case10-13 『死の天使』


 エマとノノの二人はエーギルラーン社へ向かっていた。

 目的としては上役へ話を聞く事、海運している貨物の中身確認の許可だ。と言っても後者に関しては断られても強行する腹積もりである。


 件の社はラムキンの街を一望出来る場所に建てられているため、徒歩で向かうのは少しばかり汗が滲む。

 だが、どうにも巡り合わせが悪く馬車を捕まえられなかったので二人は歩いている。

 考えを纏める時間が出来た、と無理矢理思い込んでエマは溜め息を漏らす。


「エマ様」


 ノノが普段より低い声色で主人の名を呼ぶ。

 いつも明るく癒しを与えてくれる麗しい表情も今は翳りが見えている。


「どうしました?」

「い、いえ……何でもありません」


 どう見ても何かあるのは間違いない。

 その理由が自分の行動にあることをエマは十分に理解している。理解しているからこそ安易な言葉はかけられない。


「この事件が終わったら、ゆっくり話しましょう」

「……はい」


 二人で居てこんなにも空気が重くなったのはいつ以来だろう?

 そんなことを互いに思いながら、エマたちはエーギルラーン社にたどり着いた。



×××



 エーギルラーン社は前衛的な造形をしていて、外装も内装も白を基調としており透明感を前面に押し出していた。

 私たちは悪いことなどしていませんよ、どこまでもクリーンですよ、と言っているみたいでエマは良い印象を受けなかった。寧ろ嫌いまでもある。


 エマとノノは受付に向かう。

 受付嬢は二人を見て、少しだけ頬を赤らめてからすぐに仕事顔に戻り頭を下げた。


「あの……」

「エマ・ムエルテ様、ノノ・オリアン・クヴェスト様ですね。来たら通すように社長から言伝を受けています」


 受付嬢に「案内の者が来るので少々お待ちください」と言われてフロントで待つエマとノノ。

 対応の仕方に違和感を覚えてエマは毛先を弄りながら思案する。


「これは控えめに言って罠なのでは?」

「可能性は高いですね」

「まぁ、社長自ら出てくるのは好都合です。喜んで罠にかかりましょう」


 それから数分が経ち、エマたちの前にスーツ姿の老人が現れた。


「大変お待たせしました。社長室へご案内します」


 老人の後についていくエマとノノ。

 エマは彼の歩き方を慎重に観察する。動きにこれといった違和感は見られない。格闘技経験者や元軍人独特の歩き方、体捌きはない。年相応、いや年のわりにはしっかりとした動きだ。

 チラリとノノを見ると彼女は小さく首を横に振る。

 どうやら所感は合致しているようだ。

 

 警戒は最大限していたが、結局何事もなく社長室へと到着した。

 社長室は調度品が最低限置かれており、社長机の背後は全面ガラス張りになっている。きっとここからならラムキンの街を一望出来るだろう。


 椅子はガラスの方を向いている。そこに座っているであろう社長の姿もエマたちからは見えない。

 エマは社長はどんな顔をしているのか、砂粒一つ分くらいには興味を持っていると変化が起きた。


「はっ……はぁ……っ……」


 ノノが胸を押さえながら苦しみ出したのだ。顔からは血の気が引き、呼吸をするのすら膨大な体力を消耗しているかのようだ。

 驚愕、困惑、心配、不安──あらゆる感情が波のようにエマを襲う。

 苦しむノノに声をかけようとする────。


「少しでも触れたら彼女を殺す」


 その声を聞いて、エマは不思議と懐かしさを……心地良さを感じた。

 初めて聞いたはずなのにどうしてなのか?


 椅子が回転して声の主がその姿をエマたちに晒す。


 想像を絶する滑らかさと処女雪のように一切の色彩が存在しない純白の髪。

 深淵を覗いているかような、悍ましい闇が渦巻く真紅の瞳は死を纏っていた。絶望的に整った面貌は見る者に死の甘美を強制的に刻み込み、自らの手で死を選択してしまいそうになる。その存在は『死』という概念を体現していると言っても過言ではない。


 その女性を見た瞬間にエマの全身が、否、魂が激しく震える。

 それは何か?

