case10-9 『ロア・ラーゲンフェルト』



 この世界に神は存在する──死を司る忌々しい神のみが。



×××



 ロア・ラーゲンフェルトが生まれてからの七年間に特出して語るべきことはない。

 それは決して侮辱しているわけではない。

 語るべきことはない──それはつまり、大勢の人々が当たり前のように享受している人生を謳歌していたということだ。


 父親は海運会社の会計士、母親は専業主婦。

 喧嘩らしい喧嘩もなく、近所からはおしどり夫婦と言われるほど仲睦まじい関係を築き、後ろ暗い過去など一切ない、絵に描いたような善良な一般国民である。


 そんな両親の元に生まれたロアは惜しみない愛情を注がれて育った。

 待望の第一子、一人っ子だったのも理由の一つだろう。


 両親はよく礼拝堂へ赴き、ロアを授かった事を神に感謝していた。両親の後をついて歩いていたロアも自然と神の存在を信じるようになり、祈りを捧げるようになった。

 祈る意味は分かっていない。両親と同じことをしたかったという子供心からの行動だった。

 不思議で理解が追いつかないことばかりだったが、礼拝堂での時間をロアは好んでいた。

 礼拝堂で母親に抱きしめながら言われたことをロアは鮮明に覚えていた。


「神様はちゃんとあなたのことを見ているわ。だってこんなに可愛いんですもの。見逃すはずがないわ」



×××



 ロアは大人しく、引っ込み思案で他者と関わるのが苦手で、同年代の友達と外で遊ぶよりは家の中で一人で遊んでいることが多かった。


 そんな彼女が家で何をしていたかというと手芸である。母親がやっているのを見て、見様見真似でやり始めたのがきっかけだ。

 ロアは誰が見ても感嘆の声を漏らすほど手先が器用だった。技術を着々と吸収していき、僅か一年足らずで母親の技量を追い越した。

 母親と父親は娘の才能が開花したのを喜んだ。


「将来は手芸教室でも開そうね」

「ロア、しゅげいきょうしつやる!」

「その時はママが生徒第一号ね」

「じゃあ、パパが生徒第二号だ」

「ロアにまかせて! パパとママをちゃんとせわしてあげるから!」


 幸せな家族の物語。

 どこまでも続くと思われていた幸福の物語はロアが七歳の時より徐々に陰りを見せ始めていた。



×××



 それは小さな変化だった。

 いつも仕事帰りでも溌剌としていた父親の顔色が日を追うごとに悪くなっていった。

 心配するロアと母親に対して父親は気丈に振る舞った。


「最近、仕事が忙しくてさ。少し疲れてるだけだよ。少し休めば大丈夫」


 しかし、父親は相変わらず顔色が悪く、心ここに在らずといった様子で虚空を眺めていることが多くなっていた。

 単なる仕事疲れではないということはロアでも察することが出来た。

 だが、いくら聞いても「大丈夫」の一点張り。

 子どものロアにはどうすることも出来なかった。


 ロアは少しでも父親が元気になるように、毎日学校帰りに礼拝堂に立ち寄り祈りを捧げた。

 神の存在を感じるためのロザリオを強く握り締めながら祈り続けた。

 

