第17話「kill」


「え……?」


 優は、呆けて口を半開きにしていた。

 視線の先。


 ゆっくりと倒れていく。体。穴が空いた。頭。噴水のように沸く。血。


 耳から手が外れている事には気づかなかった。

 周囲も、時間が止まったように静まり返っていたから。

 けれどそれは、一瞬にして終わった。


「おいなんだ!?」「え、先生ッ!?」「撃たれたよね!?」「どうゆう事!?」「警察っ?警察っ?」「救急車だろ!」「頭から血が!」「死んでるよこれッ!?」「ねえなんなの!?」


 騒ぐ生徒。駆け寄る生徒。怯える生徒。

 恐慌が巻き起こる中で、一人の女子が不意にこちらを見た。

 そして、彼女は震える人差し指の先端を優に見せる。

 それが、優の思考をようやく再開させた。


 え?俺?殺した?力で??そんなのないに決まって?あれ??ほんとうに???どういう???????????????????????????????????


 動き出した優の思考は壊れたように、疑問符を浮かべ続けていく。

 不意にその右耳に、そっと触れる声。


「やっぱりきみは、特別なんだよっ」


 甘く。弾んだ。魔女の囁き。

 直後、優の頭の中で何かが一気に崩れ落ちた。


「うわぁあああああああああああ——ッ!?」


 優は学校を飛び出していた。

 絶叫を上げながら。上履きのまま。アスファルトを必死に蹴りつける。

 必死になって声を上げた。自分が行った罪を塗りつぶしたくて。血の味がしても喉を震わせた。


 けれどその度に、倒れていく教師の姿が甦る。

 鮮烈な赤色が、瞼の裏に張り付いている。


 気づけば、高架下の用水路に立っていた。

 力の特訓をした場所。自分のお気に入りの場所。

 人気のない場所を無意識に選んだのか。それとも、意味があるから引き寄せられてしまったのか。

 そんなことはどうでも良かった。

 優は、震える膝をその場について頭を抱える。


「お、おおおおお俺っ、人を殺したっ? えぅ? つかまるっ? いやいやいや待ってよ! そんな、俺にそんなのっ……」


 存在を隠そうと縮こまる。間違いを探そうと言葉を紡ぐ。

 意味はない。けれど、今の優はそんな事も気付けない。

 瞬きをすれば、罪を突きつけられる。

 優の瞳は、見たものにショットと呟けば撃ち殺す事が出来る。そういう妄想。

 だったのに。


 ……本当になった? そんなわけないだろ?


 それでも、現実として人が死んでいる。

 今まで散々願っていても手に入らなかったのに、なんでこんな形で。

 怒りはない。ただただ嘆いた。自分が愚かな事は思い知っているから。ひたすらに自分を責める。

 実際に力があるというのなら、いっそのこと眼球を抉ってしまうべきか。

 そう考えて、しかし思いきる事は出来なかった。


「おれはっどうすれば……っ」


 かすれた声はまるで別人のようだった。

 その時、優の肩がトントンと叩かれる。

 ビクッと過剰に反応した優は恐る恐る背後を見た。


「足早いね」


 そこにいたのは、来栖湊。

 彼女は相変わらずにこやかで。人が死んだ現場を一緒に見ていたにも関わらず、その表情を崩す事はしない。

 その顔に安堵したのか。恐怖したのか。

 優は何かを言う事も出来ず、彼女を見上げていた。


「優くん、きみにお願いがあるんだ」


 来栖湊はしゃがみ込んで優と視線を合わせる。

 高架下。陰の中。お互いの表情が見えるまで近づく。

 その距離はもう、息がかかりそうで。


「きみにね、私を守って欲しいの。その力で」


 充血し、濡れる瞳を指さす。

 その距離はもう、逃げられない。

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