 歓喜、そう歓喜だ。

 幾星霜の刻を越えて巡り会えたかのような、果てしない歓喜に魂が揺さぶられる。

 しかし、過剰な反応をしているのは『エマ・ムエルテ』ではなく『死』の方だ。


 女性は悪意が一切存在しない純粋な微笑みを浮かべた。


「その眼、想像以上に馴染んでいるようだね」

「……そういうことですか」


 右眼に指を這わせて、エマは全てを理解する。

 なるほど。そういう理由なら『死』の部分が子どものようにはしゃいでいる事にも説明がつく。


「この場で抉り取ってお返ししましょうか?」


 エマの言葉に女性は肩を竦めて、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「遠慮しておくよ。ご覧の通り眼は十分に足りてる。そもそもその眼は私の物ではあるが、私の物ではない。それに肝心の部分は君と完全に統合されている。──エマ・ムエルテ、君こそ正真正銘の『死』だ」

「そうですか。そんなことよりノノちゃんを解放してくれませんか?」


 未だに苦しむノノを一瞥して、エマは青筋を浮かべる。ノノにこれ以上の危害が加えられるのを考慮して、冷静さを演出しているが既にはらわたは煮えくり返っている。女性は初対面でエマの逆鱗に触れているのだ。


「彼女は人質だ。君が私の言うことを素直に聞いてもらうための」


 そう言って、女性はエマの前に手を出した。芸術品かのように美しい手。整い過ぎて造り物感が否めない指は曲げられていて、透明な何かを掴んでいるみたいだ。

 事実、女性はある物を掴んでいた。


「今、彼女の心臓を掴んでいる。苦しんでいるのはそういうこと。少しでも逆らえば握り潰す」

「……分かりました」


 女性が手を下げると、ノノを縛りつけていた苦しみが嘘のように無くなった。

 エマは安心させるようにノノに目配せをする。

 二人の従順な姿に満足したように頷いてから、女性は「失礼。まだ名乗っていなかった」と苦笑して言葉を続けた。


「──フリティラリア・アルビオン。君の敵であり、安寧の敵だ」



×××



 舞台はエーギルラーン社から麻薬栽培場へ。


 フリティラリアに連行されてやってきた場所にて、エマとノノは拘束されているオルコット、ラジフラス、ロアの三人を見つけた。

 彼らの周りには機関銃を構えた黒服たちが居た。


「仲間の元へ行くといい」


 柔らかい口調だが、命令と同義の言葉にエマたちは逆らえずにオルコットたちと同じ場所に収まる。


「お、おい、エーギルラーン社に行ったんじゃないのか?」

「行きましたよ。その結果がこれです」

「──っ。なぁ、それにあの女……まさか」

「署長さんは真実を言ってました。彼女は埒外の存在です。そして、私と同種の異常者です」


 ここでようやくオルコットはエマが最高に沸騰していることに気が付いた。理性という蓋で必死に押さえているが爆発寸前だ。


「流石、『死神』! あのエマ・ムエルテとノノ・オリアン・クヴェストをあっさり捕まえるなんて!」

「ラディム。その呼び方はやめろと何度言えば分かる?」

「申し訳ありません。フリティラリア様」


 急にフリティラリアを称賛し出した身なりの良い男が、エーギルラーン社の社長だとエマは直感で当てる。


 罠なのは確かだった。

 本来の社長ではなく、フリティラリアが居てエマとノノはあっさりと身動きを封じられた。

 状況を見るからにオルコットたちも罠に嵌ったのは間違いない。


 恐らく、署長を尋問していた時点で署内の内通者が情報をリークしたのだろう。

 手際は良く、人員配置も最適解。

 完全にしてやられた。


「お前、だ……」


 掠れた呟き。

 ロアは眼を大きく見開き、ただ一点──フリティラリアを凝視していた。

 フリティラリアはロアを見て心底嬉しそうに手を合わせた。


「あぁ! 随分と大きくなりましたね! ご両親もさぞかし喜んでいるでしょう。自分達の死と引き換えに死を免れた貴女の成長を」

「お前ぇぇぇ──!!! 殺してやる! 殺してやる! 絶対に殺してやる!」


 煽っているとしか思えないフリティラリアの言葉にロアは怒り狂う。拘束されているので動けるはずはないのだが、あまりの剣幕にラディムを始め黒服たちが一歩下がる。


「あぁ、素晴らしい殺意」


 身を焼き滅ぼすが如き殺意を浴びて、フリティラリアはうっとりして吐息を溢した。

 その様子を見ていたオルコットが思わず呟く。


「やっぱり似てるな」

「むぅ……」


 自覚があるエマは何も言えない。

 怒りで発狂するロアを堪能しているフリティラリアに代わり、ラディムが声高らかにエマ達の前に立った。


「初めまして、エマ・ムエルテ、ノノ・オリアン・クヴェスト。僕はエーギルラーン社社長ラディム・ヴァルチーク。そして、偽物の『死神』を殺す者さ」

「………………」

「けどね、僕は正直言って称賛しているんだよ。エーギルラーン社に刃向かったばかりか、この場所に自力で辿り着くなんてね。本当に凄いよ。まあ、その結果死ぬんだけど」


 それまで口を噤んでいたラジスラフが険しい表情でラディムを睨みつけた。


「自分が何をしたのか分かっているのか? ラーゲンフェルトさんを始めとして罪の無い人を何十人も殺したんだぞ」

「罪ならあるさ。エーギルラーン社の利益を損ねかねない行為をした。この会社は特別なんだ。あらゆる大物との繋がりがある。君たちは莫大な利益を生む大物と小銭程度の利益しか生めない小物、どっちを生かす? 当然、前者でしょ?」


 ラディムの人間の尊厳を無視した暴論にラジスラフの頭は怒りで真っ白になる。

 その間もラディムは悪意に満ちた言葉を、ラジスラフにではなくロアに向けて放った。


「お前、ラーゲンフェルトの娘なんだ。アイツは筋金入りのバカだったよ。黙っていれば良かったのに、これは犯罪行為だ、世間に公表すべきだ、って。麻薬、銃火器の密輸、人身売買。そうさ、どれも犯罪だ。でもね、こんなのどこだってやってるし、何より莫大な利益が得られるんだ。結果を見てみろよ。今やエーギルラーン社は帝国海運業のトップだ。ラーゲンフェルトは薄っぺらい正義を振り翳すことしか出来ない無能だっんだよ」


 ラディムは悪辣に笑い、ロアに向けて手を伸ばす。


「両親と同じ目に遭わせてやるよ。フリティラリア様から頂いた力で殺してやる。凄いんだ。触れた相手を老化させることが出来るんだ。中身だけを老化させれば、あっという間に外傷の無い死体の出来上がりさ」


 その瞬間、突如として麻薬畑が爆発する。

 続いて工場らしき建物も爆発。

 地面を揺らす衝撃、鼓膜を震わせる爆音、そして煙を吐き出しながら広がっていく火の海。

 急転直下の出来事に黒服たちは狼狽して統率力を失う。


 それを好機と判断したエマはすぐさま大鎌を創造して、フリティラリアに襲いかかった。

 彼女は悠然とした態度でエマの一撃を受け止めた。


「万全の状態ならともかく、今の君では少々力不足だ」

「────っ」


 図星を突かれてぐうの音も出ない。

 フリティラリアは華麗な足蹴りで、エマから得物を叩き落として無力化する。

 エマの胸ぐらを掴み、もう片方の手は先程のように何かを掴む形に構えた。


「協力してくれて感謝するよ」


 フリティラリアが拳を握ると黒服たちが一斉に吐血して地面に次々と倒れ込んだ。個人差はあるが平均数十秒の痙攣の後に一人として動かなくなる。

 生命の活動を完全に停止したのだ。


 エマは彼女の行動の真意を即座に理解する。

 そして、真実に辿り着き驚愕の色を露わにした。


「まさか、最初から……」

「ラディムが社長になってから、あらゆる事において杜撰さが目立つようになってね。こちらとしても飽きていたところだった。とはいえ、長年遊んだ玩具だ。ただ壊すのは勿体無いと思って君たちを呼んだ。期待通り、以上の物を見せてもらったよ。私の遊びをいくつも潰しているだけはある」


