第7話 遺書
俺は
「サナエ、マサヤ、これを読んでいるということは、僕は死んだということだろう。病気に打ち勝てなかった自分が悔しい。でもこの手紙を見つけてくれたのは嬉しい。ここに僕の最期の言葉を残す事にするよ。よく読んで欲しい。そしてこれからの二人の身の振り方の指針として欲しい」
タカキの震える字が痛々しい。恐らく相当具合が悪くなってから書かれたものだろう。そして、そこまで具合が悪くても書き残したかったことは一体何なのか。俺はなぜかそこはかとない不安を覚える。
「マサヤ、高校二年の夏のあの日、僕の背中を押してサナエとの仲を取り持ってくれてありがとう。本当に感謝している。
サナエも、こんな至らない僕のために懸命に尽くしてくれてありがとう。そしてすまない。先立つ僕をどうか許して欲しい。タヒチに連れて行けなくてごめん。
でも実は――」
ここで俺は声が止まった。怪訝そうな眼で俺を見るサナエ。俺は声を上ずらせながら続けた。
「実は、サナエが僕の告白を受け入れてくれるだなんて思いも寄らなかった。僕はいつも自分に自信が持てない人間だった。それをマサヤが変えてくれた。ありがとう、心から感謝している。マサヤのおかげで僕の人生は変わった」
俺は冷や汗をかきながら読み進める。サナエはそんな俺に気付いていないようだった。
「病魔に侵された僕はもう逝かなくてはならないようだ。独り残していくサナエがひどく心残りだ。僕に、そしてサナエに何の罪科があってこのようなことになってしまったのだろう。本当に理不尽だ」
俺は焦っていた。どうすれば、俺は一体どうすればいい。冷や汗が出る。だが俺の口は勝手に言葉を吐き出していく。
便せんはあと一枚もある。俺の心臓は激しく鳴る。頭をフル回転させてもどうすればいいか俺には思いつかなかった。
「覚えているだろうか、高二の夏、三人で鎌倉と七里ガ浜に行った時のことを」
突然の話題転換にサナエは気付いたようだ。怪訝な顔をする。俺は焦りながらも読み続けた。
「僕の記憶の中でも一番の思い出だ。七里ガ浜の波打ち際で脚を濡らしてはしゃいでいたのが懐かしい。あの日のサナエは本当に輝いていたし、マサヤもとても楽しそうだった。帰りには三人とも眠りこけて電車を乗り過ごしてしまったことも今となってはいい思い出話だ」
サナエの方をちらりと見る。サナエは物思いに耽るようにして当時を懐かしむような表情を浮かべていた。俺はほっと胸をなで下ろした。
俺もその時の記憶を思い出していた。ポニーテールのサナエはとびっきり輝いていたし、タカキもとても楽しそうに見えた。本当に楽しそうだった。なのに。
俺は続けた。
「サナエ、どうかマサヤを頼って欲しい。彼は信頼のおける人物だ。彼ならきっとサナエを幸せにできるだろう。僕のことなんか気にしないでもいい。二人が幸せになることが僕の幸せだからだ」
もういいだろう。俺はもう疲れた。最後の言葉を読む。
「僕はもうこの世にはいない。さっきも書いたように二人で幸せになって欲しい。それが今の僕の願いだ。三人が二人になっても僕たちの絆は不滅だと信じている。君たちが幸せになることを僕は天国からずっと見守っているよ。
タカキ」
▼次回
2022年6月25日 21:00更新
「第8話 嘘」
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