第18話「open」


 手を引っ張られ。引っ張られるままに歩く。

 指を差せばそちらを向き。話しかければ頷く。

 目は開いたまま。でも、上手く周囲の景色が像を結ばなくて、今自分がどこを歩いているのかすら分からなかった。

 そんな優にとって、感じ取れたのは彼女だけだった。


「追われてるから、きみの力で全員撃ち殺して欲しいの」


 道中、彼女は言った。どこへ向かう道中かも知らないが。

 優はその言葉をきちんと理解出来ていたかは怪しい。ただ、追われてる、と聞こえてふと甦った記憶は、彼女の叔父だ。

 そして、過去の決意を思い出す。


 ……そうだ、アイツから守らないと。


 彼女は自分の恋人だ。ならばそれが義務のはず。

 その思考は誘導されたのか、勝手に嵌ったのか。彼女の言葉は、明らかに個人を差してはいなかったが、そんな事にも気づけない。

 足取りは頼りないけれど歩けている。まだ柱があった。手の繋がる先。けれどそれだけだ。それがなければもう立てない。

 だから、離れないように強く握る。すると握り返してくれるから、胸が満たされる。

 ただただ、彼女のためになろうと。それだけを考えるようになっていた。

 未だ日は高い。その眩しさが目を突く。

 その時だった。


「優くんっ」


 彼女が背中に隠れた。

 前を向けば目の前には人影があった。逆光とぐらつく思考では、輪郭以上を把握出来ない。

 それでも、


「撃って」


 彼女が言えば従うだけだった。


「ショ、ット」


 二度目の発砲。まだ躊躇いがあった、けれど、放たれた。

 言葉に遅れて耳をつんざく音と震動。目の前の影が倒れる。

 すると周囲がざわついた気がした。

 でもすぐに彼女に手を引かれて、気にならなくなった。


「逃げよう」


 どこへ逃げるのか。何から逃げるのか。何も聞かずに優はただ寄り掛かる。

 追手は、撃ち殺しても撃ち殺しても、どんどん増えていく一方だった。


「ショット」


 その度に銃声を鳴らせる。


「ショット、ショットっ」


 彼女を背中に守って。


「ショットショットショットッ‼」


 バァンバァンと。

 言葉に合わせて放たれる。

 全てを撃ち殺す弾丸。

 人殺しがいけないなんて、分かりきっている事だ。

 それでも優は、放ち続けた。

 何も考えたくなかった。

 妄想だって、始まりはそうだった。

 そして、それが現実になったのなら、思考なんていらないじゃないか。

 今は守らないといけない人がいるから。守る。理由も既に分からない。考えたらまた自分は崩れ落ちてしまうだろうから。


 走って。撃って。走って。撃って。撃って。撃って。


 手を繋ぐ彼女が足を止めた。

 気づけば辺りは真っ暗になっていて、なのになぜか眩しい。


「これじゃ、ダメだったのかな」


 諦めるように。いや、捨てるように。

 彼女の手が離れていく。

 すると途端に冷えていく。それがなければ自分は倒れてしまう。

 振り返ろうとして、そうして、ようやく思考が少し動いたところで。

 優は声を聞いた。


『彼を離しなさいっ!』


 肉声ではなく、拡声器か何かで増幅されている声。

 感じる、大量の人の気配。

 一瞬、自分に言われたのかと思って。でも文章は明確に、自分を三人称としている。

 その要求は、少女に向けてだった。

 力を行使する優ではなく。

 でもそんな事は不思議に思わなかった。

 今は、離れた手がどこに行ってしまったのかを知りたかった。

 後ろを向くと、目が合う。


 彼女は——来栖湊はその時、優に対して初めて、笑顔以外の表情を見せた。


「ダメだよ、前を見なきゃ。じゃないと力が使えないでしょ?」


 酷く冷めた目。失望に染まりかけた感情。

 そんな彼女は優の額へ突きつけた。

 本物の銃口を。

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