case11-3 『若葉にビターチョコを』
プライド五人衆に連れてこられたのは第一演習場だ。
魔導図書館といえども敷地内で好き放題に魔術を行使して良いという訳ではない。ちゃんと制限が設けられている。そんな中、ほぼ無制限の魔術行使が許可されているのが敷地内にいくつも設置されている演習場だ。
演習場では数十人の生徒たちが魔術の授業を受けていた。
彼、彼女たちはエマの存在を認知した瞬間にざわつきはじめる。驚く者、感激する者、畏怖する者、頬を赤らめる者──反応は様々だ。
「おい! ブルクハルト出てこい!」
エマの後ろに我が者顔でいた正統派イケメンが大声を張り上げる。その姿にエリート感は微塵もない。ただの柄の悪い厄介生徒だ。
すると、困ったような表情を浮かべながら一人の男子生徒が前に出てきた。これといって特徴がない、平凡という言葉が適した男子だ。
しかし、周りに複数の女子生徒が群がっているという事実が印象をブレさせる。
「えっと、今は授業中だから後じゃダメかな?」
「そんなの関係ないよ。僕たちが今って決めたら今なんだ。口答えするとか相変わらず常識知らずだね」
柔和な表情の奥底にはドス黒い感情が渦巻いているのが分かる。
他の四人も同様だ。
このプライド五人衆が割り込んでくると話が全然進まない。
「ちょっと、貴方たちは黙っていてください。私が話しますから」
苛つく五人を無視して、ブルクハルトなる男子生徒に顔を向ける。
「えっと、君は?」
「あの五人に頼まれて、貴方をボコボコにしにきた者です」
「正直に言うんだ……」
正直に目的を述べるエマに、ブルクハルトは苦笑いを浮かべる。
彼の取り巻きの女子生徒がエマを指差す。
「あの方、『死神』の異名を持つ、帝国最凶と謳われているエマ・ムエルテ様です。ブルクハルト様が強くても、流石に彼女には……」
「へぇ、帝国最強ね。面白いじゃん……初めて本気出せそうだ」
ブルクハルトの表情が明確に切り替わる。
歪に吊り上る口端、好戦的な視線にエマの背筋が寒くなる。強者の気配を感じた訳ではない。なんか単純に気持ち悪い。
×××
担当教師の許可を得て模擬戦をすることに。
その場に居た生徒たちは安全のために観客席に移動した。全員が固唾を呑み、模擬戦が始まるのを今か今かと待ち侘びている。
彼、彼女たちからすれば、エマ・ムエルテの戦う姿を見れるというのは貴重な経験なのだ。対戦相手はここ最近、学園内の勢力図を書き換えている最強の転校生。熱すぎるマッチアップだ。
プライド五人衆はエマの力を自分たちの力と勘違いし、腕を組んで傲慢に振る舞っている。
後で然るべき制裁を加えよう、とエマは思う。
「僕は魔導図書館に来る前までずっと山奥でじいちゃんと暮らしていたから、君のことよく知らないんだ。有名人ってのはみんなから聞いたよ」
みんなっていうのは、さっきから観客席で黄色い声援を投げかけている女子たちだろう。
なるほど、彼らが嫉妬するわけだ。
「別に構いませんよ。一つ訂正しておきますが、私は帝国最強ではありませんよ」
「でも、みんなが最強って」
「多分、字が違います。本当の帝国最強は私の大親友の妹さんです」
「……誰?」
「そのうち知ることになりますよ。それともう一つ、ここまで舞台が整ってあれなんですがもう辞めたいです」
「えぇっ!?」
正直、模擬戦が決まった時点で面倒になってしまった。
ちょっとした興味でここまで来てしまったことを後悔している。保健室で姉の寝顔を見てた方が有意義だった気がしないでもない。
「別に貴方に恨みとか全くないですし、あそこにいるプライド五人衆に祭り上げられただけなので」
その瞬間、ブルクハルトの全身から魔力が吹き出す。
同時に聞こえる取り巻き女子たちの歓喜の声。
黄色い声援というのはとても耳に響く。うるさいのでやめてほしい。
「ここまで来て冗談はやめてくれよ。……僕に本気を出させてくれよ、帝国最強!」
うわぁ、凄い自分に酔っている、とエマは引いてしまう。無意識に一歩後ろに下がってしまう。
ブルクハルトが地面を蹴って、エマとの距離を詰める。
身体強化具合を見ただけで筋肉オバケに勝ち目はないと理解した。
突っ込んできたブルクハルトをひらりと躱して距離を取る。が、それを予想していたのかエマが移動した場所を目がけて火魔術を行使する。
限界まで圧縮された火炎弾は凄まじい速度でエマに襲いかかる。軽く避けると、火炎弾は急激に方向を変えて追尾してくる。
「なるほど、追尾術式も組み込んでいたようですね」
冷静に分析していると、観客席から声が上がる。
「追尾術式を付与した火魔術!? そんなこともできるのか!?」
「あの追尾する火炎弾を避けられるのか!? やっぱ、エマ・ムエルテすげぇ!」