 しばらくすると母親も浮かない表情をしていることが多くなった。

 夜な夜な二人が話し合うようになったことをロアは知っている。

 だが、娘には聞かせたくないという二人の想いはひしひしと伝わって来ていたので、ロアは問いただすことも聞き耳を立てることもすることはなかった。



×××



 悶々とした日々が続く中でロアは一つの出会いを経験することに。

 それは、日課となった礼拝堂に行った時のことだった。

 学校帰りに寄る時は基本的に人が居ないのだが、この日は珍しく先客が居たのだ。

 しかし、その先客は祈ることはせずに長椅子の上で寝ていた。

 両親の不調、無力感で精神が疲労していたロアは普段ならしない行動をとった。


「ねぇ、何してるの?」


 話しかけたのだ。

 なぜ、そんなことをしたのか、出来たのかロア自身もよく分かってはいない。


 消えそうなくらいに細い声は先客の耳に無事に届いたようで、鬱陶しそうに上体を起こした。


 軽くウェーブがかった色素の薄い髪、好奇心に満ちた垂れ目。泣きぼくろが特徴的な目鼻立ちが綺麗な容姿をしている。女性としての膨らみも申し分ない肢体。

 あまりの美貌にロアは眼を奪われてしまう。


「おい、クソガキ。テメェの目ん玉はガラスでも入ってんのか? 人間が横になってたら、そりゃ寝てんだよ」


 美貌とは全く噛み合わない荒々しい口調。

 ロアの肩が跳ねる。すでに話しかけたことを後悔していた。


「あ、あの……ここは寝るところじゃないよ」

「あん? そんなの誰が決めたってんだ?」

「それは……えっと……」


 今にも泣きそうなロアをジッと見つめて女性は顎をさすりながらニヤリと笑う。


「テメェ、なかなか良い造形してんな。もう少しデカけりゃ器として使ったかもな。それか成長後を予測して造っちまうか?」

「何言ってるの?」

「儂の目に適ったって話だ。喜べよ、テメェは将来確実に美人になるぜ。この器と良い勝負する……まぁ、乳のデカさは敵わないだろうけどな」


 ゲラゲラと笑いながら、自らの胸を鷲掴みにする女性。

 あまりにも不気味でロアは後退る。後悔が一秒ごとに加速していくのを感じていた。

 この人は不審者だ。

 早く逃げないと、酷い目に遭わされるかもしれない。


 ロアは女性が笑っている隙に逃げるように礼拝堂を後にした。



×××



 刺激的というか、毒に近い出会いから数日後。

 家に帰ると父親がソファーに座り頭を抱えていた。その傍らには母親が寄り添っていた。

 二人はロアに気付くと作り笑いを浮かべた。


 両親は必死に取り繕おうとしている。

 最愛の娘を不安にさせないために。

 それは愛しているから。

 だからこそ、ロアは両親が抱えている問題については言及しなかった。


「パパ、ママ、大好き。だから早く良くなってね」


 ロアが出来ることは祈ること。

 そして、混じり気のない想いを伝えること。

 彼女の言葉を聞いて、両親は涙を浮かべながら最愛の娘を抱きしめた。


「ああ、ああ。パパ、頑張るよ。ロアのパパであり続けるために」

「ロア、私たちも大好き。愛しているわ」


 その翌日、父親の表情には活力が戻っていた。

 そして、覚悟を決めたように会社へと向かう。

 母親はエプロンの裾を握り締めながら、父親を見送っていた。



×××



 運命の日。

 ロアは熱を出してベッドで一日中寝ていた。

 熱にうなされて、ぐるぐると回る視界に吐き気を催す。時間の感覚など完全に消失し、ただ全身を燃やすような熱に耐えるのみだった。


 飲んだ解熱剤が効いてきたのは夜になってからだった。

 熱はまだあり、体は鉛を飲み込んだように重い。動くのも億劫だったが、心細さからくる両親に甘えたいという欲求の方が勝り、ロアはベッドから這い出る。


 階段を降りて、リビングにいるであろう両親の元へ。

 その時だった。

 耳をつんざくような悲鳴が家中に響き渡った。同時に何かが落ちたり、砕けたような音がした。

 ロアは驚いて、扉の前でしゃがみ込む。何が起こっているのか知りたくて、隙間からリビングを覗き込んだ。


 普段なら明るいはずなのにやけに薄暗い。

 心臓の鼓動がどんどん早くなる。

 動きたいのに動けない。熱で火照った体が急速に冷えていくような気がした。


「妻には手を出さないでくれ!」


 声を上げたのは父親だ。

 ソファーに倒れる母親を庇っている。

 よく見ると彼らの周りには複数の人影。

 最愛の両親は何者かに襲われている。──その事実にロアは恐怖に支配された。


「その情報を公にすれば被害を被るのは我が社だけではない。大勢が巨大な損失を負うのだ。ラーゲンフェルト、優秀な君なら事の重さが分かるだろ?」

「分かっている! 分かっているからこそ、この恐るべき犯罪行為は世間に公表するべきだ! それにここで口を噤んだら、僕は二度と娘の顔を見れなくなる! あの子が誇れる父親であるために僕はお前達に屈するわけにはいかないんだ!」


