case10-3 『参考人は殺意と共に』



 エマが訪れたのはミヌエットだ。

 この街での依頼を受けた結果、姉のマナに信じられないくらい怒られたのは記憶に新しい。

 思い出してきたら、怒られる原因を作った暗殺者に腹が立ってきた。次会う機会があれば殺す。


「さて、情報通りならここで出会えるはずなんですが」


 呟きながらエマは大きな建物を眺めていた。

 深夜だというのに明かりは付いたままだ。

 時間が無いので、エマは特に気合いや深呼吸もせずに建物の中に入っていく。

 フロントでいきなり強面の男たちに止められてしまう。


「おい。ここはガキの来るところじゃねぇんだよ」

「早く家に帰って寝ろ」


 威圧してくる男たちにエマは淡々と要求を述べる。


「ここレオーネファミリーの事務所ですよね。貴方たちのボスに会いたいので案内してくれませんか?」

「テメェ、舐めてんのか!?」

「ガキがどの口叩いてやがる!」


 激昂した男たちが懐から銃を取り出そうとする。

 しかし、それよりも早くエマは魔術を行使して男たちの首から下を氷漬けにしてしまう。

 絶句する姿を冷めた瞳で見つめながらエマはもう一度述べる。


「ボスに会いたいので案内してくれますよね? 駄目というなら凍死させますよ」


 お願いというより脅しによって屈服させたエマは、彼らの案内でボスの元へ。

 通路で何人もの構成員にガン飛ばされたが、エマは全て無視した。だが、喧嘩を売ってくる者は居なかった。エマを案内している男たちの表情で察したのだろう。


 一番奥の部屋に着くと、男の一人が背筋を正しながらノックをする。


「ボス。お客さんです。どうやら急ぎの用で」

「入れろ」


 扉が開かれて、エマは部屋の中に入った。

 随分と広い。

 様々な調度品が飾られてあり、羽振りはかなり良さそうだ。

 高級そうな机、椅子。そこに鎮座するのは五十代くらいの男性だ。白髪混じりの髪を撫でつけている。野心を剥き出しにしたような顔はかなり若々しく見える。高級感溢れるスーツを着る身体は多少だらしない。


 ボスは鋭い眼光で観察し、エマの正体に至る。


「『死神』が何の用だ?」

「貴方、というよりレオーネファミリーで囲っている人間に用があって来ました。居ますよね、ロア・ラーゲンフェルト」

「知らないといったらどうする?」


 威圧感を剥き出しにした態度に周りの部下たちが怯む。

 しかし、一番怯えさせたいエマの眉一つ動かさない。


「罪の無い人がこの瞬間にも殺されているかもしれないんです。それを防ごうとしている私に、一人の国民として協力してくれませんか?」

「随分と愉快なことを言うじゃないか、死神。次はどんな冗談を聞かせてくれる?」


 エマは勢いよくテーブルに手をつき、ボスに顔を近付ける。その表情は狂気を孕んだ笑みに染まっていた。


「そうですね。協力しないというなら貴方のファミリーを一人残らず殺してあげましょうか? ファミリーって二つの意味がかかっているんですよ」

「………………」

「目の前で違った方法で部下を殺します。その後は愛する奥さんか子供にしましょう。すぐに死ねないように治癒魔術をかけながらつま先から徐々に切り刻みます。絶命の瞬間の断末魔と顔はきっと脳裏に焼き付いて離れなくなりますよ?」


