case10.死の天使

case10-1 『ラムキンの怪』



 ラムキンは帝国極東部に位置する港街だ。

 平地が少なく坂が多いのが特徴で、主な産業は漁業、造船業、軍港関連産業──海と非常に結びついた街である。

 因みに帝国最大級の水族館があり、街並みも綺麗なので観光地としても有名だ。


 しかし、どんな美しい街でも事件は関係無く発生してしまう。

 その事件を解決するために、第三皇女直轄特殊部隊コルニクスがラムキンの地に降り立つ。


「ここがラムキンか。話には聞いてたけど本当に綺麗な街だな。どおりでアイツらが来たがるわけだ」


 納得したように頷くオルコット。

 糊の利いたワイシャツにネクタイ。脇の下にホルスターを装備し、その上にジャケットを羽織っている。ズボンに黒い靴といった風貌はエマが想像する刑事そのものだ。


 服装から分かる通り、オルコットはいつだって真面目に真摯に事件に取り組んでいる。

 素晴らしい人材だ。


「アイツらとは?」

「妹たちだ」

「へぇ、妹がいたんですか」

「言ってなかったか。十三歳と十五歳の二人だ。最近は家で作業しているから、うるさくて困ってるよ」


 口では文句を言うが、オルコットは怒っているようには見えなかった。

 妹たちもオルコットを慕っているんだろうな、とエマは思う。


「家でも仕事してるんですか?」

「いいや、魔術の勉強とかエマから頼まれていた件を調べたりな」

「それ思いっきり仕事じゃないですか。どんだけ仕事好きなんですか……」

「そういうわけじゃないんだけどな。でも、資料を家に置きっぱなしだから邪魔だって言われているんだよ」


 エマは「あー」と声を漏らす。

 部隊の人数が増えたことにより、小さな問題が発生していた。

 コルニクスは非公式な部隊であるため専用のオフィスというものが存在しない。つまり、集合するような場所が無いのだ。

 

「オリヴィアに相談してみますか」

「エマ様、オルコットさん、馬車が来ましたよ」


 ノノの一声でエマたちは馬車の存在に気付き、話を中断した。



×××



 事件現場は閑静な住宅街だ。

 そのうちの一軒に、多くの野次馬と警察が集まっていた。

 エマたちは野次馬を掻き分けて進んでいく。事件の舞台となった一軒家には黄色いテープが貼られ数人の警官が立っていた。

 

 顔パスでテープの内側に入ったエマたちを見つけ、一人の刑事が手招きをする。

 ヨレヨレのスーツをだらしなく着た壮年の男性だ。


「よお、待ってたぜ。俺はラジスラフ・クルセクだ」


 好意的な反応を見せるラジスラフと握手を交わし、自己紹介をする。


「エマ・ムエルテです」

「ノノ・オリアン・クヴェストと申します」


 ラジスラフは二人の顔をジッと見つめてからニヤリと笑う。


「嬉しいね、こんなべっぴんと捜査出来るなんて」

「私たちも貴方のような渋い方と捜査出来て嬉しいですよ」

「こんな枯れたジジイに色目使っても何も出ないぜ」


 軽口を叩いてから、ラジスラフはオルコットに手を差し出す。

 その手を握り、オルコットら自らの名を名乗る。


「ロン・オルコット。よろしく」

「ふっ、青いね」

「え?」


 首を傾げるオルコットの肩を叩いて、


「気楽に行こうや」


 と、ラジスラフは呟いてからエマたちを家の中へと案内する。

 屋内には鑑識や刑事が何人も居て、各々の仕事を全うしていた。


 エマはソファに仲良く座っている遺体を見つけて、眼を輝かせながら近付く。

 その様子を苦笑いしながらラジスラフは容疑者の情報をエマたちに共有する。


「害者はイリネイ・シトニコフ、マイヤ・ジョーミナ。二人とも近くの大学に通う学生だ」

「死因は?」

「さっぱりだ」

「え?」


 ラジスラフはお手上げだと言わんばかりに肩を竦める。


「何も分からないんだ」

「分からないって、そんなことがあるのか?」

「それがあるから困っているんだ。今回の件だけじゃない。ここ数年、これとそっくりな事例が何件も報告されている」


 ずっと遺体を眺めていたエマは濡羽色の髪を指で弄りながら、ラジスラフの情報に納得したように頷く。


「確かに一見すると分かりませんね。外傷らしい物も見当たりません。この様子だと事故と判断され、司法解剖もされていないんでしょう」


「その通りだ。最初のうちは誰もが事故だと思っていたが、こう何件も続いたら流石に違和感を感じ始めた。でも、俺たちじゃあどうすることも出来ない」


「それで私たちに声がかかったと」


「そういう訳だ。で、お嬢ちゃんの見立てはどうだ?」


 エマは小さく息を吐き、ラジスラフに向かって意見を述べた。


「魔術の可能性が高いですね」


 と言った後にエマは顎に手を添えて思案する。

 魔術にしてはあまりにも痕跡が少ない。無いと言ってもいいくらいだ。

 これは本当に魔術なのだろうか。


 微かな疑問を胸に抱きながら、エマは指示を出す。


「遺体は検視局に送ってください」

「司法解剖の許可は下りるのか?」

「大丈夫です、私が口添えしておきますから。私は被害者遺族に会います。ノノちゃんは検視局へ。オルコットさんは類似事件を洗ってください。もしかしたら被害者に共通点があるかもしれませんので」