 それは、最高の父親であろうとする男の咆哮だった。

 夫の覚悟を支えるように母親も声を上げた。


「貴方たちがしていることは確実に未来を破壊する! 私たちは親なの! 子どもの未来を守るためなら、どんなことでもする覚悟は出来ているわ!」

「全く似た者夫婦だな。このままでは埒が明か……」


 突如、拍手が聞こえた。

 一瞬、聞き間違えかとロアは耳を疑ったが、確かにリビングに音は奏でられていた。

 拍手している者がいるのだ。


 その人物が両親の前に現れる。

 刹那、死を感じた。

 生まれて初めて感じた死の恐怖に蝕まれて、ロアの体は震えが治らなくなった。

 怖い。怖い。助けて。パパ、ママ……怖いよ。助けて。怖い。怖い。怖い。怖い。死にたくない。死にたくない。パパ、ママ……死なないで。死にたくない。死にたくない──。


 悍ましいとしか言いようのない死の重圧。

 それを放つ人物。

 果たして、人なのか。

 もはや、『死』だ。

 『死』そのものがそこにいる。


 両親も『死』の恐怖に、全身を硬直させていた。

 冷や汗は止めどなく溢れ、頬を伝い顎から滴り落ちる。

 息をしていていいのか分からなくなる。


「実に素晴らしい。これが親の覚悟というものですか」


 女性の声だった。

 蕩けてしまうほどに甘く、だが、その奥には致死量の毒が潜んでいるかのような声をしてた。


「ここは我々が片付けます。『死神』の手を煩わせるわけにはいきません」

「それを決めるのは私だ。君たちは下がってて」


 女性に言われて、人影はゆっくりと両親から離れた。

 満足したように小さく頷く。


「ラーゲンフェルト、さんでしたっけ? 私はとても感動しました。損得を無視した矜持。なかなかに出来ることではありません。親という物は大変強い存在なのですね」


 夫婦に対しての賞賛。

 感情が全くこもっていない、薄っぺらい言葉でなければ二人の心は揺れていたかもしれない。

 母親は夫に体を寄せながら女性に噛み付いた。


「貴女も親になれば分かるわ。自分より大切な物が出来れば人は強くなれるのよ」


 震えつつも力強い声だった。

 大好きな、心の底から愛している母親の声を聞いたロアは恐怖の呪縛からほんの少しだけ解放された。

 ロザリオを強く握りしめて神に祈りを捧げ続ける。


 女性といえば、くつくつと笑い出した。

 嘲笑などの他者を蔑むような笑いではなく、かと言って単純な笑いでもない。

 分類するとしたら──そう、自嘲だ。


「私が親になる? 命を生み出す? それは悪い冗談ですね」

「…………?」

「先程、私が何て呼ばれていたか覚えています? ──『死神』です。この呼び名に些かの疑問や不快感はありますが、それは一旦置いておきましょう。死を司っているのは事実なので。死を撒き散らす、死を愛する者が生命を生み堕とす。これ程までに皮肉の効いた話がありますか?」


 まるで長年の友と語るかのように楽しげに声を弾ませる女性。

 この空間は死の気配があまりにも濃密だというのに。

 いや、女性は『死』というものを純粋に楽しんでいるのだ。


「殺すのか?」


 父親の短い問いかけ。

 女性とこれ以上、話していたくない本能が言葉を自然と紡がせた。


「ええ、殺します。私は絶望の淵にて、死の灯火によって光り輝く魂を見たいのです」

「頼む……妻は助けてくれ。これは僕だけの問題だ」

「あなた!」


 女性は再び賞賛の拍手を送る。


「ああ、素晴らしき夫婦愛。私は深く感銘を受けました。故に選択を与えましょう」


 一旦、言葉を止めてから、女性はゆっくりと選択肢を提示する。

 最悪の選択を。

 

