case10-11 『崩壊の正義』


 ラジスラフお気に入りの店で料理をテイクアウトしてから、やってきたのは公園だ。

 芝生の上に座りながら、エマたちは昼食を食べ始める。

 五人で仲良くご飯を食べている姿は、見る者からすれば家族の憩いの時間に見えるかもしれない。

 その内二人は大怪我を負っているが。


「で、さっきのはどういうこと?」


 フードの奥から覗く瞳でラジスラフを見つめ、この場にいる全員が聞きたかったことをロアは質問した。

 ラジスラフは周りを警戒する。近くにいるのは子ども連れの親子と犬を遊ばせている女性だけだ。


「例の海運会社──エーギルラーン社はラムキンの権力者やマフィア、麻薬カルテルといった連中と癒着している」

「いきなりきな臭いですね」


 ノノに昼食を食べさせてもらっているエマが反応する。

 麻薬や銃火器を会社のルートを使い秘密裏に他国へと流す。それによって発生する利益の幾らかを輸送費、口止め料として受け取っているのだろう。

 会社としては莫大な利益と強力なコネクションを得ることが出来る。発覚すれば全てが終わる、ハイリスクハイリターンな話だ。


「それは確かなことなんですか?」

「単なる噂と言う奴もいるが、俺は事実だと睨んでいる。そういう疑いは過去に何度も出ていて捜査を行おうとする度に邪魔が入る」

「邪魔?」

「俺たちのボスも犯罪の片棒を担いでいるんだよ。エーギルラーン社が関与している事件は圧力がかかって捜査が、パツン、と打ち切られちまうんだ」


 ラジスラフはロアの方を一瞥し、悔しそうな表情を浮かべた。

 ラーゲンフェルト家の事件も捜査は強制終了。ラジスラフは何度も上に再捜査を頼んだが結果は何も変わらなかった。

 挙げ句の果てに警察内では冷遇されて、辛酸を舐める日々を過ごしてきたのだ。


 警察まで犯罪に関与していることを知ったオルコットは驚愕し、怒りで身体を震わせた。


「正義を遵守するのが警察の本懐なのに、犯罪に加担しているなんて……絶対に許される行為じゃない!」

「若いのと同じ気持ちを俺は抱いた。だが、一介の公務員のジジイが出来ることには限界があった。必死に足掻いてみたがすっかり枯れちまったよ。でも、お前さんたちが来てくれた時から賽の目は変わり始めている」