自分と生徒の反応の違いに風邪を引いてしまいそうだ。
とはいえ、生徒たちのレベルが極端に低いとは思わない。
術式の追加付与は実践に出ればそこそこ目にするが、基礎を学んでいる最中の学生たちからすれば高等技術に見えてしまうのだろう。
きっと彼、彼女たちは王国などに行ったら驚きっぱなしだ。
意識を生徒たちに向けていると、いつの間にかブルクハルトが正面に回り込んでおり強化した拳を放ってきた。
エマはさして驚きもせずに飛んできた拳を手のひらで受け止める。この瞬間、ブルクハルトの実力を完璧に把握した。
学生の中では頭ひとつ抜き出てるのは間違いないが、非常に残念ながら大鎌を創造する必要すらないレベルだ。
「今のを受け切るなんて、流石は帝国最強……そうこないと面白くない」
ニヤリと笑うブルクハルト。
エマは苦笑いを浮かべる。
「井の中の蛙大海を知らず、ってどこかの国の慣用句知ってます?」
「慣用句って?」
「自分に酔っている暇があるなら、もう少し常識を勉強することをおすすめしますよ」
ブルクハルトは気付く。
先ほどに比べて空気が冷えている。
勢いよく振り返ると、無数の氷槍が空中に固定され、鋭利な先端の全てがブルクハルトに向いている。
「ほら、本気出せるとか言うならこれくらいは潜り抜けてくださいよ」
「────っ!」
大鎌すら創造する必要ない相手だが、魔術を学ぶ者たちが見ているということで魔術は使うことにした。
エマなりのサービスである。
因みに毎回当たり前のように行使している氷結魔術だが、実は少し特殊な展開方法を使用し、様々な術式を追加付与している。
普通の術式展開で何も付与しなかった場合、出てくるのは何の変哲もない氷の塊一個で空中に留まりもしなければ、対象に投擲することもできない。
生徒たちの学びになれば幸いだ。
氷結された死が一斉に降り注ぐ。
ブルクハルトは氷槍に向けて火炎弾を発射し続ける。だが、氷槍の数が多すぎて対処しきれない。
遂には魔力が切れてしまい、膝をつき肩で息をし始める。
氷槍は未だに残っている。
ブルクハルトは迫る死に恐怖し、目をぎゅっと閉じて頭を抱えた。
しかし、死は永遠に訪れない。
氷槍はブルクハルトに着弾する前に意思を持ったかのように砕け散って霧散する。
その中をエマはゆっくりと歩きながら、自分の実力に酔っていた生徒の隣を横切っていく。
「………………」
模擬戦が終わったことを察した生徒たちがこぞって舞台にやってきた。
その中にはプライド五人衆の姿もある。
エマは濡羽色の髪をゆるゆると振りながら呆れたように言う。
「エリートとか名乗るのやめた方がいいですよ。みっともない」
「あ? 誰に向かって口聞いてんだ?」
「貴方たちに言っているんですよ。大した実力もないのにふんぞり返って。家の名に泥を塗っていることを自覚した方がいいですよ?」
「調子乗ってんじゃねぇぞ! 死神かなにかしらねぇけど、チビがデカい口叩いてんじゃねぇ!」
殴りかかってくる正統派イケメンの横顔に蹴りを放つ。ボールのように吹っ飛んだ正統派イケメンが壁にぶつかり倒れ込むのと、エマが地面に華麗に着地するのはほぼ同時だった。
みるみる腫れ上がっていく頬を押さえる正統派イケメンの胸ぐらを掴んでエマは冷たい口調で囁く。
「調子に乗っているのは貴方たちでは? 大した実力もないのに貴族ってだけで他者を見下して。帝国にとって癌になりそうなのでここで全員殺してしまいましょうか?」
「────っ!?」
「まぁ、清掃員の方に迷惑がかかるのでやりませんが。その無駄に大きい態度のままでいるのは自由ですが、家を継いだ時にオリヴィアに目をつけられないように気をつけてくださいね。彼女は不必要と思ったら誰であろうと容赦無く切り捨てますから」
残りの四人にも視線を向けると、彼らは頬に汗を伝わせて直立する。エマの言わんとしていることはちゃんと理解しているようだ。
エマは女子たちに介抱されているブルクハルトの元へ行く。
彼はエマを見て笑みを浮かべた。
「君、強いね」
「あー、はい、ありがとうございます」
「今後のために聞かせて欲しいんだけど、君が今まで戦った人の中で僕は何番目くらい強かった?」
とても答えにくい質問をしてくる。
魔導図書館の生徒の中では抜きん出ているのは確かだ。きっとおじいさんに実践形式で魔術を教わっていたのだろう。実践経験がある者と無い者の差は歴然だ。
しかし、素直に答えたらどんなに甘く見積もっても下から数えた方が早い。
「まぁ、一番ではありませんね」
「そっか。因みに君が戦った中で一番強かったのは?」
「強さの序列とか考えたことないのでなんとも言えないです。あー、最近でしたらロアさんですかね」