「一つ、貴方たちを救う代わりに貴方たちの子どもを殺します。二つ、貴方たちの子どもを救う代わりに貴方たちを殺します。さぁ、どちらを選びます」

「ま、待ってくれ! なぜ娘を! あの子は関係ない! 妻だって関係ない! 僕が……僕が犠牲になる! だから……」

「先程、彼女は言いました。自分より大切な物が出来れば人は強くなれる、と。なら、私はその強さを見てみたい」


 狂気に満ちた声色だった。

 もはや、犠牲者が出ないという理想はどう足掻いても叶わない。

 恐怖に支配されて、言葉すら出てこない夫婦を目の前に女性は大きく手を広げた。


「『例えば、そこに死が落ちていたとする。それを拾うか拾わないかは当人の気分次第だ』。さぁ、どうします? 貴方たちの前には死が落ちています。それを拾えば大切な娘さんを救え、拾わなければ大切な娘さんを自らの命可愛さで殺してしまった罪悪感に苛まれながら生きていく。どちらを選んでも私は貴方たちの選択を尊重します」

「私たちが殺されれば、娘には手を出さないの?」

「もちろん。彼らがもし手にかけようとしたら、私が彼らを殺します」


 両親を取り囲んでいた男たちに緊張が走る。

 本気で焦っているところを見ると、彼女の言葉には一定の信頼が置けるようだ。


 父親と母親は互いの目線を合わせて手を強く、硬く、繋ぐ。

 迷いはなかった。

 夫婦の答えを聞いて、女性は心底楽しそうに言った。


「──あぁ、貴方たちの死は美しい」



×××



 土砂降りの中。

 最愛の両親が眠る墓標の前でロアは傘も差さずに立ち尽くしていた。

 冷たい雨が容赦無く少女の体温を奪う。毛先から零れる水滴は終わりがない。


「パパ……ママ……」


 優しかった、大好きだった二人はこの世に居ない。

 夫婦の死に周りの者たちは驚き、悲しんだ。

 しかし、数日も経てば何気ない日常に戻っていく。


 今日は一周忌だった。

 全てが壊れたあの日から、ロアの世界は暗く濁った。


 親戚の家に引き取られたが、彼女は心を閉ざしたままで交流らしいことは拒絶した。一向に心を開かないロアに嫌気がさし、疎ましく思い、冷たく当たるようになった。


 事情聴取をした刑事は、


「お嬢ちゃんの親を酷い目に合わせた奴は必ず捕まえる」


 と、誓った。


 しかし、その数ヶ月後。

 捜査は打ち切られた。

 報告しにきた刑事にロアは詰め寄った。


「どうして!? パパとママを殺した奴を見つけてくれるんじゃなかったの! 嘘つき! 嘘つき!!」


 激昂するロアに対して、刑事はただ一言。


「すまない」


 それ以上のことは言わなかった。


 これまでのことを思い出し、ロアは下唇を噛み締める。

 口端から血が垂れた。


 ロアはおぼつかない足取りで街を歩く。

 行くあてはない。

 もう、親戚の家に戻るつもりはなかった。


 土砂降りで視界が歪む。

 体温はどんどん下がっていく。

 冷え切った体に思うことはない。

 このまま死ねばパパとママのところに行けるかもしれない。


 ふと、足が止まる。

 そこはロアの家だった。

 あの事件以来、空き家となり次の買い手は見つかっていない。

 温かさに満ち溢れていたはずの家は、今や伽藍堂となっており、どうしようもない虚無感だけを漂わせていた。

 思い出が犯されていく。


 ロアは逃げた。

 大切な思い出が悪夢に犯されてしまうのが耐えられなかった。

 逃げて、逃げて、逃げて──。

 そして、辿り着いたのは礼拝堂だった。


 礼拝堂の奥にある像を眺めるロアの瞳に宿っていたのは激しい憤りだった。

 ロザリオを引き千切り、地面に勢いよく叩きつけて怒り混じりの慟哭をあげた。