 ラジスラフは拳を堅く握り締めて、エマたちに頭を下げた。


「ラーゲンフェルト家の事件。この十年間ずっと追い続けていたんだ。必ず解決したいんだ。どうか、力を貸して欲しい」


 それは一人の男の十年分を込めた頼みだった。

 後悔、憤慨、焦燥、落胆、諦念──あらゆる感情を抱きつつ、それでも真実を見つけようと足掻いてきた男に舞い込んできた千載一遇の好機。

 絶対に逃すわけにはいかないのだ。


「もちろんです。俺たちはそのためにここに居るんです」

「はい。我々は権力の圧力には決して屈しません。真実を必ず解き明かします」

「腐敗して悪臭を垂れ流す存在の息の根を止めましょうか」


 各々が決意する中、ロアだけは無言を貫いていた。

 ただ、その瞳にはラジスラフの姿がはっきりと映っていた。


「まぁ、意気込んでなんですがエーギルラーン社が完全にクロとは言えないのが現状です。なんせ証拠がありませんから。状況証拠は真っ黒なんですけどね」

「お嬢ちゃんの言う通りだ。今は憶測、ジジイの妄想でしかない」

「とはいえ、話を聞きに行く理由もない。私たちはあくまでも今起こった事件解決のために来ていますから」

「目の前の事件に集中、ということですね」

「ノノちゃんの言う通りです。焦らず着実に真実を紐解いていきましょう」


 一旦、ラーゲンフェルト家の事件は置いておき、連続不審死に意識を向ける。

 すると、オルコットが手を挙げて発言する。


「そうだ。被害者たちの共通点が一つ見つかった」

「本当ですか?」


 昨夜、ホテルにて事件の資料を隅々まで読み漁った結果、見つけた共通点。もっと早く話したかったのだが、エマとロアの件で頭が占拠されてすっかり失念していた。


「被害者たちは亡くなる数日前にハイキングをしていた。それも同じ山だ」

「山、ですか。もしかしたら山に死の原因が隠れているかも知れませんね。因みにロアさんのご両親はハイキングなどは?」

「黙……していない」


 エマの声に反射的に拒絶してしまうロア。形式上、協力していることもあって自制心を懸命に働かせている素振りはあるが、一朝一夕でどうこうなるものではない。


「不可思議な死因、ラーゲンフェルトさんの告発、エーギルラーン社の関与、ハイキング、そして、被害者はなぜ被害者になったのか。点と点は出てきています。繋げればきっと綺麗な線が浮かび上がるはずです」

「俺はその山に行ってみる」

「付き添うぜ。山登りはジジイにはちとキツイかもしれんが」


 オルコット、ラジスラフが山の調査をかって出た。

 怪我している者に負担をかけないための配慮である。


「では、私とノノちゃんは死因を解明します」

「未だに魔術かどうかもあやふやですから、そこだけでも結論を出すように心がけます」

「それで、貴女はどっちにします?」


 エマはロアに問いかける。

 彼女は即答できずにいた。山登り組は彼女の方を見て首を横に振って来るなと言っている。

 もう一つの組は大嫌いな奴等が揃っている。一緒に行動するのは吐き気がする程だ。


「ロアは一人で行動する」

「それは無理な話ですね。まぁ、怪我していますし、魔術にも造詣がありそうなので私達と来てください」

「ふざけるな。お前たちと行動するくらいなら、覗き魔たちと行動した方がマシだ」


 不愉快そうな顔をするロア。

 肩をすくめるエマは男二人に視線を向ける。


「と、言ってますけど?」


 オルコットは少々困った表情を浮かべながら、心配混じりの声色でロアに話しかける。


「その怪我で山を登るのはキツいんじゃないか?」

「頭痛と吐き気と倦怠感、あちこち痛くて、腕の骨が折れているだけ。脚は問題無い」

「どう考えても問題だらけだ!」

「うるさい! ロアが決めたことに口を出すな!」


 結局、ロアはオルコットたちと行動することになった。



×××



 それぞれが行動を起こす前に一度警察署に戻ってきた。

 すると、署長がエマたちの元へやってきた。その顔を見て、ラジスラフの顔色が曇る。

 署長はエマに愛想笑いと申し訳無さそうな顔を見せた。


「実は今回の件、事件性は無しと判断されて事故で処理となりました。エマ様並びに皆様にはご足労頂いたというのにこの様な幕引きになってしまい大変申し訳ありません」


 瞬時に全員が理解した。

 誰かが事件の真相を闇の中に葬ろうとしている。これ以上、探られるのを嫌がっている。

 このタイミングで捜査終了するのは出来過ぎだ。


「はぁ、そうなんですか。ラムキン署の意向は理解しました。ですが、こちらとしては気になる点が幾つか残っているので捜査は続行します」

「そ、それは私としては構いませんが、部下たちがどう思うか……。事故と判断した事件を捜査するのは、すなわち我々の出した結論を疑っているということ。懸命に捜査し導きだした部下たちから反感を……いだだだだっ!?」


