そのうち慣れるよ、きっと

みやま たつむ

第1話

 いつもの通学路をいつもと変わらぬ時間にみんなと一緒に歩く。

 来月からは中学生になるから集団登下校が終わる。そう考えたら早く来月になってほしいと思う気持ちが芽生える。ただ、来月から制服を着る事になるのでちょっと憂鬱でもあるんだけど。

 そんな私の気持ちを幼馴染のひかるは知らないんだろう。私が下駄箱で上履きに履き替えていると、いつもと変わらない明るい笑顔で声をかけてきた。


「おはよー。卒業式まであとちょっとだね。めっちゃ楽しみなんだけど!」

「おはよ、光。みんなの前で歌ったり、卒業証書受け取ったりするの緊張するから私は嫌だな」

はるかは恥ずかしがり屋だからなぁ。卒業証書貰うの大丈夫かすごく心配ってお母さんも言ってた」

「そう言われると余計に心配になるから言わないでよー。お父さんめっちゃ張り切っててたくさん写真撮るんだー、とか言ってるしもうほんとやだ」

「光のお父さんすぐ写真撮りたがるもんね。お父さんが写真撮るの苦手だから助かる、って言いながら良く貰ってくるし有難いけどなぁ」


 他愛もない会話をしながら教室に向かう私たち。廊下を歩いていると私には誰も話しかけてこないけど、光は違う。挨拶をされたら明るい笑顔で挨拶を返していく。

 光は明るく元気で、運動神経も抜群で、皆の人気者。そんな光に優しく笑いかけられれば誰だって恋に落ちると思う。

 そう思う私も光の事が好きな人の一人で、ただ、その気持ちは光に伝えるつもりはない。今の関係性を壊したくないし……女子たちにひそひそと噂されたり男子にからかわれたりするに決まってる。だから私はこの気持ちを胸の奥にしまい込んで、ただの友達を今日も演じているのだ。

 教室に入ると光は皆の輪に入って行き、私は窓際の一番後ろの自分の席で息をひそめるように静かに過ごす。

 時々、光の様子を視界に入れながら、読書をして時間を潰すのが私の日常だった。

 朝の会が終われば授業が始まり、授業が終わればその合間に休み時間がある。その休み時間、光は常に輪の中心にいて、男子たちと楽しそうに笑っている。それを遠巻きに見ている私と、他の女子グループ。あの子たちの中にも光の事が好きな子はいるのかもしれない。

 そう思うと胸がキュッと苦しくなるけれど、我慢。私なんかが告白しても上手くいきっこない。明るくもなく、運動もできず、勉強もできるわけじゃない読書が好きなだけの女の子。

 告白する勇気なんてこれっぽっちもない。

 今の関係でいいじゃない。家が近いから中学生になったら毎日一緒に登校する事だってしようと思えばできるし、親同士が仲がいいから勉強会だってできる。

 告白して振られちゃったらそういう事ができなくなってしまうかもしれない。親同士が仲がいいせいで時々一緒に出掛けたりする事もあるけど、その時に気まずくなってしまうかもしれない。そうなるくらいだったら、この気持ちは伝えない方がいいに決まってる。

 そんな言い訳をして、今日も私はその気持ちを誰にも話す事なく、心の奥底にしまい込んだ。




 給食を食べた後の休み時間は図書室に行く。本が好きだったのもあるけれど、早くいかないと私のお気に入りの席が他の子に取られてしまうかもしれない。

 先生に注意されない程度の速さで急いで歩いて図書室に着くとまだそんなに人がいなかった。

 いつもの定位置に座って本を読みつつも時々外を眺める。

 窓から見える校庭では、ボール遊びをしている光の姿が見えた。こんなに遠くてもすぐに見つけられる自分ってすごくない? これが恋をするって事なのかな。

 そんなくだらない事を今日も考えつつ、ページをめくる。物語の主人公のように、何かしら得意な事があったら、自信をもって告白する事だってできるのかな?

