case10-2 『情報屋』



 エマは検視局に来ていた。

 ノノと合流し、互いの得た情報を共有する。


「ご遺体を検視したのですが、外傷、術式の痕跡は一切ありませんでした。今、司法解剖の結果待ちです」

「そうですか」

「外傷が無いのは魔術絡みなら不思議では無いのですが、術式の痕跡も無いというのは些か奇妙ですね」


 エマの中での仮説が徐々に形になっていく。

 しかし、断定するには情報がまだ足りない。


「エマ様の方はいかがでした?」


 ノノの問いにエマは遺族、友人から得た証言を開示してから自身の意見を述べた。


「──という感じで怨恨の線は無さそうです」


 一息区切り、エマはオルコットからの情報をノノに開示する。


「今回の件、最初の被害者はロア・ラーゲンフェルトの両親らしいです」

「え?」


 ノノの白縹しろはなだ色の瞳に驚きが宿る。

 人形を生きているかのように操る技術、エマに対して尋常ではない殺意を持つ少女。

 ロア・ラーゲンフェルトとの接触は数秒しかないが、鮮烈な印象はノノの中に確かに刻まれていた。


「私は彼女の記憶に事件解決の糸口があると睨んでいます」

「それは彼女に会うということですか?」


 不安そうに問いを投げるノノ。

 エマは安心させるように表情を穏やかに言う。


「大丈夫ですよ。前回のように油断はしませんから。それにいつまでも勘違いされているのも困りますからね」

「しかし……!」

「ごめん! 随分待たせたね!」


 ノノの言葉は、急いでやって来た担当検死官によって掻き消された。

 二十代半ばの眼鏡をかけた男性だ。エマを見て感激を露わにする。


「すっげー本物だ。やっぱり二人揃ってると画になるね。後でサインもらってもいい? ──四枚」

「別に構いませんけど、なぜ四枚必要なんですか?」

「観賞用、保存用、あとは友達に。機会があれば自分の分も頼むって言われててさ」

「分かりました。それで解剖結果はどうでしたか?」


 検死官は困ったような表情でカルテに目を落とした。


「それが死因が不思議過ぎるんだよ」

「不思議、とは?」

「多臓器不全、つまりは老衰死ってことなんだ。あまりにも変だろ。どう見ても二十代なのに、内臓の状態は老人のそれと大差なかったんだ。麻薬の影響で内臓が老化する事例はあるけど、この遺体の老化具合はあまりにも異常だ」



×××



 時刻は夜となり、今日の捜査を切り上げたオルコットは今晩泊まるホテルへと来ていた。

 ロビーにはノノが一人でポツンと立っていた。

 オルコットは手を降りながら向かうが、近づくにつれてノノの表情に不安の色が混じっていることに気がついた。


「どうしたんだ?」

「あっ、オルコットさん。実はエマ様が」

「エマが? そう言えば姿が見えないな」

「ロア・ラーゲンフェルトに会うために単独行動を開始しました。朝方には彼女を連れて戻ってくるとは言ってましたが」


 ようやくノノが不安そうにしている理由が分かった。

 オルコットは実際には見ていないが、ロア・ラーゲンフェルトという少女にエマは一度殺されたことがあるらしい。殺されたのに生きてるのは疑問だが今は置いておく。

 ノノの不安を拭うことはできないオルコットは別の疑念を口にする。


「連れて戻ってくるって、そもそも見つけることが出来るのか? エマに頼まれてロア・ラーゲンフェルトのことはずっと調べていたけど、全く情報が出てこなかったんだが」

「きっと裏技を使うので見つけることは出来ると思います」

「裏技?」

「はい。後でお教えしますね。今後、オルコットさんも必要になる場面が出てくるかもしれませんから」


 その後、ノノとオルコットは捜査で得た情報を共有し、それぞれの部屋で休息を取ることにした。



×××



 帝国のとある街。

 無数に張り巡らされた路地の一本を進んだ先──誰も気付かないような場所にその店は建っている。

 ガラス張りの小洒落た外観。店内に入ると最低限のテーブルと椅子があり、数々のインテリアが綺麗に飾られていた。

 集客性皆無の立地も相まって客は一人も居ない。


「お邪魔しますよ」


 エマが来店したことを告げると、店の奥から一人の女性が嬉しそうな顔をして現れた。

 軽くウェーブがかった色素の薄い髪、好奇心に満ちた垂れ目。泣きぼくろが特徴的な目鼻立ちが綺麗な容姿をしている。女性としての膨らみも申し分ない肢体は、同性であるエマも目を惹くほどに美しい。


「やぁやぁ、随分と遅かったじゃないか。どこかで道草でもしていたのかな? それとも道に迷ったかい? ここにまでくる道は迷路みたいに入り組んでいるからね。誰でも道を間違えて迷ってしまうさ。それは仕方ないことだからエマちゃんが落ち込む必要はどこにもないから安心してくれ。おっと、落ち込んでいる訳ではなく疲れているだけのようだ。これは失礼、私の早とちりだったようだ。それはさておき、エマちゃんが来るのをずっと待っていたんだ。それこそ指折り数えてね。 だからこそ、私の目の前にエマちゃんがいるという事実は胸がいっぱいになるくらいの喜びを私に与えてくれているよ。ささ、好きなところに座るといい。と言っても一つしか無いけどね。食事は? 飲み物はいる? これまで飲まず食わずで活動してたんだからお腹は減っているだろう? 要らないと言っても、もう用意してしまったから観念して食べてくれたまえ」