 言い訳をしていた署長の腕が急に捻り上がる。痛みに驚愕する顔を見るに自作自演では無いことは確かだ。

 彼が急な奇行をし始めた原因はロアだ。

 左手から伸びる魔力の糸で上司を操っている。人形を人間の様に操っているのだ、人間を操るなど造作もない。その破壊の仕方も。

 未だ尾を引く『契約』の代償にロアは苦痛に顔を歪めながらも言葉を口にする。


「部下が判断? 嘘を言うな。誰の指示だ? お前か? それとも別の奴か? 吐かないとお前の手足が全て逆方向に曲がるぞ」

「こ、小娘が……!」


 変化が起きた。

 その場に居た警官たちがエマたちに向けて銃を構えていたのだ。表情は険しく、少しでも動けば発砲してきそうな勢いだった。

 困惑の汗を滲ませるラジスラフ。


「おいおい、冗談だろ? お前ら何してんだ?」

「それは我々の台詞だ! 署長を今すぐ解放しろ!」

「第三皇女直轄の特殊部隊といえど、この蛮行は看過出来るモノじゃないぞ!」


 ラジスラフは気付く。

 客観的に見たら危険人物は署長を襲っているエマたちだ。

 銃口を向けている警官の何割かは本当に危険だと判断しての行動だ。しかし、別の理由で引き金に指をかけている警官がいるのは紛れもない事実。

 ここまで腐敗が進んでいたとは思っていなかったラジスラフの眉間に深くシワが刻まれる。


「気持ちは分からないでもないですが、もう少し様子を見てから行動してくださいよ」

「黙れ! 遅かれ早かれコイツには全て吐いてもらう! なら、今すぐに吐かせたほうが楽だ!」


 あまりにも直情的なやり方に開いた口が塞がらない、といった様子のエマは嘆息してから、ノノに目配せをする。

 ノノはロアの肩を優しく叩く。触れられたことが余程不愉快だったらしく、ロアは勢いよく振り向き、噛み付く勢いで暴言を吐こうとする。

 が、それよりも早くノノの人差し指がロアの眉間に触れた。その途端にロアの意識は暗闇へと沈んでいき、身体は膝から崩れ落ちる。


 拘束から解放された署長は身体の至る所を確認してから、極めて不愉快そうな表情を浮かべていた。

 エマは彼に向かって頭を下げた。


「今のは彼女がやり過ぎました。彼女に代わって謝罪します。大変申し訳ありませんでした」

「ま、まぁ、エマ様がそこまで仰るなら今の蛮行については目を瞑りましょう」


 顔を上げたエマは微笑みながら言う。


「ありがとうございます。では、話を戻しましょう。私たちは捜査を続行します。署長さんには色々と話を聞きたいんですが、よろしいでしょうか?」

「これだけのことをしておいて図々しく捜査を続けると?」

「おや? 瞑った目はもう開いてしまったようですね」

「茶化すのはやめて頂きたい」


 面倒臭そうにエマはこめかみを小突く。

 

「ご存知だと思いますが、私たちには捜査権限が与えられています。なので貴方たちの許可は必要ありません。しかし、こうして許可を得ようとしているのは貴方たちの将来を慮っているからなんですよ?」

「………………」

「今回の連続不審死、事故なら結構。しかし、殺人事件だった場合、事故と判断して捜査を打ち切ったのは怠慢だなんだと言って報道機関は貴方たちをこれ見よがしに批判しますよ」


 署長は額に汗を滲ませて、生唾を飲み込んだ。エマが描いた未来を想像してしまい、身体が若干震えていた。

 明らかに動揺している署長にだけ聞こえるようにエマは呟く。


「それに黒い噂知ってますよね? 真実か否かは既に問題ではありません。そんな噂が出回っている時点で崩壊は始まっているんですよ。そこに加えて報道機関からのバッシングの嵐。市民からの信用は地に落ち、抑止力として機能しなくなり犯罪は増加するかもしれません」

「…………………」

「その責任を負うのは果たして誰でしょう? 私たちに協力するかどうかで傷の深さは変わるかもしれませんよ。重傷か、致命傷か」

「わ、分かりました。知ってることは全て話しますから……勘弁してください」


 いよいよ、ラムキンの闇が暴かれる──。


 



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