のところにしまったんだが…… どこだったかな」
「ふうん……」
サナエの声は怪訝そうだ。
「なあサナエ」
「えっ」
何年振りかに名前で呼ばれ驚いた声になるサナエ。
「あれ、俺が預かっててもいいかな?」
「え、あ…… うん」
「形見にしたいんだ」
「形見? あの手紙を?」
「ああ、おかしいか?」
「……うん、少しだけ」
「ははっ、そうか。まあそうかもな。でもあの遺書には奴の嘘偽りのない本当の気持ちがこもってるからさ」
だからこそ俺の手で。
「……判った、じゃあそれ、マサヤに預ける。でも今度あたしにもみしてよね」
「ああ判った、そうする」
それだけは絶対にさせない。
サナエを送り届けるとサナエからタカキに線香をやってくれと言われる。
言われた通りタカキに線香を焚く。俺は随分長いことタカキの前で手を合わせていた。それが終わるとサナエと昔話に花を咲かせる。帰り際、サナエはどこか寂しそうだった。そんなサナエを抱き寄せそうになったが、俺はどうにかこうにか素知らぬ顔を作ることに成功してサナエとタカキのマンションを出た。
▼次回
2022年6月26日 21:00更新
「第9話 本当の気持ち」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます