case10-12 『闇の奥』
「署のトップも取調室に詰め込まれてしまったら威厳が無くなってしまいますね」
取調室の椅子に座っている署長を隣室の窓から眺めていたエマが呟く。
署長からはエマたちの姿は見えていない。そういう仕組みの窓なのだ。
「さて、これから取り調べになります。仲良く全員で話を聞くのも一興かもしれないですが、署長さんの精神的消耗を考慮して人数を限定しましょう」
「それなら俺に行かせて欲しい」
挙手したのはラジフラスだ。
現役の刑事である彼は適任だろう。
一応、エマは質問をした。
「自分の所属している組織の闇を直視する覚悟はありますか?」
「覚悟とかそういうのは柄じゃないな。それに最近老眼気味でな」
白髪混じりの髪をさすりながら、気の抜けた笑いを浮かべる。言葉と態度は軽いが瞳は覚悟を決めたように鋭い光を灯していた。
エマは頷き、ノノに顔を向けた。
「ノノちゃんも取り調べに参加してください」
「承知致しました」
「残り組はここで成り行きを見ていましょう」
オルコットは頷いてスーツの内ポケットからメモ帳を取り出して、情報を書き留める気満々だ。
ロアは鼻を鳴らして、壁に背を預けてフードを深く被り直す。
ラジフラスとノノは互いに軽く会釈をしてから取調室へと入室した。
署長は一瞬驚きを露わにする。
自分の部下に取り調べられるとは予想していなかったのだろう。
二人は椅子に座る。ラジフラスは気の抜けた笑いを浮かべ、ノノは署長の動きをさりげなく観察しながら話しやすいように柔らかい雰囲気を作っている。
最初に発言したのはラジフラスだった。
「まさかお前とこんな形で対面するとは思わなかったな」
「………………」
「同期だっていうのに、お前は瞬く間に出世して今や署長。俺は署の厄介者。こうして思うと随分と差が着いたもんだ」
「それは皮肉か?」
署長が怪訝な面持ちでラジフラスを睨みつけた。瞳の奥にあるのは敵対心、いいや、恐怖心に近いモノが宿っていた。
「警察学校時代、私の成績は下から数えた方が早く、お前はトップの成績だった。本来の実力なら署長のポストにはお前が居ただろうな。だが、現実は違った。理由が分かるか?」
「出世欲の有無だろ。俺は出世には何の興味もない」
「その通りだ。そして、それこそがお前の誤ちなんだ、ラジフラス」
「何?」
拳を机に叩きつけて、歯を剥き出しにしながら署長が吠える。
「正義を成すためには力が必要だ! 大きな力を得るためには上に行くしかない! 私はそのために身を汚したんだ! 全ては正義を成すため! お前はどうだ!? 目先の事件にばかり固執して、街全体の平和などお構いなしだ! 能力ある者は個ではなく全体を守ることに全霊をかけるものだ! お前は自身に与えられた使命を放棄しているんだぞ!」
唾を飛ばしながら自論を展開させる署長。
それに対して、ラジフラスは怒りの形相を浮かべゆっくりと机の上に肘を置く。あまりの凄みに署長の喉から小さな悲鳴が漏れた。
「一つの事件も満足に解決できない正義があってたまるか。そんなもん今すぐ捨てちまえ」
「────っ!」
「本題だ。今回の事件、十分な検証も終わっていなかったにも関わらず事故死で片付けようとした?」
切り込むラジフラス。
来ると分かっていた質問だが、いざ来ると答えが言えないようで、署長は額に脂汗を滲ませながら口をもごもごと動かしている。
中々話し出さない署長に対して、ノノが優しく声をかけた。
「今、色々な不安や恐怖を感じていると思います。それに打ち勝つのは大変かもしれません。でも、勇気を出して話していただけませんか?」
「ノノ様」
「私は、私たちは貴方の正義を信じています」
殺し文句だった。
正義を成すために全てを捧げてきた署長にとって、ノノの言葉は何よりも心に響いた。
彼女の言葉を、期待を裏切ることは、これまでの自分を裏切ることと同義だ。
それ故に署長は己が正義を果たすために真実を口にした。
「今回の事件、エーギルラーン社からの依頼で事故として処理しようとしていた」
署長の口から例の企業が出てきて、ラジフラスの拳に力が入る。
「なぜ、その会社の言いなりになる? 相手は一般企業だろ?」
「ただの一般企業じゃない。大物実業家、貴族、帝国軍将軍クラス──権力者との太いパイプを持っているんだ。その中には警察関係の重役もいる。逆らえるはずがないだろう」
「一体いつから、エーギルラーン社の言いなりになっていたんだ?」
迫るラジフラスに署長は首を横に振る。
「それは私にも分からない。私は選ばれただけで……ただ、前署長の時にはすでに繋がりはあった。その頃から事件の揉み消しは行っていたのは確かだ」
「前署長……じゃあ、ラーゲンフェルト家の事件もか?」
「ああ、そうだ」
ラジフラスは湧き上がる怒りを理性で押さえつけながら平静を装う。
エーギルラーン社との接点が明らかになったのは大きな収穫だが、これ以上の情報は得られないと判断した。
結局のところ署長は都合の良い駒でしかない。
話を切り上げて退席しようとするラジフラスとノノに、署長が待ったをかけた。
「聞いてくれ! エーギルラーン社も所詮は操り人形だ! 黒幕が居るんだ!」
「それって、女か?」
「は!? え!? 知っているのか!? そうだ、女だ! 月に一度エーギルラーン社の社長と会食しているんだが一度だけ会ったんだ。大株主と社長は言っていたが絶対に違う。アレは人間じゃない……あまりにも恐ろしい何かだ。直感で分かった。あの女が黒幕、元凶だと」
「ご大層に煽ってくれるが、生憎と俺たちは容姿も何も知らないんでね。どう警戒すればいいか分からないと来てる」
署長は全身を恐怖で震わせながら警告する。
「見ればすぐに分かる。あの女にだけには関わるな……関わったら最後だ」
×××
取り調べを終えたエマたちはラムキン署の入り口で今後の行動を再確認していた。
署内の居心地は今や最悪だ。
どこに居ても敵を見るような視線が飛んでくる。
したことを考えれば、当然かもしれないが。
「所長さんの証言により、エーギルラーン社の関与が確定になりました。はい、拍手」
エマの合図によって拍手するのはノノだけ。
オルコット、ラジスラフは苦笑いを浮かべ、ロアは舌打ちをする。
ノリの悪い面子に肩を竦めてから、
「では、私とノノちゃんはエーギルラーン社を探ってみます。あと死因についても」
「俺たちは例の山に行ってみる」
「お願いします。何か分かったらミーミルちゃんで情報共有してください」
「分かった。気をつけてな」
「そちらも」
再確認を終えてから、それぞれ行動に移し始めた。
×××
オルコット、ラジフラス、ロアは被害者が登った山に来ていた。
この山に何かがあることは、もはや確定していると言ってもいい。それがエーギルラーン社に繋がっていることも。
とりあえず頂上を目指して進んでいく。
幸いなことに多少の整備はされており、初心者でも道に沿って歩けば迷うことなく頂上へ行けるようになっていた。
昼下がりということもあり、眠気を誘う木漏れ日が降り注ぐ。耳を澄ませば自然の唄声が聞こえてくる。プライベートで来ていたなら、相当なリラックス効果になるだろう。
だが、オルコットとラジフラスはそこそこ険しい表情をしている。それもそのはずで二人はスーツ姿である。登山、ハイキングにはとても適した格好とは言えない。
それに対してロアは難なく進んでいく。
斜面もそこそこで、足場だって決して良いとはいえない。加えて、彼女は大怪我を負っている。
「なぁ、何でそんな楽そうなんだ?」
「恐らく魔術で身体を強化しているんですよ」
額の汗をハンカチで拭きながらラジフラスが先を進むロアの背中を見て呟く。
彼の疑問にオルコットは反射的に答える。
「魔術、か。俺にはさっぱりの世界だ」
ロアは立ち止まり、身体を後ろに向けて呆れたように視線を落とす。
「遅い」
「しょうがないだろ。こちとらジジイなんだ。少し休憩させてくれ」
「そんなことしている暇あるの?」
「効率を考えるなら、ここで休憩するのが一番なんだ。お前さんだって怪我人だ。あんまり無理すると傷に響くぜ?」
ラジフラスの提案をロアは渋々受け入れた。
少し進んだところに休憩に丁度いい場所があった。
それぞれが休憩をしていると、ロアが珍しくラジフラスに話しかけてきた。
「ずっとパパとママの事件を追っていたの?」
ラジフラスは沈痛の表情で頷いた。
「大した成果は得られないまま、十年も経っちまったけどな」
「なんで……?」
「約束したからな。お嬢ちゃんの親を酷い目に合わせた奴は必ず捕まえるって」
「────っ」
大きく眼を見開いたロア。
彼はあの時、交わした約束を果たすためにこの十年を費やしていた。
自分以外の者にとって風化していくだけの両親の死。
しかし、彼は違った。
この瞬間、ロアは独りで戦っていなかったことを知ったのだ。
「──ありがとう」
自然と口から溢れた言葉。
あまりにもか細くて、残念ながらラジフラスの耳には届いていなかった。
「何か言ったか?」
「…………。恥知らずと言ったことを謝る」
「気にしてないさ。事実だからな」
休憩を終えて、再び進み始めた三人。
それから小一時間で無事に登頂。思ったよりも標高の低い山で一安心する。
だが、不審な点は特に見当たらなかった。
「この山に何かあると思ったんだけどな。見当違いか?」
オルコットはメモ帳を眺めながら首を傾げる。
その様子を見ていたロアが剣呑な口調で苦言を呈した。
「これで何かあったら大量殺戮もいいところだ」
「え?」
「お嬢ちゃんの言う通り。今、俺達は普通に登ってきただけ。この時点で問題があったら登山者全員殺さないといけなくなるぜ」
「あ、そっか。てことは……可能性としては被害者はどこかで道を誤ったのか?」
ある程度整備されているとはいえ、山道は分かりにくい。現にオルコットたちも何度か道を間違えそうになった。
「恐らく、間違った道の先に答えはあるだろうな」
その後、オルコットたちは下山しつつ、あえて間違った道を選んで進むことにした。
完全に迷ってしまわないように、ロアが魔力の糸を編んで正規ルートにある木に巻きつけてくれた。迷ったら糸を辿れば良い、ということだ。
かなりの時間がかかった。
間違えそうな道がいくつもあったからだ。
それを虱潰しに進んでいく。
オルコットたちが真実の道を引き当てたのは日没間近のことだった。
その道は最初こそ山道と言える代物だったが、次第に自然さは失われ、明らかに人工的な整備がされている様子だった。
オルコットとラジフラスは拳銃を構えて慎重に進む。二人の間にはロアがいる。丸腰の彼女を守るための陣形だ。
そして、それは三人の視界に飛び込んできた。
辺り一帯に咲き誇る美しい色をした花。それはとても自然に生えたものではなく、綺麗に植えられていた。
「おいおい、嘘だろ」
「こりゃ、流石に……」
オルコット、ラジフラスは驚きのあまり言葉が漏れる。ロアはその花が何であるかを察して表情を強張らせる。
「麻薬……そういうこと」
この瞬間、全てが繋がった。
エーギルラーン社はここで麻薬を栽培し、自社の輸送船を使い他国に密売しているということだ。
被害者達は運悪くここに辿り着いてしまい、口封じで殺されてしまった。
ロアの父親は大規模犯罪をリークしようとして、母親共々殺されたのだ。
ロアは血が流れる程拳を握りしめて、怒りを露わにする。
「こんな、こんな下らない事でパパとママは……」
その瞬間、オルコットとラジフラスは気配を感じて拳銃を構える。
しかし、それが無駄な抵抗ということを知った。
現れたのは機関銃を構えた無数の黒服。
銃口は一つ残らず三人に向けられている。少しでも抵抗すれば機関銃は火を噴いて、オルコットたちをたちまち蜂の巣にしてしまうだろう。
拳銃を地面において、両手を挙げる。
すると、黒服の間から一人の男が前に出てきた。
綺麗な顔立ちをしており、高級スーツに身を包んでいる。腕には高級腕時計。この様な場所には似つかわしくない風貌の男だ。
「初めまして。僕はエーギルラーン社社長、ラディム・ヴァルチーク。ああ、君たちの名前を覚えるつもりはないから自己紹介は遠慮させてもらうよ」
「社長……っ!」
「まぁ、色々と思うところはあるだろうけど、君たちにはしばらくこのままでいてもらうよ。役者が揃っていないから」
「どういう意味だ?」
オルコットの問いに、ラディムは口元を歪めながら大きく腕を広げた。
「エマ・ムエルテ、ノノ・オリアン・クヴェストの事さ! しかも、二人をここへ連れてくるのは『あの方』なんだ!」
「あの方?」
ラディムの笑みがより深まる。
「君たちは幸運だ。人生最後の日に本物の『死神』と会うことが出来るんだから」
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