 息も吐かせぬ怒涛の勢いで言葉を並べ立てる女性は、食事とミルクティーが乗ったプレートをエマの座ったテーブルに置いた。

 食事は湯気が揺めき出来立てだと分かる。


 エマは苦笑して、女性を見つめる。


「貴女、本当に何者なんですか?」

「ただのしがない情報屋さ」


 彼女は通称情報屋のお姉さん。

 それ以上のことは誰も知らない。

 名前も不明。年齢も不明。出身地も不明。──全てが謎に包まれている正体不明の存在。

 分かっていることは、数多くの正確な情報を持っているということだけ。

 噂だと様々な国の重要機密すら知っているとかなんとか。


 エマは出された食事をありがたく頂くことにした。

 食べ始めると同時に情報屋が対面に座り、ここぞとばかりに話し始めた。


「いや~、こうしてお客さんが来るのは実に半月ぶりでね。こんな人気のない所に店を構えているから仕方ないと言ってしまえば、それまでなんだけどさ。でもね、ちゃんとした理由があるんだ。それはもう深い深い、それこそ奈落の底のように深い理由があるんだ。ちゃんと語ると丸一日かかるから簡単に説明するとだね、私が提供した情報を悪用されないためだ。情報というのは、モノによって凄まじい価値があるのは当然知ってるだろう? 情報一つに大金を払う人だっている、情報一つで特定の人物を社会的に抹殺する事も出来る──情報は強力な武器だ。そう、武器なんだ。とびきり強力な武器。剣や斧、槍は使い手次第で真価を発揮する。そういえばエマちゃんは大鎌を使うんだったね。いや、正確に言うなら好んで大鎌を使う。やっぱり『死神』と呼ばれてるくらいだから大鎌が手に馴染むのかな? 私は良いと思う。印象というのは他者からの評価を大きく左右するからね。おっと、話がそれてしまった。武器は使い手次第で云々ってところだったね。では、情報はどうだい? 使い手なんて選ばない、使い時は選ぶけどね。ただ口にすれば武器は機能する。機能してしまう。つまりだ、善人が使えば善用、悪人が使えば悪用出来てしまう。私はね、自分が提供した情報を悪用して欲しくないのさ。だから……」


 食事に全く集中出来ないエマは、握っていたフォークをさっきからベラベラと言葉を出している騒がしい口に向けた。


「本当にうるさい人ですね。喋ってないと死ぬ病気にでも罹っているんですか?」

「つい喋り過ぎてしまうのが私の悪い癖なんだ」

「せめて会話をしてください。いつも一方的に話してるじゃないですか」


 エマの苦言に情報屋はワザとらしく肩を竦めた。悪癖を治す気は欠片ほども無いようだ。

 ずっと喋っていられると、こちらの頭がおかしくなると判断したエマは食べながら本題に入ることにした。


「知りたいことがあります」

「いいよ。何でも言ってごらん」


 そう言うが、彼女はエマがどんな情報を欲しているかを理解している。それに対する答えもだ。

 一応は商売ということで形式上のやり取りだ。


「ロア・ラーゲンフェルトが今どこに居るかを教えてください」

「もちろん知っている。でも、それをエマちゃんに教えるのは渋ってしまうな」

「なぜ?」

「なぜ? と来たか。これは些か驚いた。だって、エマちゃんはロア・ラーゲンフェルトと一度会っているじゃないか。その時のことを忘れた訳は無いだろう? 彼女がエマちゃんに抱いている憎悪はあまりにも大きい。その結果、エマちゃんは一度命を落としたんだから。どういう原理かは流石の私も分からないが、生き返ることが出来るエマちゃんにとっては死は生理現象の延長線上にあるかもしれない。でも。でもだ。周りの人はどのように感じるかな? 特にノノちゃんだ。私はノノちゃんの悲しむ姿は見たくない。彼女の笑顔ほど素敵なモノは中々無いからね。それにだ……」


 エマは安易に問いかけた自分を恨んだ。

 一聞けば、十にも百にも千にも返って来るのだから。

 未だに喋っている情報屋を手で静止させる。


「大丈夫です。彼女が私に憎悪を抱いていることも、前回殺されたこともしっかり覚えています。今回は決して油断はしませんから」

「そうかい? それならいいんだ」


 情報屋は口頭でロア・ラーゲンフェルトの居場所をエマに教えた。彼女は決して情報を可視化しない。全ての情報は彼女の頭の中にしか存在しないのだ。


「ごちそうさまでした。美味しかったです。情報も感謝します」

「いいよ。お金はいつもの方法でお願いね」

「分かりました」


 エマは情報屋の店を後にして、ロア・ラーゲンフェルトが居る場所へと向かった。


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