「承知致しました」

「分かった」


 オルコットの瞳にはすでにやる気が満ち溢れていた。

 そんな青年の姿を横目で見ていたラジスラフが緩く手を挙げる。


「俺はコイツと一緒に行動していいか?」

「構いませんよ」


 ラジスラフはエマに礼を言ってから、オルコットに笑みを浮かべる。


「よろしくな」

「こちらこそ」


 役割が決まったところで、各々が行動を開始した。



×××



 エマはイリネイ・シトニコフの実家にやって来た。

 事件現場はマイヤ・ジョーミナの家で、彼女の両親は少し前に交通事故で他界していた。


 シトニコフ夫妻は突然訪問してきたエマに対して嫌な顔せずに招き入れてくれた。

 お茶を出してくれたシトニコフ夫人にお礼を言ってから、エマは夫妻の様子を観察する。

 当然と言えば当然だがかなり憔悴している。あまり長居するのは負担をかけるだけだと判断したエマは早速本題に入る。


「イリネイさんはどのような方でした?」

「誰にでも優しく、勤勉、進んでボランティア活動に参加するような……非の打ち所がない自慢の息子でした」


「失礼なことを聞きますが、息子さんに恨みを持つような方に心当たりは?」

「ありません。多くの人慕われていました」


「では、マイヤさんのことは?」

「数回しか会ったことありませんが、良い子でしたよ。彼女の両親が亡くなってから、落ち込む彼女を息子は献身的に支えていました。この間も元気づけようとハイキングに連れて行ってましたし。それが、なぜ……」


「分かりました、ありがとうございます。よければイリネイさんと交流があった方を知っていたら教えていただけませんか?」

「はい」


 それまで沈黙していたシトニコフ夫人がエマに質問をする。

 

「あの、息子は殺されたんですか?」

「可能性はあります」

「なぜ、ですか?」

「現状では分かりません。ですが、全力で解き明かします」


 エマの力強い言葉に、シトニコフ夫人は瞳に涙を浮かべながら深く頭を下げた。


「どうか、よろしくお願いします」


 エマはシトニコフ家を後にして、教えてもらったイリネイの友人の家へ向かう。

 歩きながら小さく息を吐く。

 脳裏に残っているのはシトニコフ夫人の表情──母親の表情だ。

 母親という存在はイマイチ理解できない。

 エマの母親はエマを産んだ時に亡くなっている。それ故に母親の愛情というものがよく分からない。


 ──………………。


「どうでもいいですね。愛情は十分貰ってますし」


 結局、友人への聞き込みでも大した情報は得られなかった。皆が口を揃えて言うのは『良い人』ということだけ。

 ここまで慕われているのなら怨恨の線は除外しても良さそうだろう。


 そんなことを考えていると、黒猫のミーミルがエマの肩に現れた。


「ご主人、オルコットから伝言にゃ」


 その伝言を聞いたエマは驚きを露わにした。



×××



 オルコットたちはラムキン警察署の資料室に来ていた。

 無数にある資料を片っ端から目を通すオルコットをラジスラフは煙草を咥えながら眺めていた。彼の手は先ほどから殆ど動いていない。


「なあ」

「………………」

「なあ!」


 大声に反応したオルコットは資料から顔を上げる。


「何か見つかりました?」

「お前さん、毎度そんな切羽詰まった状態なのか?」


 指摘されてオルコットは思わず手を止める。


「そういう風に見えますか?」

「ああ、こっちの息まで詰まっちまうくらいにな」


 オルコットは溜め息を漏らし、資料に指を添わせながら気持ちを吐露する。


「周りが凄い人ばかりだから、俺は少しでも追いつくために能力以上の働きをしないといけないんです」

「お前さん、それは無理な話だろ」


 オルコットの意見に呆れたラジスラフは煙草を灰皿に押しつけて「いいか」と前置きをする。


「相手は『死神』──帝国最強と言われてるバケモノだぞ。次元が違うんだよ、俺たち普通の人間とはな。追いつく、追いつかないの話じゃないんだよ」


「………………」


 ラジスラフの言うことに反論を述べることは出来なかった。

 どうしようもない正論。

 オルコットも理解している。エマやノノ、第三皇女、辺境伯、ロロ少佐──新たな世界に飛び込んでから出会った女性たちは常識の埒外に存在している。


「なあ、お前さんは何であの部隊に居るんだ?」

「成り行き、いや、俺の選択の結果です」


 ラジスラフはこれ以上は追及はしなかった。スーツの内ポケットから煙草を取り出して火を点ける。


「一つ、ジジイからの助言だ。お前は必要とされているから部隊に居るんだ。自分のやれる範囲でやればいいんだ」

「…………はい」

「それと視野は広くな」


 そう言って、ラジスラフはいくつかの資料を手に取りオルコットの前に置く。


「これは?」

「今回の件と似た事件だ。自分で探すより、俺に聞いた方がずっと早いだろ」

「あっ、そっか……すいません」

「気にすんな。ほら、早く目を通せ」


 オルコットは資料に目を通すが、その殆どが事故死扱いで処理されているので情報が少なかった。

 それでも何か共通点が無いかとメモを取り続ける。

 小一時間ほど経って、オルコットはとある資料に手を伸ばす。


「恐らくそれが一番最初の事件だ。争った形跡もあったから殺人事件扱いされている。結局犯人を捕まえることは出来なかったがな」


 ラジスラフの補足を聞きながら資料に目を落とす。

 読み進めるうちにオルコットの表情が徐々に険しくなっていく。


「おいおい、嘘だろ……」


 事件発生は十年前。

 被害者はとある夫婦。通報があり、現場である家屋に警察が突入した時にはすでに夫婦は死亡。争った形跡があったので殺人の可能性有りと判断し捜査を開始する。しかし、捜査は難航を極めた。最大の原因は夫婦の死因が不明という点だった。

 唯一の生存者である夫婦の娘であるロア・ラーゲンフェルト(当時七歳)に事情聴取をするも有力な情報を得ることは出来なかった。彼女は『死神』という言葉を終始呟いていた──。



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