 ボスの面持ちにかげりが見えた。滲んだ汗が頬を伝う。

 一瞬、ほんの一瞬だが想像してしまったのだ。無惨に殺された部下と愛する家族。その屍の上に立ち、自分を見下ろしながら歪んだ笑みを浮かべるエマの姿を。


「おい、ラーゲンフェルトを今すぐ呼べ」


 その言葉を聞いたエマは普通の表情に戻って、机から離れた。


「どうやら冗談に満足してくれたようですね。助かります」

「もう用は済んだだろ。早く消えろ」

「ここで待たせてくれないんですか?」

「建物を壊されたくないんでな」


 それを言われてしまったら、エマは何も言い返せなかった。



×××



 建物から出て、近場をフラフラとしながら待つこと十分程度。

 突如、エマの身体が火照り始めた。

 身悶えるような熱を味わいながら、エマは視線を忙しなく動かす。


 殺意だ。

 身を噛み砕きそうな憎悪が混じった激しい殺意を向けられている。

 以前も味わったことがある。

 これまで様々な殺意を向けられて来たが、今向けられているのは並大抵のものでは無い。

 最高純度の殺意、それを忘れるわけがない。


「あぁ、お久しぶりですね」


 エマは殺意の発信源を見つけ破顔する。

 暗闇に浮かぶ二つの影。

 影は徐々にエマに近付き、ぼやけていた輪郭を確定させた。


 一本三つ編みの茶髪、長いまつ毛に縁取られた大きな瞳。フードを目深に被り他者との交流を拒絶する。

 ロア・ラーゲンフェルト。

 ソロモンシリーズを巧みに操る人形遣い。

 彼女の傍らには外套を羽織った長身の人形が居る。


「エマ・ムエルテ」


 憎しみに染まった瞳で睨み、呪詛のように己が復讐相手の名を口にするロア。


「今日はいきなり襲わないんですね。あの時の貴女の殺意は情熱的で凄く感じちゃいました。今の殺意も心地良いですけど」

「異常者が」

「つれないですね。殺し合った仲じゃないですか」


 ロアは奥歯を噛み締め、怒りでどうにかなりそうな自分を必死に抑える。

 牽制として長身の人形に弓を構えさせる。矢を添えられ、張り詰めた弦の軋む音が暗闇の街に響き渡った。


「二度と馴れ馴れしく話しかけるな。お前の声は聞いているだけで虫唾が走る。ロアが聞きたいのはバルバトスの矢に貫かれて絶命する瞬間の断末魔だけだ」


 長身の人形はバルバトスというらしい。

 流石はソロモンシリーズというべきか性能は折り紙付きだ。アレから放たれた矢を喰らい死んだエマだからこそ断言出来る。


 なるべく穏便に済ませるためにエマは両手を挙げて無抵抗の意思を見せた。

 その様子にロアは眉間のシワをさらに深くする。


「何の真似?」

「見ての通りです。今、貴女と殺し合う気はありません。ロア・ラーゲンフェルトさん、私たちの捜査に協力してくれませんか?」


 エマの真剣な言葉を聞いて、ロアは初めて怒りや憎悪以外の表情を露わにした。

 それは嘲笑だ。


「協力? ロアが、お前の? 気でも狂った?」


 当然といえば当然の反応だろう。

 自分を殺そうとしている相手と会うということ自体、一般的に考えれば異常行動なのだ。


 しかし、エマは嬉々としてその行動を選択する。

 とはいえ、事件解決という前提があるから行動しているだけなのだが。


 エマはこの後の展開を脳内でシュミレーションして覚悟を決める。

 小さく息を吐いて、エマは言葉を紡ぐ。


「実はですね、私たちが解決しようとしている事件はラムキンで起こっているんです」

「────っ!」

「とても言いにくいんですが、今回の事件は何十年も前から続いているようなんです。そして、その最初の被害者が貴女の両親の可能性が極めて……」


 エマの言葉を切り裂くように矢が放たれる。

 頬が裂け、鮮血が噴き出した。

 エマは微動だにせずに、怒りで震えるロアを見つめていた。


 憎悪で身を焦がすロアは胸を押さえながら、エマを怒りに狂った瞳で睨みつけていた。

 全身から溢れ出す殺意は今までの中で一番のドス黒さだった。


「お前が……お前が、パパとママを殺したんだ!! エマ・ムエルテ──ッ!!!」


 バルバトスが弓を構える。矢には相当量の魔力が練り込まれ必殺の一撃へと昇華されていく。


「やっぱりこうなりますよね。まぁ、最初から平和的に進むとは思っていませんよ」


 相手は自分を本気で殺しに来る少女だ。

 研ぎ澄まされた殺意を全身に感じながらエマは口元が緩むのを自覚する。


「あぁ……殺したくなっちゃいます」


 本音が思わず漏れてしまう。

 だが、殺してはいけないと辛うじて残っている理性が訴える。この理性を放棄して本能のままに殺しを行えたらどれほど気持ち良いのだろう。

 もどかしさに悶えながら、エマは大鎌を創造して構えた。


 エマとロアの二度目の殺し合いが始まった。




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