「悪いことをした奴がのうのうと生きて、パパとママが死ななきゃいけないんだ! 神様は見ているんじゃないのか! ふざけるな! ふざけるなぁぁぁ────っ!!!」


 肩で息をしながら、ロアは悟った。


「この世界に神は存在する──死を司る忌々しい神のみが」


 そして、神を象った像を憎悪に歪んだ瞳で睨みつける。

 少女とは思えない低い声で、


「──殺してやる」


 小さな拳を血が滲むほどに握りしめ、


「忌々しい死神をこの手で必ず殺してやる」


 神への宣戦布告をした。


 その時だった。

 笑い声が聞こえてきた。


「随分と面白ぇことを言うじゃねぇか。……って、あん時のクソガキか?」

「……誰?」


 笑い声の主は外套を羽織った男性だった。

 切れ長の目とスッと通った鼻筋が魅力的な容姿をしていた。

 なのに笑っている顔は少しばかり下品だ。


「テメェ、記憶力ないのか? ほら、儂が寝てたら注意してきただろ」

「その女の人は覚えているけど、おじさんは知らない」

「あー、そういうことか! ったく、ちょこちょこ器を変えてるからな、分からないのも無理はねぇ」


 一人で納得している男性にロアは怪訝な顔を浮かべる。


「あん時の女は儂だ。二回も会うなんざ数奇なもんだな」

「は?」

「そりゃ、分かんねぇよな。……って、テメェ、ずぶ濡れじゃねぇか。それにその面どうした?」


 困惑する男性の問いを無視して、ロアは口を開く。


「おじさんって強い?」

「あ? そりゃ、巷じゃあ『世界最高峰の人形師』って言われているから強ぇさ。造るだけじゃねぇぞ、技量だって敵う奴はこの世にいねぇさ」

「人形……。それ、ロアに教えて」


 突飛もないお願いに男性は苛立ちを覚えた。


「おい、クソガキ。冗談で言ってんなら容赦しねぇぞ。儂はガキと遊ぶつもりはなんだ。早く家に帰れ」

「帰る場所なんてない」

「あ?」

「もう、全部失った」


 虚ろな表情で呟くロアを呆然と眺めていた男性は、何かを思い至ったように髪を掻き毟る。


「そういうことかよ……。ああ、クソ。てことは一年をドブに捨てちまったのか。笑い話にもなんねぇな。あの、情報屋……ホラ吹いていたわけじゃなかったな」

「…………」


 男性は溜め息を吐いてからロアを見る。


「けどな……テメェのその眼はよくないな」

「なんでもする! ロアに神を殺す力をちょうだい!」

「神殺し、魅力的な響きだ……いやいや、儂の人形を……神殺しか。いやいや、ガキがダメだ」

「なんで!? お願い!」


 その後、しばらく言い合いが続いた。

 ロアは決して折れずに、ずっと喰いさがる。

 憎悪が原動力というのは褒められたことではないが、熱意は本物でついには男性が折れる。


「あー! しつこいクソガキだ! 分かった、分かったよ。教えてやるよ」

「本当!?」

「嘘はつかねぇよ。だから、そのうるさい声を抑えろ」


 男性は大きく溜め息を漏らしてからロアを見る。

 ずぶ濡れでとても寒そうだ。

 羽織っていた外套をロアに渡す。


「これ」

「着とけ。見てるこっちが寒くなる」

「うん」


 礼拝堂の入り口へと歩く二人。

 男性は重要なことを質問した。


「一つ聞くけどよ、テメェ、手先は器用か?」

「ママが手芸教室開けるって言ってくれた」

「そうかい、なら重畳だ」


 こうして、ロアは復讐の道を歩み始めたのだ。

 その身体を憎悪に焚べながら、己が魂すらも焼き焦がしながら。

 たった一つの願い。

 『神殺し』を果たすまで、ロア・ラーゲンフェルトは決して止まらない────。

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