 フリティラリアは懐から注射器を取り出して、エマに刺した。液体が血管を通って全身に回り始める。


「細やかなお礼だ。ここで取れた代物、存分に味わってくれ」


 フリティラリアは微笑んでエマを投げ捨てる。

 受け身すら取らず、眼の焦点が合っていないエマに縋り付くノノ。

 彼女の元にフリティラリアは迫り、エマと同じように注射器を刺した。

 あっという間に崩れ落ちるノノ。

 その様子を見て叫ぶオルコットとラジスラフ。二人は手足を拘束されているため身動きが取れない。

 彼らに興味はない。が、動かれたら面倒なので一応注射器を用いて沈黙させる。


 フリティラリアの視線はロアに向けられていた。

 彼女の前にいるラディムは硬直しており、動く気配が無い。

 違う。動かないのではなく、動けないのだ。


「な、なんだ……?」


 ラディムは気付かない。

 自身が五本の魔力糸によって拘束されていることを。

 ロアもまた拘束されている。しかし、彼女は指先が動けば十分なのだ。


「お前がパパとママを殺した一人か!!!」


 ラディムの腕や脚が徐々に捻れていく。呻き声が溢れ、自力で元に戻そうとしても糸の拘束力からは逃げられない。

 やがて関節は可動域を超えて、砕けた音が体内で響き渡る。

 絶叫が燃え続ける空間にこだまする。


「絶対に許さない! 惨たらしく殺してやる! この世に生まれたこと、パパとママを苦しめたことを後悔しながら死ね!!」

「や、やめ……」


 首が捻れ始める。

 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。

 これから訪れる死を限界まで際立たせるために。


 ラディムの顔が涙や鼻水で汚れる。

 どんなに泣き叫ぼうとも命乞いをしても、首は捻れ続ける。


 やがて、首の骨が軋み始めた。

 これ以上はダメだ。止めろと言っているようだ。

 しかし、復讐に燃える少女は決して慈悲など与えない。


「あ、あぁ……あ、やめ────」


 糸が切れてそれは地面に転がる。

 手足の関節は逆方向に曲がり、首は真後ろまで捻れた歪な亡骸。

 それを眺めて、ロアは薄っすらと笑った。


「パパ、ママ。……ロアはやったよ」


 すると、拍手が聞こえてきた。

 ゆっくりと、復讐を遂げた少女を労わるような音色。

 しかし、ロアにとっては全くの逆効果だった。

 復讐の愉悦をいとも簡単に消し去ってしまう憎悪が再びロアの身を焼き焦がし始めた。


「次は……お前だ……殺してやる……絶対に」


 一部始終を見て、満足そうに真紅の瞳を細めているフリティラリアをロアは睨みつけた。

 彼女の悍ましい憎悪さえもデザートと言わんばかりに楽しむフリティラリアはしゃがんで注射器を取り出した。


「それは難しいです。私と貴女とでは存在している世界が異なります」


 優しく、労うようにロアの腕の血管に注射器を刺した。

 麻薬に脳が、全身が犯されるよりも早く元凶を殺すために魔力の糸を編み込む──が、糸はフリティラリアに届く前にほつれて消えてしまう。

 先のラディムに使った魔力の糸ですら限界を超えた行使だった。

 脳の過剰負担に神経が耐え切れずに悲鳴をあげたのだ。


「あ、があ……おま……え……」


 ロアは鼻から大量の鮮血を流しながら、真っ赤に染まった瞳でフリティラリアを意識が断裂するその瞬間まで睨みつけていた。



×××



 多くの者の命と血を吸い取った麻薬畑は、一度火がついてしまえば呆気なく灰になってしまう。

