第6話「friend」
「優くーんっ!」
朝礼が終わると同時、来栖湊は一年一組に飛び込んできた。クラスメイト達がその美少女に一斉に注目し、そのまま優へと向く。
そんな周囲の目に優が怯えている隙に、来栖湊は気づけば目の前に迫っていた。
ビクリッ、と肩を震わせてから恐る恐るにこやかな魔女を見る。
「く、来栖さん……」
「ん? それで私は何を手伝えばいいのかな?」
「え、えっと……」
顔を俯かせ、表情を見られないようにする。その間に必死に頭を回転させた。
朝礼の時間は20分程あった。つまりその分、打開策を考える事は出来たのだが、至って平凡な頭脳の優には思いつけやしなかった。
……自分に力がないと開き直ればいいだけなのだが。
しかし優はその行いに踏み切れない。
今までだって、常識からずれた自分には言い聞かせていた。けれどなぜか、言葉として告げようとすれば強烈な嫌悪がのしかかる。
それこそが本心だったのだろう。自分でも、自分を否定したくなかったのだ。
過去に囚われ戒めて来たけれど、本当の自分はそうではない。
そして彼女は、覆い隠していたはずの自分を見つけ、認めてくれた。
なんだか体の内側が温かくなっていく。それは徐々に熱くなる。
抑え、排してきたものを思い出すかのように。
……よし。
優は、覚悟を決めた。
「ごめん。手伝ってもらう事はない」
今までとはまるで違う、明瞭な口ぶりでまっすぐに瞳を見返し、ガタリと席を立った。
「……けど放課後、あの公園で俺は特訓をする」
自分の右目を触って、底でうずく力を知覚する。
……そうだ、ここには確かに《力》が存在している。
優は小心を隠し、己を大きく見せつけるように、腕を組んで言い放った。
「だから、力が見たかったら来ればいい」
高圧的に。自信を持つ自分を演じる。
憧れていた立ち居振る舞い。幼い頃から成りたいと夢想した格好良い姿。
それを被って、彼は魔女に相対する。
優は逃げない事にしたのだ。自分だって求めていたものから、わざわざ遠ざかるなんてもうしない。
とは言え、反応はどうしても気になってしまい、じっと待つ。口調で偉ぶっても根っこまでそうすぐには変えられなかった。
「分かった。放課後だね!」
朗らかな返事を聞き、ふうと胸を撫で下ろす。失望はされていないようだし、一応時間稼ぎにもなった。
さてこれからどんな特訓をするか考えねば……。
と意識を切り替えようとしたのだが、まるで動かずにこちらを眺めたままの来栖湊に優は眉をひそめた。
「え、えっとまだ何か用?」
思わず小心者な顔に戻った優に、来栖湊はその顔をずいっと近づけて応える。
「ううん? きみの事をちゃんと知っておきたいから、近くで見ておこうってだけだよっ」
その距離は、ちょっとした身じろぎで鼻同士がぶつかってしまいそうで。
というか、言葉の途中にちょんと触れた。
「どわぁ!?」
女性慣れしていない優はすぐさま緊急回避。飛び跳ね、ガシャガシャンと自席の椅子と隣の席を巻き込んで尻餅をついた。
「大丈夫?」
原因でもある人物から心配をかけられる。けれど、ついさっき格好つけた手前、優は威勢を張りながら、痛みは口に出さず立ち上がった。
「だ、大丈夫。それより、クラスに戻った方が良いんじゃないか?」
時計を見ればもう授業が始まる時間だ。しかし、来栖湊は動かない。
「それだと、優くんの事を見ていられないよ?」
大きな瞳を向けられ、感じた事のないこそばゆさに顔を逸らす。その感覚はとても居心地悪くて、優はどうにか理由を付けて追い返そうとする。
「その、これから瞑想をするんだ! 特訓に向けて! そうやって見ていられると気が散ってしまう!」