「ロア?」
「えぇ、今日からここに通うことになったので敷地内ですれ違ったりするかもしれませんね」
「参考までにどんな容姿か教えてくれないか?」
「いやぁ、それはちょっと。本人の許可とってないので。それに彼女、いつもフード被って他者との交流を拒絶するくらい人間嫌いなので」
エマがつい口を滑らせてしまったロアの特徴。
後にロアがブルクハルトに付き纏われる原因になるのだが、それはまた別の話。
×××
これといった満足感も得られずに無駄に体力を使ったことに辟易しながら演習場を出る。
身体に纏わりつく疲労感は爽やかさは微塵もなくただただ気持ち悪い。
首を回し、背伸びをしたエマ。
マナ、それかユニの元に一旦帰ろうかと考えていると、声をかけられた。
「あの、少しいいですか?」
「貴女は?」
緑色の長い髪が目を惹く女子生徒だ。動きの端々から見える上品な気配。もしかしなくても貴族だ。
女子生徒は上品に頭を下げて名を名乗る。
「アマリア・パーテロと申します」
「あぁ、筋肉オバケさんが言ってたブルックハントさんと仲が良い方ですか」
「筋肉オバケさん? あの、彼の名前はブルクハルトです」
「そうなんですか? ちゃんと名前を聞いてなかったので間違えていました」
そういえばプライド五人衆の名前も聞かずじまいだ。
まぁ、言われたところでしばらくしたら忘れてしまうのがオチだ。
やはり、多少なりとも人間性が成熟してないと覚える気にもなれない。
人間性が終わっている自分が言える立場ではないですけど、とエマは内心で自嘲する。
「それと、ブルクハルトさんとは別に仲良くないです。私、ああいう力をひけらかすような殿方は好ましくありません」
「そうなんですか? ではなぜあの人はそんなことを言っていたんでしょう?」
「多分、彼に施設を案内していた時を見られたのかと。学級委員長をしているので案内役に指名されたんです」
ということは筋肉オバケの早とちりだったわけだ。
しかし、彼はなぜ彼女のことをわざわざ強調して言っていたのだろう。
ふと、エマはアマリアの全身を眺める。運動着ということで完全には把握できないが──。
「ふむ、大きいおっぱい、良いお尻してますね」
「いきなりなんですか!?」
突然の発言にアマリアは顔を真っ赤にして胸を隠す。
「いえ、ちょっとした確認を。もし、今後筋骨隆々の大男に迫られたら、私の名前出していいですからね」
「はあ……」
「失礼。それで何用ですか?」
声をかけてきたということは、何か用事があるということ。表情からして、サインや握手を求めているわけではなさそうだ。
「こんなこと帝国の宝であるエマ様に相談するの間違っているかもしれないんですけど」
「宝なんて大層な物じゃありませんよ。どちらかと言えば監視必須の爆弾です。それに今は魔導図書館中等部二年、エマ・ムエルテですから。先輩の悩みを聞けるのは後輩として名誉なことです」
エマの軽口にアマリアはくすりと笑う。少し緊張が解けたようで、相談内容をゆっくりと語り出す。
「ありがとうございます。実は──」
事の始まりは約一ヶ月前。
彼女、そして彼女の友人たちは夜になると急激な睡魔に襲われるようになった。寮のロビーで談笑している最中、自室で勉強中、入浴中──あらゆる状況を無視して眠りに落ちてしまう。
何かの病気かと思い、病院に罹ったが異常無しの診断を受けるだけ。
彼女たちは原因が分からぬまま生活を送っていたが、三日前から事態が急変したのだ。
友人の一人が忽然と姿を消した。授業は欠席、寮にも居ない。まるで最初から居なかったかのように。
「──昨日、また一人消えたんです。何が起こっているのか分からなくて……私、怖くて」
「なるほど。先生にはそのこと話しましたよね」
「はい。でも、大事なるのを避けたいようで消極的なんです」
エマは呆れて頭を左右に振る。
「居ますよね、自己保身に走る大人。今度そういう問題が起こったら錬金術科のユニ先生を頼ってください。彼女ならちゃんと力になってくれます」
「分かりました。それで、あの……」
「もちろん引き受けます。放っておくことなんてできませんからね」
アマリアは瞳を涙で潤ませて感謝の意を伝えた。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」
「その言葉は無事に解決したら貰いますよ。まず最初に貴女と同じ症状を訴えている方がまだ居るなら集めてくれませんか?」
魔導図書館を舞台とした謎解きが緩やかに幕を開けた。
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