 轟々と膨れ上がり広がっていく炎を一瞥し、倒れているエマを始めとした五人を眺めてフリティラリアは微笑む。


「もし、機会があればまた遊びましょう」


 計五本の注射器を捨てて、フリティラリアは純白の髪をなびかせて闇の中へ消えていった。



×××



 意識が朦朧としている。

 脳が蕩けそうな程の幸福感に包まれ、身体に走っていた痛みが無くなっていく。

 金色の瞳に映る世界はカラフルに彩られ、縦横無尽に形状が変化している。

 

 こんなにも心地良い気分になったのはいつ以来だろう?

 もはや肉体はこの快楽に溺れてしまい、溶けて原型が無くなっている。

 意識は徐々に悦楽の底に沈んでいく。


 その時、手が見えた。

 伸ばされる手は、ありとあらゆる快楽を犠牲にしても取る価値があるモノだ、とエマ・ムエルテは理解する。


 エマ・ムエルテの奥底に封じ込められている『死』が訴える。


 この程度の快楽でエマ・ムエルテは堕落しない。

 この程度の幸福感でエマ・ムエルテは溺れない。

 この程度ではエマ・ムエルテは殺せない。


 エマは微睡みの中で手を伸ばす。

 その手に触れた瞬間。


 エマは覚醒する────。


「ゔぅ、ゔゔゔぅぅぅ……」


 麻薬によって身体は満足に動かない。

 多少マシになった視界は赤一色だ。

 それなのに全身は凍りつくように寒い。


 エマは身体を強引に動かす。

 腕一本、それだけでいい。


「あ゛あ゛ああああっ」


 魔力によって創造した歪なナイフ。

 それを落とさないように握りしめて、自分の喉に突き刺そうとする。

 ここで自ら命を断てばエマは五体満足で復活することが出来る。

 身体は幾分か幼くなってしまうが、他の四人を連れてここを脱出することが叶う。


 覚悟は既に出来ている。

 寧ろ、自分を殺すという滅多にない機会に幾分か興奮すらしていた。

 その時だった。


「お願い……やめて……」


 聞こえた声にエマの動きは止まる。

 彼女の金色の瞳が捉えたのは涙を流しながら、こちらに手を伸ばすノノの姿だった。

 が、次の瞬間に意識はブレて、次に見えたのは意識を失い倒れているノノ。


「……私は愚かですね」


 エマは喉に構えていたナイフを自らの太ももに突き刺した。


「ゔぐぅ……ゔぅ……」


 瞬間的に襲ってくる激しい痛み。

 麻薬がもたらす快楽が一気に弾け飛んだ。加速的に思考が鮮明になっていき、身体が熱を帯びる。


 エマはゆっくりと立ち上がる。

 倒れている四人を見つけて、どうやって連れ帰ればいいか考える。


「ロアさん、貴女の得意技を借りますよ」


 何とかして魔力を編む。

 出来上がったのはロアの紡ぐ糸とは比べ物にならないくらい酷い出来栄え。

 とにかく倒れている四人を引っ張れる機能があれば十分だ、とエマは自己完結する。


 糸をそれぞれにつけてからエマは動き出す。

 脚からは鮮血が止めどなく流れ、痛みが歩行を邪魔する。

 こうしている今も火の手は広がっていく。

 若干の焦りに背中を押されながらエマは進む。



「──フリティラリア・アルビオン」


 エマは生まれて初めて己が敵を見つけた気がした。

 この手で殺さなければならない敵。

 同一の存在。

 『死』と『死』。

 出会った時に互いに理解しただろう。

 同じ存在は二人も要らない。


 エマは狂気に満ちた笑みを浮かべていた────。

 

 

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