そう訴えれば存外あっさり「そっか」と来栖湊は踵を返した。聞き分けは良いみたいだな、と去っていく背中に安堵を浮かべ、席に座ったのだが、見送っていた女子生徒は教室の戸を抜けたところで足を止め振り返り、まるで覗き込むようにして優の観察を始める。
「遠くからでもダメだ! 教室に戻れ!」
声を上げて追い払うと、今度こそようやく、来栖湊は視界から消えた。
「はあ……」
大きなため息をつき、背もたれに体重を預ける。
美少女にまとわりつかれる妄想は何度もしたものだが、不明点が多すぎて、心の底から喜べそうにはなかった。
そうして落ち着いたところで、周囲で自分の名前が浮かんでいる事に気が付く。
「……多々良とどういう関係なんだ?」「なんか距離近かったし恋人?」「多々良って中学ヤバかったんでしょ?」「ヤバいつーかイタいだなー」「じゃああの子もイタいんだろ」「同類同士で仲良くしてんのか」「うわ、よりイターい」
笑い声。それに押し潰されるように、優は自席に突っ伏した。
頭の中に周囲の話が入ってこないように、必死に頭の中の自分と話す。
……特訓をする誓いをしてしまったから予定を立てないと。どうやったら自分の力は高まるのか。他人にそれを形として見せるにはどうすれば——
「で、多々良って具体的にどんなことしてたの?」
つらつらと並べる思考は、しかし物理的な音に邪魔された。それでもどうにか考え込もうとしたところで、ガッと机を蹴られる。
「多々良ー、湊とヤッたの?」
顔を上げれば、相変わらずの軽薄な笑み。馴れ馴れしくかつ下世話な言葉に嫌気が差しつつも、優はむしろ前のめりに会話に乗った。
「お前は、そう言う事しか考えられないのか?」
「いやいやぁ、気付いたらあっという間に仲良くなってるからさぁ」
ヘラヘラと樋泉は言う。不思議と彼に顔を向けている間は、周囲の音は耳に入らないくらいに遠ざかっていた。
「別に、仲良くなったわけじゃない」
「いやあの距離感は、一般男女のそれじゃねーよ。磁石だったらくっついてるぜ?」
あまり上手くない例えだな、と思いつつ、優は今一度あの魔女との関係を思い返す。
力を吹き消され、それから一方的に意識して、けど何でかあっちから執拗に近づかれている。文章にしても、理解不能な経緯だった。
だから説明も面倒くさく、決めつけにももう否定はやめておくと、樋泉は優の肩に腕を回した。
「なあ、お前らの仲を邪魔する奴がいたら、オレがどうにかしてやるよ」
ぼそりと耳打ちしてくる彼の視線は、周囲へと向けられた。それはきっと優を眺めるクラスメイトを見ていたのだろうが、優はそれを確認しなかった。
それよりいきなり何でそんなことを、と訝しむ。けれど答えはなく、ただただ彼は、いつものようにふざけた調子で続けた。
「まあもちろん、初体験までの期間限定だがなー」
最後で冗談めかすその仕草に、なんとなく優は笑ってしまう。
「というか、どうにかするってお前何者だよ」
確かにこの自称友人の身の上はまだ聞いてはいないが、一介の高校生に何が出来ると言うのか。まるで自分が大物と言わんばかりの口ぶりに呆れる。
「おー? てことは仲を深めたいのは間違いないって事かー?」
すぐに揚げ足を取るような言い方をされ、優は声を荒げた。
「だ、だからそう言うのじゃないって言ってるだろ!」
「いやいや、男と女がいてそれ以外なんてあるわけねーだろ? 餌があれば犬は食いつく。待てされても一日続かねーじゃん。邪魔がない限りー」
それからも優にちょっかいをかけ、樋泉はケラケラと笑う。気づけば周囲の視線も優を見る者はなくなっている。
その事にふと気づいた優は、心の奥の奥の一番奥で少しだけなら、彼を友人と認めても良いか、と思うようになっていた。
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