悪徳セールス撃退法

 

酸っぱすぎるアップルパイ

 生まれてはじめてアップルパイを作った。網目状のホールのアップルパイではなく、マックのアップルパイを三角にした感じのアップルパイである。オーブンを開けてみると、パイ生地がきつね色になり、美味しそうに出来上がっていた。1つ手に取り、食べてみた。うん。美味しくない。というより、アップルパイにしては酸っぱすぎる。私が作ったレシピにはりんごの種類なんて書いてなかったから、アップルパイに合うりんごをきちんと検索して、出てきた紅玉を選んだのに……なんてザマだ。しかも、これがあと6つも残っている。今は一人暮らしで、近くに家族もいないし、私には親しい友人もいない。どうしようかなと思っていると、突然インターホンが鳴った。


 覗き穴から覗いてみると、そこには黒いスーツを着た30代くらいの男が立っていた。多分、何かの勧誘だろう。いつもなら、私はこういう変な勧誘には居留守を使うのだが、今回は出ることにした。


 ドアを開けると、男が自己紹介をした。


「電気料金が安くなるというご案内をしに来ました。私は○○会社の伊藤と言います。」


 その挨拶を見て、私は、この男はまるでキツネみたいに怪しい人だなと印象を持った。しかし、私は躊躇することなくその男を部屋に上げた。それもこれも酸っぱすぎて食べれないアップルパイを消費するためである。男をテーブルに案内した。そして、男が「それでは、プランのご案内を〜」と言いかけたところで、私はその言葉を遮るようにして「何かお茶とお菓子を用意します」と言い、台所に立った。


 もうあんな酸っぱいアップルパイは死んでも食べたくない。そう思い、平たい大きな皿にアップルパイを6つ並べた。それから、飲み物は何にしようと冷蔵庫を開けた。冷蔵庫には、前にダイエット目的で買ったが、飲みきれずに残っているりんご酢があった。これももう飲まないからいいや。私は透明なコップにりんご酢を薄めず原液のまま入れた。そして、それらを男の元に運んだ。男は大量のアップルパイを見ると、ギョッとしたような顔をした。しかし私は、その顔を見ても素知らぬフリをして、「どうぞ召し上がってください」と言った。男は「はぁ」と申し訳なさそうな返事をしながらも、アップルパイを手に取り、一口食べた。すると、一瞬うっと苦しそうな顔をした。それから、りんご酢の原液を一気に飲み干した。きっと、ジャスミン茶とでも勘違いしたのだろう。りんご酢を飲み干すと、男は喉を抑え、ガラガラの声で「……水をください」と言った。しかし、ちょっと面白そうなので私は嘘を付くことにした。


「実は今月、水道料金払い忘れちゃって水が出ないんです。だから、さっきと同じ飲み物しか家にはありません」


「……そうなんですか。あの飲み物は一体何ですか?」


「りんご酢の原液です。あの……アップルパイはどうでしたか?」


 私は、笑いを堪えながら男に質問した。


「美味しかったですよ。でも、他にも回るところがあるので、1つで十分です」


「……そうなんですね。ああ、とても残念です。全部食べてくれたら、この契約を結ぼうと思ってたのに」


 私はとても悲しそうに下を向きながら、男に言った。すると、男は、ポケットから黒の生地に青いストライプが入ったハンカチを取り出し、汗をふいた。そして、私に向かってこう言った。


「わかりました。全部食べたらこの契約を結んでくれるんですね?」


「はい」


 私は嬉しそうに返事をした。


 それから、男はしゃべることなくただひたすらにアップルパイを食べ続けた。そして、残りあと1つというところで、食べるのをやめた。


「……すみません、もう無理です」


「そんなに美味しくなかったですか?」


「本当にすみません……」


 男はそう言うと、私の部屋から出て行ってしまった。


 それ以来、私の家には変な勧誘が一切来なくなった。きっと、こんな悪趣味なことをしてしまったから何かのブラックリストにでも載ってしまったのだろう。

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悪徳セールス撃退法   @hanashiro_himeka

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