 はぁ、とため息をついたタイミングで誰かが近づいてきて私に話しかけてきた。


「悠、何読んでるの?」

「最近新しく入った本」

「それ僕も気になってた本! よく見つけたね。僕休み時間の度に図書室来てたのに手に入らなかったのに」

「たまたま返却された本の所にあったから運が良かっただけだよ。ゆうくんも気になってたんだ」


 ふんわりと微笑んだ男の子を見上げる。

 細く長い手足に、私とは違ってぱっちり二重の黒い瞳がまっすぐに私を見ていた。最近成長期なのか、見る度に少しずつ背が伸びているように感じる。

 優くんとは5年生の頃に同じクラスで同じ図書委員になった際に仲良くなったんだけど、私を見かけると嬉しそうに話しかけてくる。本の話ができるからだろう。男の子って本あんまり読まないもんね。


「その作者さんの前作も一通り読んだんだけど、どれも好きなんだよね。だからその本もハズレじゃないって思って」

「私、別の本読むから良かったら借りてきたら?」

「いいの? ありがと!」


 別にいいよ。適当に手に取った一冊だったし。暇つぶしで選んだだけの本だし。

 だからそんなお礼を言わなくていいんだよ。何度も繰り返しお礼を言われてちょっと恥ずかしさを感じる。頬が熱くなってきた。

 何だか分からない恥ずかしさを隠すように窓の外を見たら、運動場から光がこっちを見ていてドキッとした。余計に頬が熱くなる。でも、視線が合ったのは一瞬で、光はすぐにボール遊びに戻ってしまった。

 光も私だって気づいて、こっちを見てたのかな。心臓の鼓動が速くなるのを深呼吸して落ち着かせようとするけど、すぐには無理みたい。

 私は気を取り直して手近な本棚から適当に一冊取り出し、休み時間のギリギリまで、窓の外を時々見ながら本を読み続けた。またこっちを見てくれないかな、なんて思いながら。




 卒業式は滞りなく終わり、春休み中に優くんに呼び出され告白されるというびっくりする出来事はあったけど、無事中学生になった。

 その時の優君の様子が時々頭に浮かび上がる。


「好きになってもらえるように、頑張るから」


 まっすぐに私を見つめてそう言った優くんの瞳は潤んでいて、本当に本気だったんだろうな、と思う。

 ただ、私は光の事が好きだった。どうしようもなく、好きだった。その気持ちを持ったまま優くんと付き合うのは不誠実だと思ってしまったから。

 でも、すごいなぁ、優くん。同じ中学に通うのに、今までの関係が壊れてしまうのも覚悟して私に告白するなんて。

 私のどこが好きになったのか疑問だけど。それでも、その勇気を見習った方がいいのかな。

 そんな事を思いつつ、新品の制服に着替えた私は家の前で待つ。

 光と一緒に登校する約束を親経由でちゃっかりしていた。女の子が一人で登下校するのは危ないから、って。最近口うるさくて嫌だな、って思い始めてたけど、グッジョブ! って感じ。

 私は、前髪を気にしつつ待つ。どのくらい待ったのか。とても長い時間のように感じたが、そうでもなかったのかもしれない。

 光が走ってこちらにやってきた。


「ごめんごめん、ちょっとリボン慣れなくって」


 光はセーラー服のリボンがちょっと不格好だった。いつも男の子みたいな服装だった彼女が、スカートを履いている。髪は短く、とてもボーイッシュでかっこいい女の子がそこにいた。

 その姿を見ると、やっぱり私の気持ちは秘密にしておかないといけないと改めて思った。その思いが強くなると共に、胸の苦しさが増す。


「そのうち慣れるよ、きっと」


 自分に言い聞かせるようにそう言いながらリボンを結び直してあげると、いつもと変わらない明るい笑顔で彼女はこう言った。


「ありがと」


 この胸の苦しさにも、きっと慣れるよ。

 だから、この想いはしまっておこう。

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そのうち慣れるよ、きっと みやま たつむ @miyama_tatumu

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